2024年4月21日日曜日

ブリキ缶があったなんて!

豆奴印の桐山染料は、華々しい宣伝をしていたことがわかっている家庭染料ですが、ガラスビンではなく、缶入りもありました。


染料は、自然染料も化学染料も、色を堅牢に定着させるため媒染を行います。
木灰、ミョウバンなどを媒染材として使いますが、鉄で媒染することもあります。例えばススキで染めてミョウバンで媒染すると黄色になりますが、鉄で媒染すると灰緑色になります。つまり鉄分が混じると、黒ずんだ色になってしまうので、鉄媒染した鍋は、次に染めるもののために、しっかり洗っておかなくてはなりません。
半世紀ほど前には、染色用のステンレスの寸胴鍋は発売されてなくて、琺瑯(ほうろう)の鍋を使っていました。しかし、ちょっとぶつけて琺瑯がはがれて鉄がのぞいてしまったら、もうその鍋は思う色を染めることができないので、使うことができませんでした。
だから、鉄の缶に直接染料を入れていたなんて、化学変化を起こすに決まっている、ちょっと信じられないことに思われます。


かつて、ビニール袋などがあったわけもなく、染料は直接入っていたようで、赤い色が残っています。
ブリキ缶の影響がどんなものであったか、あるいはまったくなかったのか、興味津々です。


缶のラベルはなかなか格調が高いもので、唐草が素敵、豆奴印もついています。


桐山染料で、ブリキ缶がどのくらいの期間使われたのか、ガラスビン以前だったのか併用されたのか、失敗だったのか成功だったのか、どうだったのでしょう? 高さは蓋まで入れて4センチです。

桐山染料は今も大阪に健在して、ソメロンという名の家庭染料を売っているようです。
戦中戦後の、必要に迫られて家庭で染めものをした時代を生き抜いて、近年は卓上ろうけつ染め器、卓上絞り染め器などなど、趣味で染色をする人たちにターゲットを合わせて、生き延びていたようです。







 

2024年4月20日土曜日

蛇たち

ヤフーオークションから画像をお借りしました

ヤフーオークションでこの蛇を見たとき、ちょっと心惹かれました。戦前に中国の北京でつくられたもので、竹7ピースでできていました。
模様も素敵ですが、おもちゃとしては高額だったので諦めました。もし、フィリピンの蛇を持っていなかったら、欲しかったかもしれません。


そのフィリピンの蛇です。
竹11ピースからできているので、北京の蛇よりもっと複雑な形が取れます。


フィリピンや北京の蛇に比べると、日本の蛇はちょっと見劣りします。
笛になっていますが、つくりも絵つけも雑です。日本の蛇は、観光地の安いお土産ものだったか、あるいは鉄道の駅の売店にぶら下がっていたか、かつてはわりとよく目にした記憶があります。


写真は、糸で吊るして、糸を引いたり緩めたりすると前に進む、蛇たちで、上はフィリピンのもの、下はタイのもの、どちらも路上で出逢いました。

『Encyclopedia of Old Folk Toys』(サノム・クルットムアン著、1992年)より

この蛇のおもちゃは、実演販売しないとよさが伝わりません。こんな蛇を持って、道端で実演販売する人は、もう世界中でいなくなっているかもしれない、残念な蛇たちです。しかも、胴体の紙は強く引っ張りだすと二度と畳めない。引いて遊ぶミシン糸は細くて切れやすく、切れたら頭に開けた小さな穴をスムーズに通らないので、遊べない。何より車を動かす仕組みの輪ゴムがすぐ劣化してしまうなど、消えてなくなる要素が満載の蛇です。









 

2024年4月19日金曜日

小さな招き猫


小さな、高さ38ミリの招き猫です。


鈴は真ん丸な玉をくっつけたもの、よく今まで取れないできたものです。


小判乗りの招き猫は、3.11の地震のとき、耳が欠けてしまいました。


小判乗り猫の鈴は描いたもの、直径1ミリほどです。


小さい招き猫たちは、高さ17ミリほどしかありません。


階段の一番下の段にいるのが、この小さな招き猫ですが、ほかの磁器や陶器の招き猫と比べると身体のプロポーションが違っていて、筆遣いも細やかです。


これらは、茶々丸さんのおっしゃっていた、江戸趣味小玩具でしょうか?
浅草の助六あたりで売られていたものかもしれません。








 

2024年4月18日木曜日

鉄骨の設置

テラスの梁である鉄骨に穴を開ける作業をはじめました。 
板でつくったガイドを使って、鉄骨1本につき3カ所あるアンカーボルトの位置を確認、その位置に穴を開けます。鉄骨はコの字型になっているので、鉄骨1本につき6個の穴を開けます。


まず、小さい穴を開けておいて、そこに円錐形のドリルで穴を開けるのですが、わりとすぐ切れ味が悪くなってしまいます。
この、円錐形のドリルの刃がホームセンターの「コメリ」で開発されたのは10年位前でした。それまでは普通の形のドリルの刃しかなかったのですが力の要るもので、この刃が発明されてから、作業は格段に楽になりました。
当初、コメリでは1本1500円くらいでしたが、10回も使えたでしょうか、切れ味が落ちると力と時間をかけても穴を開けられなくなるので、頻繁に取り換えなくてはなりませんでした。今では信じられないことに、100円ショップでもこの形のドリルの刃が売られていて、コメリでもすっかり値下げされています。


さて、夫がうっかりしていて、コンクリートを打った時に入れたアンカーボルトの長さが短すぎ、鉄骨を留めるには15ミリほど足りません。
1本目の鉄骨は、アンカーボルトの先を切り、内側にネジを切ってあるちくわのように両方穴が開いたつなぎのナットをはめて、それに上から短いボルトで留めるということをしましたが、面倒この上ありません。
そこで、基礎の上に置いた基礎パッキンを2センチ厚のものから1センチ厚のゴムに代えることにしました。基礎パッキンは2センチ厚のものしか売っていないのです。


こうして、2本とりつけました。手前は2センチ厚の基礎パッキンのまま、まだ直していませんが、直すのは後回しです。

私は背骨の圧迫骨折をしてから、お医者さんから5キロ以上のものを持たないようにと言われています。数年は守っていましたがそれでは暮らせません。この鉄骨は100キロくらいあるでしょうか。半分を夫や息子に持ってもらったとしても、持ってはいけない重さなので、できるだけ動かしたりしたくないのです。


1センチ厚のゴムを敷いて、20センチ厚の鉄骨を置くとぎりぎりナットを留めることができました。でも、ワッシャーを入れる余裕はありません。


1本目、2本目と設置した後、3本目でつまづきました。冷蔵庫置き場が飛び出しているので、上から鉄骨をはめることができません。反対の端の1カ所だけ穴を通して、あと2カ所は鉄骨に切り込みを入れて、横からはめることにしました。


4本目も、窓枠が出ているので、長い鉄骨を上から落とし込むことができず、3本目、4本目は鉄骨を短く切ることになりました。
太くて分厚い鉄骨をグラインダーで切る作業は夫にお任せです。






2024年4月17日水曜日

竹の鳥笛


身体が木で、笛部分が竹でできた鳥笛です。


箱根土産、パテントナンバーの書かれた焼き印が押されています。


何のパテントかと言うと、鳥のとまっている竹の前後を、指で押さえたり離したりすると、ただ吹くだけだとピーピーとしか鳴かない鳥が、ホーホケキョとさえずるというパテントのようです。ちょっと吹いてみましたが、前後の指の使い方で、低くこもったような音も出るので、熟練するとウグイスそっくりに吹けるのかもしれません。
目がきょろきょろして、くちばしが赤い鳥の、
「どこがウグイスじゃい?」
と思いますが、竹には花が描かれているので、「梅に鶯」のつもりでしょう。


ネットで箱根土産の鳥笛を見つけました。
進化したと思われるこちらはもうウグイスそのもの(じつはメジロですが)で、焼き印は赤いくちばしの鳥笛と同じです。
立体的に彫って、下くちばしとお腹は別の木をはめ込み、目は貼りつけるという手間を全部省いて、ウグイスはただの板になっています。一目でウグイスと知れるので、梅の絵も描かれていません。


ネットで見ているといろいろあって、笑ってしまいました。
焼き印のないこの鳥笛、焼き印のある鳥笛の前身を真似したものと思われますが、どこから見てもウグイスからは遠くかけ離れています。


板になった鳥笛を真似したものもあり、焼き印は「おみやげ」だけですが、後ろの箱を見ると「箱根みやげ」と読めます。
ということは、上の赤い鳥も下の赤い鳥も、箱根の、すぐ近くのお土産屋さんが真似て、さすがにウグイス色にすることはできなかったので赤い色を塗ったものなのでしょう。
世の中には、工夫する人と真似る人、2種類の人がいるのかと、鳥笛で人の生き方を考えた私でした。





 

2024年4月16日火曜日

身体が一つなのに、衣類を持ちすぎでしょう!

土曜日に、「つながる図書館」で映画、『The true cost, Fast Fashion』を見ました。
The true costとは真の代償、そしてFast Fashionとは、流行の最先端を取り入れながらも低価格で品質も良いファッションというほどの意味です。


洋服を自分でつくった時代、あるいは自分でつくらないまでも身近な仕立て屋さんにつくってもらっていた時代に比べると、洋服は格段に安くなっています。そして私たちは昔とは比べものにならないほどのたくさんの洋服を持っていて、中には一度も袖を通さないTシャツなどが1枚や2枚、箪笥に眠っていることもあります。
何故、安い洋服を大量につくることが可能になっているのか、安い洋服をつくる裏で何が起きているのか?
この映画は、バングラデシュにある縫製工場の建物の崩落事故を契機に、Fast Fashionを最底辺で担う人々のことを知るためにつくられたものです。


2013年4月25日、ダッカ郊外で、縫製工場の入った「ラマプラザ」が突然崩落して、世界中に衝撃を与えました。この一つのビルの崩落事故で1134人が亡くなり、2500人以上の方が負傷しました。事故前日に、ビルに亀裂が見つかっていたものの、現地経営者はこれを無視、大惨事になりました。
生産コストを低く抑えられ、それに異を唱えれば契約を取り消されてしまう現地経営者に、操業を休むとか、ビルを修理するという選択肢はなかったのです。


ファストファッションは、このような、安い賃金で働かされる人々の、血と汗の上に成り立っています。カンボジアで、待遇改善の集会をしていた縫子さんたちが、警官隊によって殴り殺されている場面もありました。

またこの映画は、染料工場から出る廃液が川に流れ込み、その水を使って生活をしている人々に多大な影響を及ぼしていることも報告しています。鮮やかで堅牢な色を染めるため、日本では数十年前に禁止された薬物が使われ、たくさんの子どもたちが障害を持って生まれています。
そして、多収量を目指して品種改良された綿を栽培する現場では、除草剤、殺虫剤などを多用せざるを得ず、家計をひっ迫するだけでなく、生産に携わる人々の健康を害しています。

スーパーフライデーの衣類売り場

現在、既製服の自給率は、原材料の生産を含まないで、日本は2%しかありません(ちなみにアメリカでは3%)。綿、亜麻などの原料も含めると、自給率はさらに低く、限りなくゼロに近くなってしまいます。
大量生産大量消費のループを断ち切らない以外、最底辺で生産に携わる人たちは、この状況から抜け出ることができません。

先日、『東京新聞』だったかに、新しい服を買う生活をやめてみた女性の報告が載っていました。快適だそうです。
私は、ほとんどが手持ちのもので済ませているとはいえ、衣類の購入ゼロの年はなかなかない気がします。これから意識して、まず、この1年は衣類を買わない、からはじめてみるつもりです。






 

2024年4月15日月曜日

冬の間、ずっと怠けていましたが


まったくもって久しぶりに、土木工事をしていました。
テラスをつくるその下は低くて、完成すると草むしりできないので、防草シートを敷いて、その上に砕石を撒いて押さえました。


傾斜はかなり急、春も半ばすでに草も生え始めているので、抜きながらの作業です。


山にしていた砕石を、夫がユンボで寄せてくれました。


あとはしこしこ手作業です。


砕石は重いので、レーキではなかなか動かず、スコップで動かします。


と、防草シートの上に移動させた砕石を、夫が親切に広げてくれようとして、目測を誤ってせっかくの防草シートまでめくり上げてしまいました。
「かまやしないよ。ここいらは基礎柱も高いし、そのまま均しちゃえ」
と言いますが、そうはいきません。砕石を少しずつ取り除いて、取り除いた分だけ防草シートは切りながら引っ張って敷きなおし、やっとのことでやっつけました。


敷き終えて、均し終えてすっきりです。
次の工程は、テラスの土台にする鉄骨を基礎柱に立てているアンカーボルトに通して固定するため、すべての鉄骨の穴の位置を確認し、穴を開けることです。