2020年9月18日金曜日

手ぬぐい

10年ほど前、母が妹と同居するので身辺整理をした時、たくさんのものを捨てたり焼いたりするよう託されました。母のものだけでなく、ご先祖さまのもの、父のもの、妹たちが置いて行ったり、送りつけたりしたものもありました。
中でも圧倒的に多かったのは布類ですが、着物をはじめとして布類はなかなか捨てられません。毛布など厚手のものは、何かを運ぶときクッションとして役立つし、小さいものは雑巾になると思ったりして、ぐずぐずと取っておきました。
布を捨てるには、そのつくられた経緯などが思い浮かんで、たとえ市の回収に出すとしても罪悪感が伴います。



というわけで、あちこちに残っている布たち、先日クローゼットを整理したら、また手ぬぐいが出てきました。前に出てきた手ぬぐい群とは別の手ぬぐいです。
手ぬぐいも普段使っているのがたくさんあるし、布巾にもしない、今度こそ思い切って整理します。


蘇民将来です。
母は現実的な人ですから、参拝記念でもこんなものは絶対に買ったりしません。父が買い求めたものに違いありません。
自分では不必要なものをたくさん持っていながら、父が蘇民将来手ぬぐいを買う、その心持ちには首を傾げてしまいます。
おそらくただの参拝記念だとは思いますが。


松峯山洞泉寺は岐阜県の郡上踊りで知られたお寺ですが、蚕桑明神の遷座記念とはまたマイナーな手ぬぐいです。
しかも、いつ遷座されたのか、どこからどこへ遷座されたのか、これでは何もわかりません。ただ、松峯山洞泉寺の中にもお蚕さまの祀られている神社(寺の中だけど神社)があって、養蚕が盛んだったということはわかり、私としては興味深いのですが。


高校野球の地区予選を観に行ったらしい手ぬぐいもありました。
この年の西東京の代表校は、2年連続の日大三校でした。

そこで一句
手ぬぐいで たどってなんぼ 父の足跡





 

0 件のコメント: