収納棚の引き出しは、細々したものを入れているので、何を入れてあるか、表示しなくてはなりませんでした。
以前はステンシルを使いましたが、もっと細かく書きたい、ステンシルの小さいものは売っていません。
何かいいものはないかとネットで探していたら、ゴムのスタンプを見つけました。
しかもこんなにたくさんスタンプが木箱に入っていて、1000円送料無料という、払っても惜しげのない値段です。
というわけで、油性インクで、濡れてもにじまないスタンプ台も買いました。
スタンプ台が長細いのは、スタンプをいくつか一緒に持って使うためのものでしょう。
早速やってみましたが、適当に掴んで押すと、こうなります。
気をつけて押したつもりで、こんな感じです。
字間が空きすぎているし、5個一緒に持っているので、並ばずに上下していて、スタンプの端にインクがついて、線が書かれてしまっています。
紙で枠をつくってあて、一つ一つ別に、字間を詰めて押すことは可能ですが、そんな悠長なことをやるつもりはありません。
というわけで、コンピュータに打ち込んだものをプリントして、切って張りつけました。この上に透明塗料でも塗れば防水になりますが、直接雨の当たるところではないし、そのままにしています。
「骨折り損のくたびれ儲け」、「安物買いの銭失い」でした。
2017年12月21日木曜日
ドラえもんチョコエッグ
ずいぶん前のことですが、「ドラえもんチョコエッグ」を買いました。
「チョコエッグってどんなものだっけ?」
と忘れるくらい久しぶりでした。
「あぁ、こんなのだ」
チョコの中には、ドラえもん色のカプセルが入っています。
その中に入っていたのは、ネズミに驚いたドラえもんでした。
それを組み立てていて我に返り、いい年をした大人が、こんなものを喜んでいる場合じゃない、孫のはなちゃんが来たらあげてしまおうと思ったのですが、後日、お茶請けを切らしていて、また開けました。
今度出てきたのはのび太でした。
外で食べて、そのまま作業台に置いておいたので、のび太の台にはおがくずが付着しています。
その後、ドラミちゃんが二つ続けて出てきたところで、チョコボールどころではないことがいろいろあって、はなちゃんも来なかったし、すっかり忘れ果てていました。
おやっ、今朝上に置いてあったものをどかして、まだ六つ残っているを発見しました。
開けてみようかなぁ、どうしようかなぁ。
2017年12月20日水曜日
照明
夫は、大工仕事の進み方に合わせて、電気配線をして、照明器具を設置しています。
東側の壁(正面)の中間に棚(キャットウオークのようなもの)を回したところは、棚の手前に幕板を張り巡らせ、棚の上だけでなく下にも照明を入れたようです。写真の左側の棚下には明かりがついて、右側の棚下にはまだ明かりがついていないところです。
この写真を撮ったとき(月曜日)、北側の棚(左)にも幕板を張り終えていますが、南側の、私が壁を張っているところの幕板はまだついていません。
これは、二階のゲストルームからの写真ですが、
ホールに立って見ると、こんな風に見えます。
夫がつくった、棚に登る梯子と、幕板です。
コンクリートの柱の右には扉のレールが見えて、その上に隙間が開いています。
「この隙間はどう処理するの?」
「板を張るんだな」
ひゃぁ、家づくりは、こんな細々したところが一番面倒です。なにせ、壁と屋根が交差するところに入れる板は、「めんど板」と呼ばれているくらいですから。
2017年12月19日火曜日
犬のおもちゃ
日曜日の骨董市は、風もなく晴れて、骨董市日和(とはまことさんの弁)でした。
それでも師走ですから寒くて、30分もいれば身体が冷え切ってしまいますが、骨董屋さんたちは、長丁場をどう乗り切ったのでしょうか。
姉を日本刀で切り殺すという、凄惨な事件のあった富岡八幡は、150店舗ほどの大きな骨董市の開かれるので有名な神社です。当分、骨董市どころではないと思いますが、我が家の近くの骨董市に出展されている骨董屋さんの中にも、富岡八幡に出展されている方が、数多くいらっしゃるようです。
今年最後の骨董市だというのに、まことさんの店にも、水屋さんやさわださん、おやじさんの店にも、欲しいと思うものはありませんでした。
もっとも、いつもとても素敵な古伊万里の品揃えをしている、一度も買ったことのないお店には、相変わらず欲しい皿小鉢がいっぱい並んでいましたが、我が家に食器はあふれているし、値段は高いし、見るだけでした。
冬の朝にふるまわれる甘酒を飲み、一回りして帰ろうとしたら、小さな張り子のワンコと出逢いました。
凛としていて可愛いのですが、座り方がちょっと変です。型を合わせた合わせ目の、両側に亀裂が走っていますが、頭や底には亀裂がなくて大丈夫そうでした。
包まなくてもいいと言ったのですが、女店主は、
「かわいがってもらいなさいよ」
と張り子に声をかけながら、丁寧に包んでくれました。
郷土玩具ではない張り子の犬は、どんな経緯でつくられたものでしょう?京都あたりのものでしょうか。
我が家に犬はいなくなってしまいましたが、もうすぐ戌年がやってきます。
2017年12月18日月曜日
シュトレン
先日、土浦からMさんとKさんが、いらっしゃいました。
レンコンやキウイフルーツなど、あれこれお土産をいただいたのですが、以前、パンづくりを教えていたKさんからは手づくりの、クリスマスのお菓子、シュトレンをいただきました。リボンもラベルも、飾りも素敵です。
シュトレンは、ドイツの菓子パンで、クリスマスに食べるのではなく、アドヴェント(待機節)の間、薄切りにして少しずつ食べながらクリスマスを楽しみに待つものですが、我が家では開けると、あっという間に食べてしまいます。
というわけで、できるだけクリスマスが近づくまで、眺めて楽しんでします。
2017年12月17日日曜日
最近読んだ本
『木のいのち・木のこころ・地』(小川三夫著、草思社、1993年)は、『木のいのち・木のこころ・天』(西岡常一、1993年)、『木のいのち・木のこころ・人』(塩野米松、1994年)の三部作の一つです。いまは、この三冊をまとめた文庫本も出ています。
日本最後(ということは世界最後)の寺つきの大工であった法隆寺大工の西岡常一が、1300年にわたる古建築の技と知恵を語ったのが『天』の篇。そして西岡の唯一の弟子である小川三夫が、技を継承する立場から、師である西岡常一や宮大工の未来を語ったのが『地』の篇。そして『人』の篇は、小川が主宰する工人集団の「鵤工舎(いかるがこうしゃ)」に集う若者たち19人へのインタビューを中心に、伝統の技術が新しい世代へといかに受け継がれているかを追った、ドキュメントになっています。
『木のいのち・木のこころ・天』はずいぶん前に読んだことがあったのですが、『木のいのち・木のこころ・地』は初めて、古本屋さんで出逢いました。
寝る前にちょっと読むつもりが、一気に読んでしまいました。おもしろかった。自分の若いころは、なんてぼんやり生きていたんだろうと、思い知らされるような本でした。
銀行員の家庭に育った小川さんは、修学旅行で法隆寺を見て圧倒され、こんなのをつくれる大工になりたいと、卒業を前に法隆寺を訪れ、西岡さんにお会いすることができました。
当時、寺つき大工の生活は厳しいもので、修復の仕事もなく、西岡さんの家族は先祖から受け継いだ田畑を売って糊口をしのぐ生活をしていました。小川さんの弟子にして欲しいという申し出は、宮大工は食べていけないし、技を覚えるには年を取りすぎている(当時、18歳)から、弟子にするつもりはないと断られます。
しかし、そんなことで諦めない小川さんは、まず道具を使えるようになろうと仏壇屋に徒弟で入ってかんなやノミの使い方を覚えたり、西岡さんの紹介で神社修復の図面を書く仕事をしたりしながら、宮大工への道に備えます。
やがて、西岡さんから仕事ができたので弟子にしてもいいと連絡をもらい、西岡さんの家に住み込んで、晴れて弟子になったのは、21歳のときでした。
以後、「新聞も読まず、テレビも見なくていい」と棟梁に言われ、自分を無にして、ひたすら刃物の磨き方を身体で覚え、道具の使い方も身体で覚えて、やがて棟梁となって、宮大工の生きる道を開いていくお話です。
木を知り、一つ一つ違う木を活かすことは、一人一人の違う人を生かす道でもあること、頭ではなく体で覚えることなどなど、たくさんの生き方の知恵がちりばめられている本です。
『地蔵さまと私』は、hiyocoさんが教えてくれた、最新の『たくさんのふしぎ』(福音館)で、世界の子どもたちの写真を撮っている、田沼武能さんの、お地蔵さまにまつわる行事を写した絵本です。
山形県尾花沢市北郷の地蔵転がしは、子どもたちが木のお地蔵さまをお堂から出して首に縄をつけ、集落の家々を回り、お地蔵さまにたくさん雪をつけて家の上がり框に持ち込み、「地蔵が来たぞ!」と言って、雪とともに福を運びます。
こちらは福井県小浜市西津の化粧地蔵です。
地蔵盆の行事は各地にあり、子どもたちの無病息災を祈るものですが、西津の化粧地蔵は、子どもたちがお地蔵さまを祠ごと海岸に運んで、一年の埃を洗い流し、そのあと思い思いに彩色するものです。左は1980年の写真、右は2015年の写真です。
他にも、群馬県玉村町箱石の、お地蔵さまを担いで家々を回る話など、お地蔵さまの魅力満載の絵本です。
『ばいかる丸』(柳原良平、岩崎書店、2017年)は、1965年に出版されたポニーブックスの復刻版です。和田誠、柳原良平、長新太、園山俊二、やなせたかしという、当時売れっ子のイラストレーターや漫画家が、絵だけではなく文も手掛けた絵本です。
『ばいかる丸』は、子どものころから船好きだった柳原が、大正十年に豪華客船として完成し、やがて、古ぼけた客船となって満州に商売人を運び、日中戦争後は病院船にされ、機雷に当たって船体に大穴が空き、戦後は寄宿舎になったりしたあと、捕鯨母船に改造されるという、激動の時代を見てきた実在の船を描いています。
この本が素敵なのは、2ページいっぱいに描かれたイラストが、折り目のところでもよく見えるような、特別な綴じ方をしてあること、そのため、絵の細部まで楽しむことができます。
当時は若手で、バリバリだった方たち、和田誠さんを除いて、彼岸に行ってしまわれました。
登録:
投稿 (Atom)


