2012年11月7日水曜日
千鳥饅頭
骨董市で、がんこさんの店をのぞくと、
「好きそうなものがあるよ」
と見せてくれたのは、お菓子の焼印です。
かわいいちどり。
実際に、お菓子に試してみたくなりました。
ある日、お茶請けのお菓子を買いに行った時、薄皮饅頭を買ってきました。
いまどきの薄皮饅頭はラップでくるんでありますが、ラップを取るとき、薄い皮がほとんど剥がれそうで、苦心しました。
ラップを取った薄皮饅頭に、十分熱した焼印を押してみたら、なんてこと!
焼き色はつかず、薄皮がべったり焼印にくっついてしまいました。
「残念」
焼印をもう一度熱しなおして、薄皮の剥がれた同じところに押しましたが、やっぱり饅頭の皮が焼印にくっつくだけです。
焼印をもっと熱くして、もう一度試みることにしました。「三度目の正直」です。
よく熱して、二つ目の饅頭に、押し方を変えて、ぽんと短く叩くようにしてみたのに、あぁ~ぁ、「二度あることは三度ある」、になってしまいました。
やっぱり薄皮がはがれて、焼印にべっとりとくっついただけでした。少しだけ、饅頭に跡が残りましたが、とてもちどりには見えません。
仕方ない。饅頭に焼印はあきらめて、板に押してみました。
かわいいちどり。
板だときれいに押せます。
職人さんはできたての饅頭に押すのか、それとも別のコツがあるのか。残念ながら千鳥饅頭をつくることはできませんでした。
追伸:
そういえば、いただきもののかりんとう饅頭がありました。
これで試してみたら、なんとか千鳥饅頭ができました。
2012年11月6日火曜日
火の玉男、田崎太郎
秋の益子陶器市が終わりました。
何人かの友人が出店しているので、会期中一度は出向いて、お隣りの、木工と漆のKさんJさんの出店でキーマカレーを食べるのが、ここ数年の慣わしになっています。
相変わらず、田坂太郎さんのテントは大賑わいです。
陶器市では異例なことですが、初日には今回も老若男女の田崎太郎ファンが早朝から何時間も列をつくって開くのを待っていたそうです。
彼の作品は決して安くない、むしろ周りよりずっと高額ですが、固定ファンがたくさんいます。二日目に行ったので、棚のあちこちに、作品が乗っていた台と値札だけが残されていて、めぼしいものはあらかた売れてしまっていました。
というわけで、毎回変わる、彼の今回のメインテーマは何だったのか、よくわからなかったほどでした。
でも、非売品を見ているだけでも面白い。
力作ぞろいです。
いつか、田崎さんは一生のうちにつくり切れないほどのアイデアがあると言っていましたが、生活が遊び、遊びが生活、人生おもしろいことこの上なさそうです。
もっとも、すべてがうまくは行かないもので、制作に没頭しすぎる彼につき合いきれなくなって、元お連れ合いは数年前に、「やってられないわ」と、出て行ってしまいました。
お似合いだったんだけどなぁ。
さて、帰ろうとしたら、「待て、待て」と、へんてこりんなものを持ってきました。
モップや子ども用のTシャツ、それと市販のおもちゃの機械を分解して、自分でつくったらしいのですが、なんと倒れもせず、四足歩行します。
簡単そうに見えて、バランスを取るのが難しそうな代物です。
あとで、なつさんとkuskusさんのテントに寄った時、
「ねぇ、田崎さんの犬見た?」
と聞いたら、
「見た見た、変な奴でしょう?」
ですって。
左についている鉤針編みの花、バランスを取るのに欠かせないのだそうです。これも自分で編んだのでしょうか?
2012年11月5日月曜日
鯉のぼりの棒飾り
土曜日、地域の「歩く会」がありました。
ここにきてから一度も歩いたことのない距離を、佐久の大杉、佐自塚古墳、丸山古墳とたどりながら、10キロくらい歩きました。
最初の休憩地点で、ふと見上げたら、大好きなものが見えました。鯉のぼりを立てる棒のてっぺんの籠飾りです。
このあたりでも、鯉のぼりの棒の飾りは、普通のガラガラ回る風車が多くなりました。
でも、私はこの籠が好き。見ると嬉しくなります。
こうやってアップで見るとわりと簡単にできていて、自分でもつくれそうです。と言いながらも、上端と下端を、風にも飛ばされないようにしっかりつくるのは、難しいかもしれません。
籠屋さんから買って来たものだとばかり思っていましたが、もしかしたら、お父さんとかおじいちゃんとかが、心をこめてつくったものでしょうか?
竹は、屋内に入れておくといつまでも丈夫ですが、風雨にさらすと長持ちしません。鯉のぼりも、初節句には気張って揚げますが、数年経つと、適当になります。
この竹飾りは数年は持つのか、もちろん出しっぱなしです。
2012年11月4日日曜日
犬の生活
犬は母犬、娘犬と、二匹います。
二年半ばかり前、母犬が水ばかり飲むようになり、血液検査をしていただいた結果、糖尿病と判明しました。遺伝的なもののようでした。
人間のように、身体のだるさを訴えるわけでもなく、血液検査を頻繁にするわけでもないので、犬の糖尿病の場合、判明した時にはすでに重い症状になっているのが一般的で、我が家の母犬も、血糖値は一時400くらいに上がりました。
不自然な延命はしたくないと思いましたが、インシュリンを注射する以外、生き延びる方法がないと言われました。それと知って何もしないのもかわいそうなので、以後ずっと朝夕、食事時に注射しています。
インシュリンは量が多すぎると低血糖になるので、適切な量を見つけるまで、しばらくは試行錯誤でしたが、一回に1.5単に落ち着きました。この小さなビンで、十ヶ月くらい持ちます。
犬にも人間用のインシュリンを使いますが、最近すべてペン型に変わり、この容器では生産されなくなりました。
ペン型は押しつけてノックするだけなので、たぶん注射器を使うより簡単だと思いますが、なにせ説明書を読むのが大の苦手で、おろおろしていたら、K先生が医院で使っていた、使い残しの最後のひとビンをくださいました。
これでしばらくは、以前どおりの注射器を使えますが、いずれペン型の説明書を読まなくてはなりません。
母犬が糖コントロールの餌しか食べられないようになるまで、犬たちには市販のドッグフードを食べさせていました。
しかし、糖コントロールの餌を医院から買うことにしたのを機に、娘犬と猫の餌も獣医さんのところで売られている餌に変えました。そして、一日の中で最高の幸せだったささみジャーキーのおやつもやめました。
二匹で違う餌を食べているので、それぞれ別の缶に袋ごとしまっていて、
小分けも、別々のビンです。
体重を見ながら、一日の分量を量り、それを二食とおやつに分けてやります。
母犬は体重をベストの5キログラムに保ち、娘犬は今よりもっとやせた方がいいのですが、二匹とも食欲旺盛、いつもお腹を空かせています。
しかも、食べられる量はちょっぴりなので、夫はいつも犬たちに同情していて、パン屋さんに行けば試食用のパンをポケットに忍ばせてきてやるし、ことあるごとに間食をさせます。
あぁあ、だから食事の量を増やせないという悪循環です。
母犬は昨夏、糖尿病の合併症である白内障が進んで全盲になり、一度だけ、お客さんの食べているものに気を取られて高いテラスから落ち、骨盤を複雑骨折しました。
それに懲りて、端から低いところへ飛び下りることには慎重になりましたが、それでもあまり不自由のない生活を送っていました。ところがこの秋、どうも変だと思っていたら、耳もほとんど聞こえなくなっていました。どこへ行ったか姿が見えないとき、呼んでも聞こえないのです。
こんな状態になったら、人間だと大騒ぎするところですが、犬は淡々と生活していて、散歩にもそう不自由しないのは、本当に見上げたところです。
2012年11月3日土曜日
パラスパス-フィリピンのヤシの葉細工
『PALASPAS』 (Elmer Nocheseda著、Ateneo de Manila University press)が届きました。
フィリピンのヤシの葉細工の本ですが、正直、手に入れるまで紆余曲折、一難去ってまた一難、「どうでもいいや」と、あきらめていた時の方が長かったかもしれません。
発端は、私のブログの北ルソンの箒や草細工に、この本の著者のエルマーがコメントをくれたことでした。
彼自身、ヤシの葉細工の本を書いているというので、
「見てみたいなあ」
と言ったところから、話がはじまりました。もう何年も前のような気がしますが、メールの記録など見ると、ほんの一年半ほど前のことのようです。
『PALASPAS』をフィリピンのネットショップに注文すると、しばらくして在庫がないという連絡が来ました。確か、50ドル前後でした。
しかたがない、別のショップを見つけて再度注文しましたが、その店は、何の連絡もよこしませんでした。
しばらくして、エルマーにそんな状況を伝えると、出版元のアテネオプレスなら在庫があるからと、アテネオプレスの連絡先を教えてくれました。
ところが、アテネオプレスのネットショップを見てびっくり仰天、本の値段が、最初の店の倍の105ドルもします。
「本一冊に、そんな代金を払う?」
と自問自答します。いえ、払いません。アテネオプレスに値下げ交渉をしました。でも、できないとの返事でした。
冗談じゃないと、この話はご破算にすることにして、エルマーにもその旨伝えました。
忘れたころ、エルマーが、
「安い本屋が見つかったから」
と別のショップを紹介してきました。そこに注文してみましたが、やはり連絡をくれません。
またまた、ずいぶんたってから、
「あの本屋が何も言ってこない」
とエルマーに連絡すると、
「さっさとことは進まないよ。在庫がないから本を探しているのでしょう」
という、のんきな返事が届きました。そんなことってあるでしょうか?
このときの気分は、手に入ってもよし、入らなくてもよし、気楽なものでした。
また、月日が流れました。
先月、出版元のアテネオプレスから再度、
「エルマーから聞きましたが、『PALASPAS』をお探しなら、こちらに連絡ください」
というメールが来ました。きっとなしのつぶての本屋ではらちがあかないため、またエルマーがアテネオプレスに連絡したのでしょう。
ところが、教えてもらったアテネオプレスのホームページが開けません。その旨をメールで伝えると、ホームページが壊れていたけれど、もうなおったこと、念のため値段、送料、送金方法などを書いて、返事をくれました。
「よし、もう、アテネオプレスで買ってしまおう」
このとき初めて、本気でこの本を買う気になりました。乗りかかった船でした。
送金方法として、①ネットを通じてカードで支払う、②小切手をつくって送る、③銀行送金する、の三種類が記載されていました。
安易にカードを使うことは避けたいので、銀行送金しようと、近くの地方銀行に行きました。書類を書いたら、
「相手が受け取るときの手数料も、こちらで払うというところに、チェックを入れてください」
「相手の手数料っていくらですか?」
「2000円です。こちらの送金手数料は4500円、それ以外に2000円くらいかかります」
「えぇぇっ?相手の受取手数料を払わないと、どうなります?」
「届かないかもしれないですね」
ざっと計算しても、全部で200ドルくらいかかりそうです。
「ここだけの話ですが、郵便局さんの方が手数料は安いかもしれませんよ」
そうでしょうか?銀行だってそうたくさんの銀行を経由する必要はありません。だって、アテネオプレスの振込先はシティーバンクですから、東京にも支店があります。
それなのに、どうしてたくさんの銀行を経由しなくてはならなくて、相手の受取手数料まで払わなくてはならないのでしょう?
かれこれ一時間もやりとりしているうちに、地方銀行は、建前としては外国送金をするけれど、実際のところやりたくないのだということがわかってきました。
「うぅ~ん。今日はやめて、出直します」
「あっ、それがいいですね」
なんだか、応対してくれた人、とっても嬉しそうでした。
しかたない、カードを使ってネットで送金することにしました。
ところが、またまたアテネオプレスに通じなくなっています。
こうなったらなんとかして、「本を買う」という、「乗りかかった船」に乗り切る以外ありません。
ネットで『PALASPAS』を検索していると、amazon USAに、在庫がありました。送料込みで155ドル、結構な高額です。
最初に買おうとしたときにも、もしかしたらamazon USAも見たかもしれませんが、そのときは、155ドルなんて歯牙にもかけませんでした。でも今度は、すでに「買ってやる」気持ちになっているので、銀行送金より安いということだけで満足している自分がいます。
アマゾンの送金は瞬時で完了、本を送ってくる日数も、郵送ではなく、アマゾンのルートを選ぶと数日しかかかりません。
銀行では、お金がフィリピンのシティーバンクに、いつ着くかわからないとさえ言われたのに、なんてことでしょう。これではアマゾンが一人勝ちしているのも無理もありません。
こうして、最後は実にあっけなく『パラスパス』が届きました。
ネットでも、エルマーの仕事はたくさん見られます。いまさら本がなくてもと思っていましたが、届いてみたら想像した以上に素晴らしい本でした。
エルマーが足で集めた、フィリピン各地のお祭りや祭壇の飾り、食品の包装用、おもちゃなどのヤシの葉細工がたくさん紹介され、丁寧なわかりやすい写真を見て、実際につくってみることができるのです。
そして、どの写真も紹介したいくらい素敵、たいへんな文化遺産です。
これは、もち米のお菓子の包みです。
葉を編んでから、ココナツミルクと砂糖で味つけしたもち米を入れ、
お鍋で茹でます。
お菓子の包み方も、一つや二つでなく、さまざまな包み方が紹介されています。
この籠は、説明によると、お菓子を売るお母さんを助けて、七歳の少女が毎日毎日つくっているもののようです。
なんと美しい、素敵な籠たちでしょう。こんなお菓子の包み、私だったら絶対捨てられません。
子どもが遊びの中でつくるおもちゃの一つ、カエルです。
他にも、鶏、山羊などいろいろあります。
ちらちらと見ただけですが、素材として、ココヤシ、パルメラヤシの葉のほかに、アダンの葉などが使われているようです。シュロの葉は縮んでしまいますが、ヤシの葉は、色は変わってもずっと姿をとどめます。
本は、300ページ以上、オールカラーの力作で、「ナショナルブック賞」や「素晴らしい著者賞」など受賞しています。
「本」の出版は、コンピュータやスマートフォンに押されて、いよいよ存亡の危機を迎えていると言われています。
夫は、本ももはや、週刊誌のように読み捨ての時代になっているのではないかと言います。確かに、ネットであれば、フェイスブックなど、一ヶ月前の情報は誰も気に留めません。今日の情報だけ読んで、読み捨てて、次へ次へと進んでいます。
でも、私は玩具や民具を愛でるように、本を愛でたい。
好きな本を手元に置いておきたい。
古臭いかもしれませんが、そういう意味では、エルマーのヤシの葉細工の本は、愛でるのに、極上の本でした。
2012年11月2日金曜日
コンベックスルール
まさか、コンベックスルールを毎日腰にぶら下げ、一日に何度も何度も出したりしまったりする生活を送ろうとは、十五年前には、露ほども考えたことがありませんでした。
ところが、今ではこれなしの毎日は考えられないのですから、人生はおもしろいものです。
コンベックスは、作業場でざっと集めただけで、このくらいありました。
どんなのがいいのか、よくわかっていなかった頃に買った、使い勝手のあまりよくないものもあれば、手伝いに来てくださる方のために買ったものもありますが、通常使っているのは、私も夫もいつも一つだけです。
上の写真のコンベックスは、全部5.5メートルですが、7メートルのものもあります。5.5メートルまで測ることはまれですが、材木は4メートルものが多いし、3メートルではあまり用を足しません。また、大は小を兼ねず、7メートルのものも、普段使うにはちょっと重いし、使い勝手もよくありません。
上は夫のコンベックス、下が私のです。夫のはメートルの反対側には尺が印されていまが、私のは両側ともメートルです。
私の場合、印つけに上の目盛も下の目盛も同じくらいの頻度で使います。
コンベックスは遠くまで伸ばして使うことが多く、ある程度の長さまではするすると伸びるよう、厚みがあり、幅もあるものを使います。
幅は25ミリ、先端は磁石になっています。
いつも使っているコンベックスには、裏には縦方向から読めるように目盛が印されています。まっすぐ上なら、1.5メートルくらいは楽に伸ばすことができますし、気をつければ、もっと伸ばせます。そんなとき、こちらの目盛を読みます。
手に慣れて来ると、見なくても自分のコンベックスかどうか、感触でわかります。また、そのいつもの感触でないと、作業がぎくしゃくします。
だからコンベックスは、あちこちに常備しておいて、その都度そこにあるのを使う道具ではなく、いつも身につけて使うものです。
一日に何十回となく伸ばしたり、巻き取ったりしますから、やがて傷んできます。ちょっと傷がつくとそこから錆びてきて、やがて傷が広がり、切れ目ができたりして、出し入れがスムーズにできなくなります。そうなったら、残念ながら交代の時期です。
ホームセンターに行くと、いろいろな機能を持ったコンベックスルール並んでいますから、よさそうなのを手にとって確かめて、納得のいくものをさがします。そうして、また新しいコンベックスとの生活がはじまります。
といっても、今のは十年で三代目かな?けっこう長持ちします。
上がコンベックスルールを装着してある夫のベルト、下が装着していない私の腰袋です。
2012年11月1日木曜日
セルロイド
頭でっかちの、二等身、三等身、せいぜい四等身までのセルロイド人形を見慣れた目には、このスマートさがちょっと不思議です。
輸出用としてつくられたものでしょうか?
男の子の衣装は民族衣装のよう、日本の人形用には思いつかない服装です。ヨーロッパのどこかの人形を真似たのでしょうか。
スフ(レーヨン、ステイブル・ファイバーの略)と呼ばれていた人絹の、安っぽい布の服を着ているので、戦後すぐの頃につくられたのでしょう。
また、この人形は、手足をつくったときのバリも残っているので、小さな町工場で、数をつくるために雑につくられたものだと思われます。それでも型はしっかりできています。
セルロイド人形を見るといつも、どんな子どもが欲しがったかより、どんなところでつくられたのかが、ついつい気になってしまいます。
以前アップした、左手に赤ちゃん人形右手にガラガラを持って、お母さんごっこをしているこの女の子も、頭の小さいところ、服が糊で貼りつけてあるところが、ちょっと似ています。
骨董市にお店を出しているセルロイドご夫婦、実はもう売るものがなくなったどころか、まだまだ膨大なコレクションを持っていらっしゃるようです。お子さんがいないこともあって、かつては、稼いだお金を全部コレクションにつぎ込まれたとか。だんなさんは、器やブリキのおもちゃなど集められたそうです。
でも、どのような心境の変化があったのか知りませんが、大切にしてくれる人に持っていてもらいたいと、急がず、少しずつ手放してしまうことに決めたそうです。そして、人形たちと別れる前に、部屋中に広げて一緒に過ごしてから別れるのだとか。
お店では、買わないときでも一つ一つ見せていただいたり、動かしたり、お話を聞いたりします。写真の人形たちは小さくて稚拙ですが、夫人のコレクションには精巧な、見事なできのものや、大きな人形がたくさんあります。
とくに、一世を風靡した、セルロイドとブリキやゼンマイの組み合わせのおもちゃたちはりっぱです。
可塑性の高いセルロイドの、可能性を追求した職人たちの五十年。人間の歴史から見ればほんの一瞬ですが、新素材と、型づくりなど古い手仕事の技術が融合した、セルロイドのおもちゃたちが、この世に存在していること自体が、おもしろいなぁと思ってしまいます。
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