私が入院してすぐ、姪の娘のみおちゃんから、ビルマから帰ってきたこと、私へのお土産があるのだけれど、どう渡したらよいか、という連絡があったそうです。
夫はちょうど東京に行く用事があったので、東京でみおちゃんと会い、お土産を持って帰ってくれました。
いつも、海外に行くたびに、
「おばちゃん、何か欲しいものある?」
と聞いてくれるみおちゃんに、今回は、以前は持っていたけれど、今は見当たらないつるべ(=水汲み)の写真を渡していました。
十数年前、下の息子が私の留守宅に住んでいたときに、彼の子犬が、日中お留守番をさせられていたため、その腹いせに、私が部屋に飾っていたものを片っ端からかじってくれました。
息子は、ひどくかじられたものはそっと処分したらしく、私が聞いても知らん顔をしていました。でも、捨てることのできない小学校の椅子などには、今も犬のかじり跡が盛大に残っています。
このつるべもそうやって失われたのではないかと、推察できるのです。
「これはタイのものだから、ビルマにはないかもしれない。もし、出逢ったらでいいからね」
とお願い仕方は控え目なものの、みおちゃんには
ビルマ人の友人が大勢いるので、期待はしていました。
さて、ビルマに渡ったみおちゃん、これはシャン人(=シャム人=タイ人)がつくっているものではないかと聞かされ、シャンの村に行ったときさがしてみてくれたけれど、その村ではつくっていなかったそうでした。
写真のつるべはタイ南部のものです。写真が掲載されている『THAI FORMS』の説明には、ヤシの葉でつくってあると書いてありましたが、ヤシの種類までは書いてありませんでした。
小ぶりだけれど、まったく同じ形の水汲みを沖縄で見かけたことがありました。
タイ民族というよりマレー民族の知恵でしょうか。マレー系の人々が暮らしている、タイ、マレーシア、フィリピンなど海辺の村で、このヤシの水汲みをつくっていて、その昔に交易があった頃、沖縄にも伝えられたと考えると、とってもすっきりします。
ビルマもアンダマン海に長く伸びた地域がありますが、マレー系の人々が住んでいるとは、あまり聞いたことがありません。
とすると、ビルマに行くみおちゃんに、この水汲みをさがしてと頼んだこと自体無理があったと、今頃になって気づきました。
さて、そんなみおちゃんからのお土産です。
「こんなもので、ごめんね」
とみおちゃんが買って来てくれたのは、籠バッグでした。
農作業用ではない籠バッグ、いったい、街のどんな人が使うのでしょう?
それとも、外国人向けのお土産品でしょうか?
この籠を見ていると、30年昔のビルマの街角や農村の面影が目に浮かんできます。
すっかり変貌しているはず、感慨深いものがあります。
竹の籠ですが、ところどころラタン、そして紐にはプラスティックが使われています。
ちょっと見にはパンダナス製?と見えた肩掛けの紐の部分は、
「たはっ。よくできている!」
でこぼこまであるプラスティック紐でした。
この紐はビルマ製でしょうか、それともタイ製でしょうか?
ビルマの半鎖国時代から、タイとの国境貿易は盛んに行われていて、タイ製品はよく見かけたものでした。
籠に入っていたお土産のスパイスはフェンネルです。これまであまり使ったことのないスパイスなので、使い方を考えなくてはなりません。
そして、葉っぱを漉き込んだ手漉き紙の栞に書かれているビルマ文字は何でしょう?三文字だから私の名前かな?
今度みおちゃんに会ったときに聞かなくてはなりません。