2015年9月22日火曜日

よくがんばったね

祖母犬のアルシが先週末から体調を崩していました。
突然、意味のない徘徊をするようになり、認知機能不全と診断されました。でも落ち着いている時もあり、心臓も肺も大丈夫、食欲もあったのですが、昨夜、突然激しく徘徊しはじめ、痙攣を起こし、とうとう死んでしまいました。

アルシは糖尿と診断され、インシュリンを打つことすでに5年以上。お医者さまから、
「よくがんばっているねえ」
と言われていましたが、力尽きました。


アルシの孫犬である小春の眠る、我が家の一等地に埋葬することにして、ちょっと大きくなり過ぎたアジサイ、「墨田の花火」を掘りあげ、別のところに移しました。


植栽計画は難しいものです。
小春の墓の周りは緑いっぱいにしたい思いますが、ちょっと大き過ぎました。


我が家の墨田の花火は、相変わらず季節外れに花をつけています。


その、墨田の花火を掘り上げたところに、アルシを埋葬しました。
昨日までご飯も食べていたのに、今日はいない。
命は本当にはかないものです。
でも、あまり苦しまないで逝ったし、ちょっと苦しい時はもう意識がなかったのが、せめての救いでした。





2015年9月20日日曜日

瀬戸の白猫


骨董市で、
「今日は招き猫があるよ」
と、おもちゃ骨董のさわださん。
「こういうの、持ってるよ」
「古いものだよ、一つ500円は安いでしょう?」
「古くないじゃない」
と言っていると、隣のお店のあまやさんが、身を乗り出しました。
「この形は瀬戸にしかないやつで、古いものだよ」


「でも流し込んでいるじゃない。戦後のものよ」
と言うと、あまやさんが目をむきました。
そうか、考えてみれば戦後もう70年、戦後のものでも古いものであるとも言えます。

「あまやさんが見つけて来たんだけど、右手挙げ、左手挙げ、セットだといいでしょう。でもこれが最後だよ、もう左手挙げしか残ってないんだ」
さわださんとあまやさんは仲良しで、いつも相手の得意分野のものを仕入れると、融通し合っています。


「型は戦前のものかもしれないね」
確かに、前垂のひだなど、細かく浮き彫りになっています。

ただ、流し込みと貼りつけでは、型のつくり方が違います。とても精巧にできている、戦前の猫から型を起こしたのかもしれません。
 

家にも、似たのがあると豪語したのに、帰って比べてみたら、もとから持っていたのは、比べようもなく貧弱なものでした。
手は、身体にべったりくっついていて、目は輪郭線がなくて窪みだけ、髭穴もなければ、前垂もなく、鈴もただ突起しているだけでした。

土をドロドロにして型に流し込んでつくる技術ができてから、招き猫や磁器人形は大量生産が可能になり、土の量はとても少なくてすむようになりました。
型に、手で押しつけて成形したものと、流し込んだものとでは、重さがまったく違います。流し込みの技術がなかった頃は、もっと小さい猫だと無垢、あるいは無垢に近いものもあり、小さいくせにずっしりと重いのです。

やがて、常滑系の猫の流通によって、瀬戸の猫も顔が丸くなります。
自分の棚をよく見ると、この時代(戦後すぐ)の瀬戸の猫はほとんど持っていませんでした。

ところで、その日のあまやさんの品揃えは、琺瑯のジャグや大小の計りなどの台所用品。イギリスや東欧の琺瑯が多い中、パキスタンの琺瑯ポットも混じっていました。
毎回、品物の趣向ががらっと変わり過ぎるあまやさん、いつも売れているのかなぁと、他人ごとながら心配してしまいました。






2015年9月19日土曜日

『かくかくしかじか』

先週の月曜日は、雨が降ったりやんだりしていました。
翌火曜日から来る、息子たち一行の合宿に合わせて、掃除は済ませたし、お天気のよかった日にお布団も干したし、もう懸案事項は何も残っていませんでした。
その日は、一日のんびりするつもりでいたら、息子から電話がかかってきました。
「雨降っているし、今日これから行くわ」
ん?雨と日程が早まることの関係がわかりませんが、
「そう。わかった」
と答えるしかありません。
一行は七人で、もうレンタカーも借りて、出発するばかりになっているようでした。
とすると、火曜日から土曜日まで四泊する予定は、五泊になるのかもしれません。

そうこうしているうちに、町内のAさんから電話がありました。
前から家を見に来たいと言っていたのですが、今日、これからどうだろうかと言うのです。雨で、農作業の手が空いたのかもしれません。
「いいですよ」
と、Aさんご夫婦をお迎えしました。

Aさん夫妻が帰り、お昼を済ませたころ、庭に人影が見えました。
「息子たち、もう着いたのかしら?」
と見ると、顔見知りのKさんご夫婦と、もう一組のお会いしたことのないご夫婦でした。
「突然すみません。時間ができたもので寄りました」
「どうぞ、どうぞ。でも、まもなく息子たちが来るんです」
その日は雨で、居間から見える山並みも何も見えませんでした。
それなのに、Kさんたち妙に落ち着いてしまって、息子たちが到着してからも、しばらくは腰を上げませんでした。
というわけで、のんびりする予定だった先週の月曜日は、朝から晩まで大忙しになってしまいました。

息子たち一行の七人(日帰りや短い宿泊の人もいて、合計は十人)の滞在中は、なんだかんだで落ち着かないものでした。
ほとんど雨が降っていたので、彼らが出かけない日や朝夕は、家の中は人で溢れかえっていました。

さて、そんな日々も過ぎ、息子たち一行が帰る日が来ました。
みんな車の周りに集まっているというのに、お風呂場をのぞいたら、髭そりやらシャンプーやら置いたままです。
「まだ、荷物が残っているよ」
と、あわてて呼び返します。
「はぁい」
「あらっ、ここに、漫画もあるわ」
「それは置いて行きます」
「ん?そうなの」

どうして、置いて行くのかわからないまま、一行が帰っても、シーツや夏掛けの洗濯などで、忙しかった私は、数日は、漫画本のことは忘れていました。

さて一段落、やっと漫画を片づけようとして、初めて題名を見ました。


『かくかくしかじか』(東村アキコ著、集英社、2012-15)でした。
東村アキコ?聞いたこともない名前です。

開いてみると、女子高校生である著者が、美大への受験勉強のために絵画熟を訪れ、一風変わった先生に出会い、その先生の直球に驚きつつ、先生を自分のバックボーンとして、漫画家になっていくという物語でした。


呑気で、しかも漫画家になりたいことを先生には言いだせない女の子と、絵を描くことがすべてと思っている先生とは、完全にずれているのですが、その女の子は漫画家として成功を収めてから、改めて先生の自分に与えた影響の大きさに気がつきます。

おもしろく読み終わりました。


それにしても、これは誰の漫画で、我が家に置いて行くと決めたのは誰なのでしょう?
誰も何も言わなかったし、私も、これから聞つつもりもありませんが。







2015年9月18日金曜日

団扇(うちわ)

厳しい残暑が残る年もありますが、今年の夏は、すとんとあっけなく終わってしまいました。夏が好きな私、未練がましく出しておいた団扇と扇風機を、やっと片づけました。


夫の両親が遺した、丸亀団扇。
涼しげな竹の模様です。


縁がちょっと擦れて、色が滲んでしまっているのは、印刷ではなく、木版、手刷りだからです。


もう一本は柳の模様、こちらも涼しげです。


丸亀団扇は、平たい竹ではなく、丸い竹を割いているのが素敵です。

かつては、夏に客があれば、とりあえずお出しした団扇と、ぶっかき氷入りの冷たい麦茶は、遠い昔のものになってしまいました。
いつもは着物姿の祖母も、猛暑の間だけは、あっぱっぱー(ワンピース)姿でした。


それにしても、丸亀団扇は丈夫なもの、我が家では毎夏、涼しい風を送ってくれます。






2015年9月17日木曜日

ビンの蓋開け道具


「これ使ってみて」
コペンハーゲンでアンにもらった「ビンの蓋開け」です。
「ちょっと空気が入れば蓋が開くから、普通、スプーンなどを入れて蓋を持ち上げるでしょう?これを使えば、簡単に空気が入るのよ」
そう、私もいつもスプーンを使っています。


帰ってから、早速やってみました。
なるほど、引っかけて軽く持ち上げれば空気が入ります。
 

ところがこの蓋開け器、ネジ式の蓋には合いません。
「はぁ、デンマークには、ネジ式の蓋のジャムや蜂蜜はないんだろうか?」


確かに、爪が四つついている、薄い蓋は多いけれど、ネジ式のビンも少なくありません。
生協の、蜂蜜やマヨネーズなどのビンも、ネジ式です。
私はジャムをつくるとき、ほとんどは再利用のビンに詰めますが、どちらの蓋のものも使います。


この二つが、それまで我が家にあったビンの蓋開けです。


がしっとはさむ鋏形のものは、30年以上前からあるもの、小さい蓋から大きい蓋まで、しっかり掴んでねじれます。
もっとも、蓋に傷がつくので、再利用しないビンの蓋開けに限ります。
ただ、くっついてしまったボンドの容器の蓋を開けたりするときには威力を発揮するので、捨てられません。


滑らない素材で蓋をつかむ「ひよこ」の出番は多かったのですが、これから赤いのも活躍するでしょうか。

ビンの蓋開けは、力ではないのか、じょうずな人がいます。その昔住んでいた東京の郊外では、お隣さんがそうでした。
きゃしゃな身体で、力仕事もしそうにないのに、
「貸してごらんなさい?」
とにっこり笑って、簡単に開けてくれました。

さて、コペンハーゲンにいたとき、
「これを開けて」
と、アンが新らしいジャムのビンを、イエンスに渡しました。
ビンの蓋開けは使っていないのでしょうか?
「ああ、あれはいろんな人にあげて喜ばれているけれど、イエンスがいるから、うちではビンの蓋開けはいらないのよ」







2015年9月16日水曜日

ソフトビニールの天使


お団子頭、二頭身のソフトビニール人形です。
手も脚も動きませんが、首が動きます。


ただの女の子ではなく、背中に羽の生えた天使です。


いやはや、かわいいねぇ。
おもちゃ屋さんのデッドストックだそうです。
服の端は縫わないで切りっぱなしですが、後ろはちゃんと縫ってあって、背中にスナップ(ホック)がついています。
でも、服が長すぎて足が見えない。だから、立てて遊ぶことはできません。もう少し背を高くしておいたらよかったのに。


ソフビの成形と、顔描き、そして服をつくってスナップをつけて、何工程もの手作業です。一部は内職に出されていたのでしょうか?
来る日も来る日も、スナップだけつける内職をしていた人がいたのでしょうか?








2015年9月15日火曜日

込み栓

日曜日に、ピクニック気分でひたちなかのホームセンター、ジョイフル本田に込み栓(こみせん)を買いに行きました。
ところが、売り場は広いのに、込み栓は見つかりません。
「込み栓はどこかな?」
「込み栓て何ですか?」
店員さんも、店員さんが問い合わせたサービスセンターの人も首をかしげるばかりです。もちろん、十年ほど前には売っていました。
「大工さん相手をやめて、一般の人だけに絞ったんじゃない?」
「しょうがねえなぁ、荒川沖店に寄っていくか」
我が家の北にあるひたちなか店から、南にある荒川沖店に直行しましたが、こちらにもありませんでした。
「大工さん相手をやめたんじゃなくて、大工さん自身が込み栓を使う家を建てなくなったんじゃない?」
「そうだなぁ」

木組みの家では、釘を使わないで、差し込んだ木と木を、込み栓で留めます。


結局その日は見つからず、翌日、大工さんの専門店に行ってやっと手に入れました。
堅い樫の木でできていて、直径5分(15ミリ)のものと6分のものがあります。


片方が心もち削ってあります。


例えば我が家の母屋、柱と梁の交わるところには、込み栓が打ち込んであります。
 

これで、しっかり組まれてゆさぶりにも耐えます。


その込み栓を、大梁の梁と束をつなぐところに打ち込んでいきます。


全部で60本くらいの込み栓を使います。


貫通した込み栓の下に見えるのは楔(くさび)、これでしっかり接続しました。