2010年7月30日金曜日

木彫りの鳥



タイに住んでいたころ、毎月一回、インターナショナル・スクールの体育館で、山岳地帯に住んでいる少数民族の人々のつくった手工芸品の展示即売会がありました。値段が安く、新旧取り混ぜて、品質のよいものが出展されるので、毎回、開場の前から長い行列のできる盛況ぶりでした。

私も、この展示即売会を楽しみにしていて、ラタンの大きな篭や、刺繍布など、いろいろなものを手に入れました。これは、そのとき求めた、木彫りの鳥です。
鳥の姿を忠実に模したもので、今、タイの鳥の図鑑を持っていないので、特定できませんが、どれも実在の鳥です。右の鳥は羽の色が白と黒で、毎日のように我が家の庭先に来て、よい声で鳴いたり、しっぽを上げ下げしていたものでした。




冠を頂いたような鳥も、ありふれた鳥で、よく見かけました。




この鳩もタイの木彫りで、蓋物になっています。




蓋を取るとこんな感じ、一時、いろいろな動物の蓋物がつくられていましたが、いまはどうでしょうか。




こちらの小さい鳥は、何の変哲もありませんが、




底に隠し場所がありました。小さくてなんの役にも立ちませんが、遊び心で楽しませてくれます。




メキシコの鳥です。タイの鳥よりずっと抽象的です。柔らかい木に、きれいに彩色されていましたが、すっかり褪せてしまいました。




こちらはケニアの鳥です。足は、針金に糸を巻きつけてあります。模様は全部焼き鏝をあてて、焼いたものです。シンプルだけど造形的で、見飽きません。卵も愉快です。

2010年7月29日木曜日

ジャワ島のヤシ砂糖



バティクのS先生から、ジャワ土産にヤシ砂糖をいただきました。
タイやカンボジアでは、代表的なヤシ砂糖といえばパルメラヤシからの砂糖ですが、ジャワですと、サトウヤシ(Arenga pinnata)から採った砂糖でしょうか。

樹液を煮詰めると砂糖ができるヤシは何種類かあります。タイ南部ではニッパヤシから砂糖を採っているのを見ましたが、ココヤシやナツメヤシからも砂糖が採れます。




このヤシ砂糖は、煮詰めてから、お玉のような形ものに流し込んでつくっています。一度にたくさん煮るでしょうから、流し込む型もたくさん必要になることでしょう。
カンボジアでは流し型をヤシの葉で手づくりしています。コストは安く押さえられますが、たいへんな手間です。ジャワ島では、いったいどんな型を使っているのでしょうか?


2010年7月28日水曜日

旅舎



このあたりでは、人家が集まって建っているところを「宿(しゅく)」と呼びます。古い地図を見ますと、私の住んでいる村では、現在、郵便局やコンビニの建っているあたりが、宿と呼ばれていました。
○○の上宿、下宿などと、今でも地名で残っているところもあります。
宿には、はっきりとした職業にしてないとしても、日が暮れたら、泊まれる場所があったのでしょうか?それとも、宿(やど)とは関係なく、村でもっとも賑やかなところを、宿(しゅく)と称したのでしょうか?

八郷は、三方を山に囲まれています。峠を越える前とか、病気の平癒を願って登った登山道のふもとには、いくつもの本格的な宿(やど)があったことと思われますが、私の知っている限り、今でもその面影を残しているのは、Wさんのお宅と、このお宿など、数軒だけです。

県道に面していて、今でも当時の面影を残しているこの宿は、いつごろまで賑わっていたのでしょうか?




鏝絵には、「旅舎」の文字が見えますが、「楼」とは、単なる宿の意味だったのでしょうか?
あるいは、この家の屋号だったのでしょうか?

2010年7月27日火曜日

ウシ飾り



たいていは二間×三間の、一方だけ庇の深い屋根が二重にかけてある建物を、このあたりでは、「蔵」と呼びます。
母屋の形は、入母屋、寄棟さまざまですが、蔵はどれもきっぱりとした切妻で、入り口は大きな板戸一枚で、正面の腰まわりは、なまこ壁になっています。

軒下を低くし過ぎないように、上の屋根より、下の屋根の勾配の方が緩やかになっています。その、微妙な屋根勾配の違いが、蔵を美しいものにしています。




蔵の棟木は、ウシと呼ばれています。ウシは、壁から前後に突き出していますが、軒が深いので、あまり雨のかかる心配はありません。それでも、ウシに銅板を被せたり、漆喰を塗ったりして、劣化を防ぎ、それをシンボルのように美しく飾っている蔵も、少なくありません。かつては、左官屋さんの腕の見せ所だったことと思われます。

ご近所の蔵です。毎日のように目にしていますが、読めません。「谷」でしょうか。




鶴と寿、おめでたいづくしの絵柄は、割合目にしますが、二つと同じものがないのが、おもしろいところです。




これもご近所の蔵のウシです。平岡さんのご本家でしょうか。
よく、横を車で通るのですが、今日写真を撮ろうとして、初めてウシの左の鏝絵に気がつきました。
サンタクロース?まさかねぇ。とすると、大黒様?




大黒様なら、こうありたいものです。できたら、恵比寿様とご一緒に願いたいものでもあります。

左官屋さんの稚拙さを目にしたとき、この家の方は、どう思ったのでしょうか?子どもが喜んだので、「まっ、いいか」と思ったのでしょうか?



2010年7月25日日曜日

タイの籠



時々、「世界で一番手先の器用な日本人」というフレーズを、聞いたり、目にしたりすることがあります。
そう発言する人自身は、手先が器用なのでしょうか?また、日本以外の見事な手仕事を、まったく見たことがないのでしょうか?

私の見たところ、見事な手仕事は、どんな社会にも、しっかりとあったものだったと思います。それぞれ、得意な分野が、織物だったり、農具だったり、狩猟道具だったりという違いはありますが。

かつて、権力者が、職人たちを抱えて、お金も時間も気にせずに、尋常では考えられないほど手の込んだものをつくった時代がありました。そんな手仕事は、ずいぶん前に消えてしまいました。織物を例に取ると、技術のピークは、なんと約2000年前だったそうです。
一方、家族や恋人のために、あるいは属する社会で賞賛をあびたいために、精魂込めてものをつくり出していた人々がいました。こちらも、近年、それを支えていた社会が壊滅状態になっていますから、ほとんど消えてしまったことでしょう。
よい手仕事の、伝承されない、生き残れない時代になりました。

タイの中部に、細かい細かい、籠細工があります。材料は、その地域特産のラタンではなかったかと思います。タイの王室も奨励していて、新聞や雑誌で見る王女たちは、たいていこの籠バッグを持っていらっしゃいます。商業ベースのものづくりではありますが、とても手の込んだものです。
値段は高いし、ニスなどを塗っているものがほとんどで、私自身は買ったことがありませんでしたが、数ヶ月前、骨董市でなじみの誠さんが、何も塗っていない、小さな蓋つきの籠を持っていました。しかも、とっても安くしてくれました。




蓋の模様です。めがねを二つもかけて、ひごの太さを測ってみますと、0.5ミリくらいしかありませんでした。




その蓋を裏から見たところです。複雑ですが、リズムがあって、表に劣らず美しい仕上がりです。どこかでラタンをつないでいるはずですが、材料のつなぎ目など、まったく見えません。




底は、籠目模様になっています。




底の籠目がどのくらい小さいものか、裏に物差しを当ててみました。

タイでは、指輪の周りに散りばめる小さなダイヤモンドのカットや、カツラの毛の植えつけは、目のよい十代の子どもたちの専有的な仕事です。彼らは、よく見える目を駆使して、数年で目を悪くして退きます。
でもこの籠細工、熟練しなくては、とてもこうはいかないだろうし、熟練した職人さんは目が悪くなるだろうしと、他人事ながら心配してしまいました。

2010年7月24日土曜日

とぼけた味の赤坂人形





繊細で、高度に洗練された堤人形の対極をなす土人形と言えば、福岡県の赤坂人形でしょうか。
土人形は、土や石膏でできた型の内側に粘土を貼りつけて形づくり、型から抜いたものをくっつけ合わせてつくります。
形になったとき、どこが合わせ目か、わからないように仕上げるのが普通ですが、赤坂人形は、合わせ目がはっきりとわかります。




鯛焼きは、焼いているうちにふくれて、型からはみ出すことがありますが、人形の型に貼りつける土の量は、簡単に調節できます。型の縁をしっかり決めると、バリははみ出さないはずですが、赤坂人形は全体にバリがはみ出したまま、焼成してつくります。

初めて土に触る素人でも、もっときれいにつくれそうですが、長年つくっていて、手馴れているのに、こんなとぼけた味を出すのは、もしかしたら、とても難しいことなのかもしれません。




馬。




浄瑠璃か義太夫を語っている、狐と猿。
猿の顔を見ると、型は、なかなか細かくできているのがわかります。しかし、できあがりは、こんなにざっくりしています。
素焼きの上に塗った胡粉は真っ白でしたが、年月が経って、はげ落ちています。彩色は、鮮やかな赤と緑、そして黒です。




私のお気に入りの獅子かぶりです。お獅子の歯は金色に塗られていましたから、新しいうちは、いやでも金歯が目立っていました。
数十年経って、金歯の色はすっかり褪せました。私も、獅子かぶりも年をとりました。

2010年7月23日金曜日

堤人形の猫



こちらに来てからのことですから、6、7年前でしょうか。夫が仙台に用事があったので、ついて行きました。夫と別れて、私は市の郊外にある、堤人形の窯元へと向かいました。
制作者の芳賀さんは、細かい作業をしていらっしゃいましたが、快く見学させてくださいました。そのときは、お雛さまの絵付けをなさっていて、着物の模様を、下絵も描かず、すいすいと描いていらっしゃいました。

目当ての招き猫はなかったのですが、猫の香合がありました。猫が蓋になっていて、平らなお皿の上でお香を焚くと、猫の背中の穴だけではなく、耳、目、口などからも香りがもれてくるようにつくってあります。
ひげなどの線の細さ!しかも、曲がったり、太くなったり、かすれたりせずに、みごとな一直線です。




色といい、形といい、なんという可愛らしさ。
芳賀さんの家の香合は、香の煙で煤けていましたが、私には、これで香を焚くことはできません。ただ、愛でています。




しばらくして、注文していた招き猫が送られてきました。
これまたユニークな、猫と言うより、狐のような猫さんです。




当たり矢のついた背中。どうしてこんなまん丸が、しかも同じ太さの線で描けるのでしょう!これだって、絶対下絵はなかったに違いありません。




目の下の隈取り、鼻、ひげのどれをみても、すごいの一言に尽きます。
しかも、芳賀さんは年配の方(失礼)です。どうして手が震えないか、信じられないくらいです。