もう少しで16歳というところでした。
11月18日(先週の土曜日)の朝6時ごろ、普通に外でおしっこをさせ、水を飲ませ、私はまだ寝間着姿だったので着替えたり朝の仕事をしているうちに、うなぎは食事をとらないまま昏睡状態になりました。昏睡状態は深夜まで18時間も続き、このままダメかと思いましたが、よみがえり、立ち上がってまた歩き回るようになりました。
ところが、この日を境に食べ物を拒否、水はうまく飲める日と飲めない日がありましたが、どんなに食べさせようとしても食べず、丸8日食べなかった昨日の未明、再び昏睡状態になり、夜になって容態が変わり、今日未明に永眠しました。
| 左から、うなぎ、アルシ、小春、トラ、建設中の母屋で |
2002年の初夏、ブリーダーをしていた次男から、事情があって出戻ったうなぎを、譲り受けました。その日は、東京郊外に住んでいた長男のところにも行く予定があり、籠に入れたうなぎを下げて、電車やモノレールを乗り継いで行きました。
長男の家は駅から歩いて15分ほど、ほとんどが坂道なので、うなぎの入った籠を下げて歩くのは、当時はまだ3キロだったとはいえたいへんで、時々立ち止まって休まなくてはなりませんでした。うなぎは、初対面でしたが、ずっとおとなしくしていました。
八郷の近くの町に借りていた木賃アパートで、うなぎが来てから約1年過ごしたのち、建設予定地の敷地に立てたビニールの仮設小屋に移りました。その仮設小屋で約6年暮らし、母屋に移ってから、約8年半、うなぎは暮らしたことになります。
アパート時代は、晴れていればお弁当を持って建設現場に、雨の日はホームセンターに買い出しに行く日々でしたが、うなぎはどこに行くのも一緒でした。
| 左からアルシ、小春、うなぎ、仮設小屋のベッドで |
2004年1月、仮設小屋でうなぎが出産をした直後に私の父が亡くなりました。
出産から一週間目にお葬式がありましたが、うまれたばかりの子犬6匹とうなぎを、放っておくわけにいかず、目も開いていない子犬ごと車に乗せて東京まで連れて行き、お葬式に参列しました。
子犬たち5匹は、一か月半ほどで息子が引き取って行きましたが、小春だけは、手元に残してもらいました。
その数年後には、うなぎの母犬のアルシも引き取って、犬三匹体制が、2009年5月に小春が不慮の死を遂げるまで続きました。
ホームセンターに行ったときは、三匹がカートに前を向いて並んで座って、立ち上がるでもなくおとなしくしていたので、なかなかの人気ものでした。
2015年9月にアルシが死んでから、うなぎは寂しくなりました。
うなぎは生まれつき、片目が薄いブルーでしたが、こちらの目は角膜剥離をおこし、もう片方の目は白内障で次第に見えなくなり、ついにはアルシ同様全盲になりました。犬たちは人間よりよくできていて、勝手知った場所で暮らすには、目が見えなくてもほとんど不便なく、あちこち歩き回っていました。
発作が起こって辛そうなときは、早く楽にしてやった方がいいのかしらとおろおろすることもありましたが、発作が治まるとけろりとして歩いたり、抱っこされたりするので安堵の胸をなでおろす、この二か月はそんなことの繰り返しでした。
うなぎは、私たちを信じ切って、約16年、精一杯生きました。
そして、お互いに楽しい日々を過ごすことができました。
