2024年5月7日火曜日

風薫る季節


この道を通るとき、忘れずに見るのは、犬供養の石碑と三つ又です。


三つ又は2月に新しいものと取り替えられますが、2月の背景は寒々しい。いまの季節、後ろの小さな畑の作物が育って色を添えています。
大根の花が咲いていたときもあったけれど、今年は葱、ネギ坊主です。種採り用でしょうか。


おやっ、三つ又にマスクが。先日通ったときにはありませんでした。
もうあまり新型コロナウイルスの話は聞かなくなり、マスク必須は病院のみですが、どなたかが完全終息を祈ってつけたものとみられます。





 

2024年5月6日月曜日

KMさんの拾いもの


KさんとKさんの学生だったTさんが、東京と横浜から遊びに来ました。
我が家の近くに住むKM夫人のHさんも、その昔Kさんの学生だったので、Kさんが来たときはいつもKM夫妻に声をかけて、わいわいと楽しみます。
KM夫妻が夕方我が家に来る予定になっていたのですが、その前にKM家に行ってみようということになり、行ってみました。


KMさんは、成田の小泉さんのところで2年、研修生として有機農業を学んだ後、八郷で就農しました。化学肥料や農薬はもちろんのこと、鶏糞など動物由来の肥料も使わないで、落ち葉だけを肥料とした農業をしています。
すごい働き者なのに、ちょっと手が空いたら読むのか、温床の近くや納屋の前などのあちこちに読みかけの本が置いてあり、その本のことなどで、論客の男性3人は座り込んで、さっそく議論を始めていました。


KM家の玄関先には拾ってきた石や流木など置いてあるのですが、


これはすごい! 
畑から出てきた縄文土器です。


これを見て、
「どっかの子どもがつくったんじゃねぇ?」
と言っている、近所のおじさんもいるとか。
真ん中の小さいのは、虫の顔に見えます。


土偶に通じるものがあるでしょうか?


右の端のは、土が詰まっているようだったので、


竹串を使って土を落としてみたら、素敵な蛇のようなものが現れました。






 

2024年5月5日日曜日

麦わら細工

今日は、ブログはお休みするかとも思ったのですが、友人のEさんの家で見たリース(?)を紹介します。


麦わら細工の、ホタル籠と同じ編み方のものですが、こんなに精巧につくったものは見たことがありません。
ヨーロッパのものには違いないのですが、ドイツのものか、あるいは東欧のものかわかりません。

追記:

「麦わら細工」で検索してみたところ、麦わらをらせんに編んでいくホタル籠に関して、大田区立郷土博物館(大森麦わら編み細工)、兵庫の日本玩具博物館、川崎市(川崎宿麦わら細工)、静岡県修善寺の民藝麦わらの店「晨」(修善寺麦わら細工)などなどで、保存会がつくられたり、伝承教室、体験教室などが開かれているようです。




 

2024年5月4日土曜日

母の写真


5年前に、家族だけで母のお葬式をしたとき、妹が会場に飾っていた母の写真の中の
1枚です。
10歳くらいでしょうか、近所に住む画家さんに頼まれて絵のモデルになったとか、その写真を見たのは久しぶりでした。画家さんの絵より、写真館の背景の写真が目を引きます。日本の木だとしたら、ジャケツイバラでしょうか?
写真の右下に宇野の印刻があります。母は岡山県児島郡宇野で生まれ、幼少期を宇野で過ごし、のちに岡山市内に越しています。


もっと小さいときの写真、母は10月生まれなので、1歳半のひな祭りでしょうか。右は一つ違いの兄さんです。
母は父の妹と同年生まれなので、叔母から譲り受けた私のお雛さまと、母のお雛さまは同世代かもしれません。あるいは、これは母の母のお雛さまだったのか、母の実家には、小さいころよく遊びに行きましたが、写真に写っているお雛さまや市松人形を私は見たこともないし、話にも聞いたことがありません。
父母の年代は戦争をはさんでいるからか、あるいは誰でもそんなものか、父母の子ども時代についての話を、本人たちから聞いたことはほとんどありませんでした。
この写真には、天井からのつるし雛が写っています。
岡山にはつるし雛の風習があったとは思えません。私は小さいころつるし雛を見たこともなかったし、存在を知ったのは、家庭で段飾りが飾られないようになり、各地でイベント的に飾られるようになった近年のことでした。


つるし雛が伝統的につくられていた地域は限られていて、山形県、静岡県、福岡県の3カ所、それらの地域では、江戸時代からつくられていたそうです。
何故、母がなじみのない(近年、盛んに紹介されるようになっていたけれど)つるし雛をつくっていたのか、不思議に思っていましたが、この写真を見ると、母の幼いときにつるし雛とのかかわりがあったようです。
大正期に港町であった宇野につるし雛がもたらされたのはどこからだったのでしょう?
静岡県伊豆の稲取の「雛のつるし飾り」からでしょうか?
それとも、福岡県柳川の「さげもん」からでしょうか?
どちらの可能性もあります。

余談ですが、瀬戸内の児島郡呼松の港町の生まれの祖母はときおり、焼いた魚をほぐして味噌とすり鉢ですり、そのすり鉢を七輪の上で焼いて熱い出汁でゆるくしてご飯にかけて食べる「薩摩めし」をつくってくれて、それは私の大好物でした。周りの家では誰も「薩摩めし」を食べてなかったので、漁港にあった祖母の生家(船問屋)の誰かが鹿児島かどこか九州との交易によって、「冷や汁」を持ち帰り、それをアレンジしたものが、祖母の生家の定番となっていたのでしょう。港町とは面白いものです。

さて、母は、吊るし雛をつくっていましたが、欲張って型紙を倍にして大きいものをつくろうとして、そのかわいらしくなさに自分で辟易して続けられなかった形跡があり、身辺整理をしたときに処分して欲しいものの中に、つくりかけでたくさん入っていました。
確かにつるし雛は、小さければ小さいほどかわいらしいと思われます。





 

2024年5月3日金曜日

『自然を編む知恵と技 箕』


何の協力も貢献もしなかった、ただ、毎月3日の「箕の日」に勝手にブログに箕のことを書いていただけでしたが、山本あまよかしむさんのご紹介で、部数に少々余裕があるからと、東京文化財研究所の無形遺産部から『自然を編む知恵と技 箕』(今石みぎわ編、2024年3月)を、贈っていただきました。
箕のつくり手さんも含めた「箕の研究会」のメンバーたちが力を結集した力作で、目次は、

Ⅰ   総論
Ⅱ  箕のなかの歴史
Ⅲ 箕の東西南北、箕の諸相
Ⅳ 箕をつくる
Ⅴ  箕を科学する
Ⅵ 資料編

の6章からなっています。
つくり方から使い方(煽り方)、各地の箕の詳細と写真、材料、戦後の行商記録などなど、箕に関することを網羅している421ページ、どこを開いても読み応えがあります。
箕を含む手仕事が、日本だけではなく地球上の各地で消えつつある今、箕についてさまざまな角度から詳細に記録されたこの本が、本当はそうであって欲しくないのですが、人類の営みの貴重な記録になり、次世代につなぐよすがとなることは間違いありません。


日本では、弥生の昔から近年まで、箕が脈々と使われてきました。
自然素材で編まれた箕は、いまや存続が風前の灯火ですが、プラスチックに材料を変えて、今でもどこの農家さんにも箕は1つや2つはあるもの、我が家にも、お米をつくっていたころ使っていたプラスティックの箕もあります。


近世から、箕は自給品ではなくて流通加工品で、竹籠は農閑期などに自家用にこしらえる人もいたけれど、箕を自給用につくる人は、ほぼいなかったそうです。
また、前にもどこかで読んだことがあったのですが、竹籠をつくる人と、箕をつくる人は別だったということも、興味深いことです。


というのも、箕をつくる人は、すず竹、根曲がり竹などのほか、フジ、山桜、イタヤカエデ、ヤナギ、葛などなど、何種類もの材料を知り尽くし、適切な時期に山から調達して、それを加工しなくてはなりません。里に生える真竹を使って竹かごをつくる人に比べると、山での材料集めに多くの時間と労力を使うもので、自家用につくるにはハードルが高かったそうです。


『自然を編む知恵と技 箕』は、全ページが無形文化財文化遺産部のホームページで公開されています。




 

2024年5月2日木曜日

福建省の籠


中国の福建州でつくられた青竹の籠です。


ダイナミックにうねるように編まれています。


底はカゴメで六角に編んで、ぐるりと1本芯材を入れて、そこからはなんと表現したらよいか、底材が1本おきに胴の経材(たてざい)と緯材(よこざい)になって、斜めに立ち上がっていく感じに編まれています。


芯材を入れたので、底から胴へと移るところが突起して台となっているので底が傷みにくく、置いたときにとても安定します。
こんな形に台をつくった籠は、初めて見ました。

やはり底を六角形に編んだ日本の籠の、底から胴へと立ち上がる部分と比べてみました。
といっても、我が家にある底が六角形の籠はどれもすず竹(竹類ではなく笹類)の籠で、真竹系の竹で編んだものではありません。


この2つは、補強のために、あとから別の材を角にぐるぐると巻きつけています。


角の部分に別の材を巻きつけた籠に似ていますが、この籠はただ巻きつけるだけでなく、芯材を入れて、芯材を別の材で巻きながら留めています。


何の補強もしてない籠もあります。


補強してない籠は、とくに荒い籠目の籠は弱いもの、角あたりから壊れていきます。
もっともこの籠は、半世紀以上前に買ったものなので、長持ちしていると言えば長持ちしています。


縁の始末も躍動的、竹の節の部分は薄く削ったりせずそのままなので、ごつごつしていますが、味にもなっています。
市場で売るためにつくっている籠なので、量産しているのでしょう、確かな技術を持った籠師さんが、手早くつくった籠に見えます。


写真は、東南アジアで、中国からの移民たちによってつくられ使われていた、中国籠ตะกร้าจีน、タクラー・チーン)です。
これも、福建省出身の籠師さんたちの仕事でした。





 

2024年5月1日水曜日

振袖

先日、姪のRちゃんから電話がありました。はなちゃんかたけちゃんに振袖を譲りたいとのことでした。
おばあちゃん(夫の母)が、Rちゃんの成人式に贈ってくれたもの、Rちゃんの2人の娘も着て、もう着そうな女の子がまわりにいないし、持っているのは大変、娘たちも管理してはいられないのでよかったら、ということでした。
写真を見せると、はなちゃんも関心を示し、Rちゃんが直接手渡したいからと持ってきてくれることになりました。


さすが、日本の文様を研究し、文様の本まで書いた夫の母の見立て、美しい着物です。


地布は、おめでたい紗綾形(さやがた)に織られていて、ところどころに梅が配してあります。


そして、前裾を中心に、染めだけではなく、ところどころに刺繍が施されています。


なんと手の込んだ手仕事でしょう。


帯、長襦袢など着つけに関する一式もいただきました。