2010年7月13日火曜日

台所道具 計量器



アメリカで暮らしはじめたのは、長男が生まれてすぐのことでした。
それまで、お料理していたわけだし、計量カップも持っていたかもしれませんが、どんなものを使っていたか、まったく覚えていません。
もしかして、アルマイトの黄色っぽい計量カップだったのでしょうか?当時の日本には、どこを探しても、そんなものしかありませんでした。

必要に迫られて雑貨屋で買ったこの計量カップ、ずいぶん長い間、共に暮らしてきました。裏を見ると、イギリス製とのエンボスがあります。
ミリリットルとオンスと、目盛りが両方ついているので、アメリカのレシピでお菓子をつくるときなどは、便利でした。『The New York Times Cook Book』という料理本で、よくシュークリームやパンケーキをつくりました。また、夫がボウルをかき混ぜながら、私がこのカップから、オイルを糸のように少しずつたらして、マヨネーズをつくったりしたものでした。




左はすり切り一合(180ml)量れるので、米びつの中に常備している計量カップです。写真では上が広がって見えますが、まっすぐです。
右は、夫の母が使っていたものです。ひしゃく代わりに使ったり、お米の水加減に使ったりしています。




お菓子をつくるときなど、いくつも同時に使うことがあるので、パイレックスの計量カップも使っています。200mlのものと、300mlのものです。最近のガラスの薄さには、驚いてしまいます。
水差しとしても使います。




アンティークの写しの、アルミの計量カップです。それぞれ、カップ1杯、2分の1杯、3分の1杯、4分の1杯です。ただ、計量カップとして使うより、すりおろしたショウガを入れておくとか、料理中に、小皿の代わりに使う機会の方が、多いかもしれません。




イギリスの古いものです。計量カップとしては使わずに、もっぱらミルク入れとして使っています。




いちいち計量カップで量っていられないほどの量を使うときは、目盛りつきの片口ボウルを使います。




500ml、750ml、1000mlがあります。口がついているので、卵を溶いたり、パンケーキやワッフルの生地をつくって、焼き型にに流したりするのに、重宝しています。






計量スプーンで、大さじ1と1/2杯を量りたいとき、15ml+7.5mlですから、原理としては、大さじ1杯と小さじ1杯に、小さじ半分の計量スプーン1杯を加えれば、正しく量ることができます。
でも、そんなめんどうなことをしている人がいるのでしょうか?

私は、スプーンも使わず味つけすることの方が多いのですが、大さじ1と1/2杯を量らなくてはならないときは、大さじ1本だけ使って、適当に量ってしまいます。だいたい、液体には表面張力がありますから、小さなスプーンで正しく量るのは、難しい気もします。
大さじ1と1/2杯のスプーンがあればいいのにと思っているのは、私だけでしょうか。

2010年7月12日月曜日

けずりかけ 鷽(うそ)



けずりかけの、 もう一つの代表玩具というか縁起物に、鷽(うそ)があります。

福岡県の太宰府天満宮では、毎年1月7日に、門前で、鷽が売られます。参詣者がこれを求め、暗闇の中で、「ウソを替えましょう」と言いながら、互いに交換し合います。一年の「嘘」を、神前で「誠」に替えるというわけです。

鷽 は雀に似ていて、菅原道真公の愛した、梅が咲くころやってくる鳥と言われています。
この行事は、17世紀の初めには、大宰府天満宮から、大阪の天満宮や、東京の亀戸 天神にも伝わりました。




鷽 さんに、ちょっと失礼して、裏から見ると、こんな風になっています。




長 崎県の松ノ森神社の鷽は、大宰府天満宮の鷽に似ていますが、ずっと素朴です。

松ノ森神社の鷽だけではなく、九州には、各地に鷽を授与する天神様や神社があります。いずれも鷽は、太宰府天満宮の鷽や、松ノ森神社の鷽によく似た形のものです。




後 姿は、けずりかけが、大宰府の鷽ほど巻き上がっていません。これって、羽なのでしょうか?




東 京の亀戸天神の鷽は、九州の鷽に比べると、ずっとシンプルです。
けずりかけは、しっぽのあたりに、ほんのちょっと施されているだけで す。

亀戸天神の鷽は、1月24日と、 25日の鷽替えの日に、天神様の境内で売られます。




東 京国立、甲州街道沿いにある、谷保天満宮の鷽は、亀戸天神の鷽に似ています。
この鷽も、11月3日の鷽替えの日に、境内で売られます。




背 中は、黒ではなくて、鮮やかな青ですが、控えめなけずりかけが見られます。

2010年7月11日日曜日

けずりかけ 笹野一刀彫



山 形県笹野のけずりかけ、お鷹ぽっぽです。
私の持っているものは、小さなものですが、凛とした気品があります。




大 学1年の夏休み、私は東北に行ってみたいなと考えていました。民具や手仕事に関心があったからです。
「やすこさんも東北に行きたがっていたよ」と 友人に聞いて、さっそく話してみました。「さっちゃんも行きたがっていたから、一緒に行こうか」と、話がまとまりました。
同級生のやすこさんとは、挨拶 程度のあまりよく知らない間柄、ましてや、留年生で、しかもほとんど学校に来ないさっちゃんとは、それまであまり口を聞いたこともありませんでした。

そ のころ、国鉄には地域別の周遊券があって、一枚買うと、一定期間、いろいろなところに、乗り降り自由でした。もちろん、学割もききました。三人は東北の周遊券を買い、上野から夜行列車に乗って出発しました。
みんな、アルバイトで貯めたお金を握っての旅行ですから、夜はユースホステルや木賃宿に泊まり、食事は地方の名物どころか、一番安いうど んや定食を食べて切り詰めて、目いっぱい歩き回る旅でした。

知りませんでしたが、さっちゃんは、郷土玩具を収集していました。だから、やすこさんと私も必然的に郷土玩具 制作地、制作者を訪ねることになりました。




最初は、「なんで馬のおもちゃなんか買うの?」といぶかっていましたが、訪ねた先の、何気ない家に一歩足を踏み入れたとたん、部屋いっぱいの極彩色の土人形が目に入ったりして、だんだん、郷土玩具に興味がわいてきました。
そして、宮城県を過ぎて、山形県に入り、米沢の街の金物屋のショーケースの中で、昼間訪ねたばかりの作家さんの家ではもうつくっていない、古い餅搗き兎を見つけたころには、私ももはやいっぱしのコレクターになっていました。

笹野一刀彫は、笹野千手観音が建立されたころ(807年)からつくられ、観音さまの縁日で売られていたようですが、1780年ごろ、上杉鷹山公が農民の副業にと奨励して、盛んになりました。
アイヌのイナウの技法と精神が取り入れられて、木彫りは、より洗練されたものになりました。




この兎は、しっぽを押さえると、かたん、かたんと、餅を搗きます。




巣に座っている鶏は、それからずいぶん後に手に入れたものです。古い玩具には、見かけない形なので、あるいは昭和の新作かもしれません。しかし、イナウの伝統をよく引き継いでいて、なかなかおもしろいものです。




裏返してみると、ただ削ってあるだけではなく、スパイラルになっています。

ちなみに、お鷹ぽっぽは、上杉鷹山公にちなみ、徳を慕い、あやかるようにという意味を表し、餅搗き兎は懸命な働きを、鶏は早起きを表しているとか、東北の、農民の生活ぶりがうかがえます。

三人は、それから二度ほど一緒に旅をして、金沢、輪島、京都、倉敷などに行きました。しかし、2年生の夏でしたか、さっちゃんが退学して、あこがれのヨーロッパに、船で旅立って、おしまいになりました。
やすこさんとはときどき会いますが、さっちゃんは、あれ以来、行方知れずです。誰も、消息を知りません。どうしているのでしょうか。

2010年7月10日土曜日

雑木の伐採



母屋ができるまで、6年間も住んでいたビニールハウスは、作業場兼納屋棟の建設にはかろうじてひっかかりません。だから、急いで取り壊すこともないと考えていました。
しかし、作業場建設のための基礎づくりをはじめてみると、現場に近すぎて、やっぱり邪魔になります。しかたなく、取り壊すことにしました。
ビニールハウスはいま、物置として使っているので、中に置いてあるものを収納するところを、壊す前になんとかしなくてはなりません。以前倉庫として使っていたビニールハウスのフレームを利用して、新たに物置をつくることにしました。




まず、物置を建てるために、植えてあるクヌギやコナラを何本か切って、スペースをつくらなくてはなりません。

犬を獣医さんに連れて行く用事のあった私は、夫と、どの木を切って、どの木を残すか話し合ってから、出かけました。




帰ってみると、伐採作業はは終わっていました。
ノカンゾウは下敷きになっています。まあ、今年はダメだけれど、来年は元気に出てくることでしょう。蕗も踏み荒らされていましたが、問題ないでしょう。




インドハマユウも、倒した木の下敷きになっていました。しかし覆いかぶさっていた枝を取り除いてやると、蕾は曲がっているだけで、なんとか大丈夫そうでした。




胡桃の木は、切った木が何本も乗ったために、押しつぶされていました。乗っていた木を取り除いてやったのですが、変形した枝は、すぐには元通りになりません。しばらく様子を見ることにしました。




無残なのは、柿と、ヤマボウシでした。根元から切られています。「たいせつにね」と言っておいたナツメも、倒れてきた木が当たったのか、二つに折れています。

「これ、切っていいと、言わなかったじゃない!」、「しょうがないだろう、ここいらはうっとうしかったし」。
夫は開き直ります。打ち合わせは、何の役にも立ちませんでした。




ヤマボウシには、青い実が生っていました。切られた渋柿は、大粒のものでした。大切にしていたのに...。
まあ、胡桃が無事だったこと、ムクゲも無事だったことを喜びましょう。どちら危なかったのですもの。


2010年7月9日金曜日

けずりかけ



1990年代初頭だったでしょうか、マレーシア、ボルネオ島、サラワクの、カヤン人の村に行ったときのことです。
その村は、事情があって古い村を捨て、新しいところに村をつくろうとしているところでした。古い村は主要交通網である川に面していましたが、新しい村は、川岸から熱帯林の中を1時間以上歩かないと行けないところにつくられ、そこには、村人全員が泊まれる、仮の住居の、長い長いロングハウスが、できたばかりでした。

明日から集会がはじまるというのに、集会所は、まだ完成していません。みんな、忙しく立ち働いて、どうにか、壁はないけど、床を張った集会所が完成しました。すると、軒先に、木を薄く削って、花のようにした飾りものが、いくつも飾りつけられました。

その飾りものは、日本の「けずりかけ」に、そっくりでした。




昔、東北地方を旅していたときに、けずりかけを見かけたことがあります。図のようなもので、かつては神具として使われたものですが、そのときは部分的に彩色されていて、おもちゃのような感じでした(図の出典、『日本郷土玩具事典』西沢笛畝著、岩崎美術社)。




そのけずりかけの、技法のもとは、アイヌのイナウからきています(写真の出典、同上)。

イナウは木でつくった御幣で、アイヌの祭神具であり、魔よけのシンボルでした。家では炉辺に立てて悪魔を払い、子孫繁栄を祈り、航海のときは舟のへさきに立てて、安全を祈りました。

イナウの技法が和人に伝えられて、けずりかけになりました。それが後に、山形県笹野の一刀彫や、各地の天神様の鷽などに、生かされました。笹野のお鷹ぽっぽは、玩具の中ではもっとも愛されているものの一つですから、もしかしたら、どこの家庭にも置いてあったりするでしょうか?

それにしても、どうしてカヤンの飾りものと、アイヌのイナウに、このような類似性があるのでしょう。しかも、どちらも、神聖なものです。

集会が終わったあと、いただいた飾りものを抱えて、熱帯林の中を歩いたことを、懐かしく思い出します。


2010年7月8日木曜日

プージャの飾りもの きびがら細工



インドでは、お祭りが盛んです。
なにせ、神様がたくさんいらっしゃいますから、神様の数だけお祭りをしていたら、一年があっというまに過ぎていきます。さらに、広い国ですから、地方、地方の神様もいらっしゃって、地方、地方のお祭りもまた、盛んです。

お祭りの中でも、ダシャラー、別名ドゥルガー・プージャは最大のお祭りです。
粘土でつくり、彩色をほどこした等身大、あるいはもっと大きなドゥルガー女神や、ドゥルガーが変身して戦っている像などが、あちこちに祀られます。そして、お祭りが終わると、像は惜しげもなく川に投げ込まれます。
像は泥でできていますから、そのうち自然に還るのですが、浅い川の中で、しばらくは上半身を見せたり、傾き掛かったりしています。
川のほとりを通りかかったとき、鮮やかな色彩の、溺れようとしている神様に、リアルな顔でキッとにらまれると、ぎくっとしてしまいます、




さて、その昔、きびがら細工というものがありました。
トウモロコシ(トウキビ)の芯を着色し、何本か束にして売っていて、おもちゃというより、教材のよう なものでした。軽くて、ナイフで簡単に切れましたが、もろくて、つなぎ合わせるのも難しく、すぐ壊れました。
そのきびがらを使って、自分にしろ、友 だちにしろ、なにか素敵なものをこしらえたという記憶は、あまりありません。

日本 では、すっかり廃れてしまったきびがら細工ですが、インドでは現役です。きびがらで、プージャ(神への礼拝、お祭り)の「飾りもの」をつくります。
インドのきびがらは、トウ モロコシではなく、ジュートの芯です。プージャが頻繁にあるので、飾りものつくりの職人さんも、それなりに忙しい日々を過ごしている、と思われます。

プー ジャの時期、街では、家々の入り口や窓に、このきびがら細工が飾られて、だんだん気分が盛り上がっていきます。家だけではなく、車にもマリーゴールドの花 輪とともに、きびがら細工の飾りが、ぶら下げられます。




きびがら飾りは、きびがらを細く割ったものをたくさん用意して、タコ糸でぎゅっと 真ん中を縛って形を整えて、丸く刈り込んでつくります。つまり毛糸のぽんぽんをつくるのと、同じ要領です。そういえば、毛糸のぽんぽんも、すっかり見なく なりました。




き びがら飾りの中には、つくる人によって、よくできたものも、よくできてないものもあります。
これは、丸く刈り込んだあと、赤い染料を入れておいた お皿の中を転がしたのでしょうか、先端にちょっちょっと赤い色がついていて、可愛らしく仕上がっています。赤、青、黄色の色使いも素敵です。




車 の中につるすためのきびがら飾りです。ぽんぽんのサイズが小さい分、目が詰んでいて、家の飾りには小さすぎますが、いい感じです。

お祭りがすんだら捨ててしまう飾りものを、それにしても、欲張って、たくさん買ってきたものです。値段はただみたいでしたが、かさばって、壊れやすいので、運んでくるのが大変でした。

2010年7月7日水曜日

浜口さんのグラス



吹きガラスの器をつくっている、浜口義則さんのグラスです。




口の広い、タンブラーは、氷を入れた飲み物にぴったりです。
左が昔のもの、右が今つくっているもの、底は三角形の木型に入れて成形しますが、昔のものは、角が丸くて、底が薄くできています。




内部も三角形になっていますが、洗いにくいということはありません。丸い底のグラスと同じです。




両方、古い形です。細い方は、口径5センチ、高さ12.5センチほど、ビールにぴったりです。




ワイングラスは、左が今のもの、真ん中あたりで、やっぱり三角になっています。

右はあまり浜口さんのつくらない形ですが、秩父で工房を開いた直後に、試作して、工房においてあったものを譲っていただいたものです。細かいひびが入っていて、縁は水色になっています。




ぐい飲みくらいの形です。私はこれでワインを飲むのが好きです。