『木のいのち・木のこころ・地』(小川三夫著、草思社、1993年)は、『木のいのち・木のこころ・天』(西岡常一、1993年)、『木のいのち・木のこころ・人』(塩野米松、1994年)の三部作の一つです。いまは、この三冊をまとめた文庫本も出ています。
日本最後(ということは世界最後)の寺つきの大工であった法隆寺大工の西岡常一が、1300年にわたる古建築の技と知恵を語ったのが『天』の篇。そして西岡の唯一の弟子である小川三夫が、技を継承する立場から、師である西岡常一や宮大工の未来を語ったのが『地』の篇。そして『人』の篇は、小川が主宰する工人集団の「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」に集う若者たち19人へのインタビューを中心に、伝統の技術が新しい世代へといかに受け継がれているかを追った、ドキュメントになっています。
『木のいのち・木のこころ・天』はずいぶん前に読んだことがあったのですが、『木のいのち・木のこころ・地』は初めて、古本屋さんで出逢いました。
寝る前にちょっと読むつもりが、一気に読んでしまいました。おもしろかった。自分の若いころは、なんてぼんやり生きていたんだろうと、思い知らされるような本でした。
銀行員の家庭に育った小川さんは、修学旅行で法隆寺を見て圧倒され、こんなのをつくれる大工になりたいと、卒業を前に法隆寺を訪れ、西岡さんにお会いすることができました。
当時、寺つき大工の生活は厳しいもので、修復の仕事もなく、西岡さんの家族は先祖から受け継いだ田畑を売って糊口をしのぐ生活をしていました。小川さんの弟子にして欲しいという申し出は、宮大工は食べていけないし、技を覚えるには年を取りすぎている(当時、18歳)から、弟子にするつもりはないと断られます。
しかし、そんなことで諦めない小川さんは、まず道具を使えるようになろうと仏壇屋に徒弟で入ってかんなやノミの使い方を覚えたり、西岡さんの紹介で神社修復の図面を書く仕事をしたりしながら、宮大工への道に備えます。
やがて、西岡さんから仕事ができたので弟子にしてもいいと連絡をもらい、西岡さんの家に住み込んで、晴れて弟子になったのは、21歳のときでした。
以後、「新聞も読まず、テレビも見なくていい」と棟梁に言われ、自分を無にして、ひたすら刃物の磨き方を身体で覚え、道具の使い方も身体で覚えて、やがて棟梁となって、宮大工の生きる道を開いていくお話です。
木を知り、一つ一つ違う木を活かすことは、一人一人の違う人を生かす道でもあること、頭ではなく体で覚えることなどなど、たくさんの生き方の知恵がちりばめられている本です。
『地蔵さまと私』は、hiyocoさんが教えてくれた、最新の『たくさんのふしぎ』(福音館)で、世界の子どもたちの写真を撮っている、田沼武能さんの、お地蔵さまにまつわる行事を写した絵本です。
山形県尾花沢市北郷の地蔵転がしは、子どもたちが木のお地蔵さまをお堂から出して首に縄をつけ、集落の家々を回り、お地蔵さまにたくさん雪をつけて家の上がり框に持ち込み、「地蔵が来たぞ!」と言って、雪とともに福を運びます。
こちらは福井県小浜市西津の化粧地蔵です。
地蔵盆の行事は各地にあり、子どもたちの無病息災を祈るものですが、西津の化粧地蔵は、子どもたちがお地蔵さまを祠ごと海岸に運んで、一年の埃を洗い流し、そのあと思い思いに彩色するものです。左は1980年の写真、右は2015年の写真です。
他にも、群馬県玉村町箱石の、お地蔵さまを担いで家々を回る話など、お地蔵さまの魅力満載の絵本です。
『ばいかる丸』(柳原良平、岩崎書店、2017年)は、1965年に出版されたポニーブックスの復刻版です。和田誠、柳原良平、長新太、園山俊二、やなせたかしという、当時売れっ子のイラストレーターや漫画家が、絵だけではなく文も手掛けた絵本です。
『ばいかる丸』は、子どものころから船好きだった柳原が、大正十年に豪華客船として完成し、やがて、古ぼけた客船となって満州に商売人を運び、日中戦争後は病院船にされ、機雷に当たって船体に大穴が空き、戦後は寄宿舎になったりしたあと、捕鯨母船に改造されるという、激動の時代を見てきた実在の船を描いています。
この本が素敵なのは、2ページいっぱいに描かれたイラストが、折り目のところでもよく見えるような、特別な綴じ方をしてあること、そのため、絵の細部まで楽しむことができます。
当時は若手で、バリバリだった方たち、和田誠さんを除いて、彼岸に行ってしまわれました。