2026年7月15日水曜日

食料配給

新聞の切り抜きをファイル帳に整理するために、まだ貼りつけていない記事の切り抜きと、ファイルを食卓に置いていました。
切り抜きを入れてあるクリヤーファイルを全部引っ張り出していたので、その中に古い写真が混じっていました。というか、しまい込むとどこにしまったかわからなくなるので、この写真はここが定位置なのでした。


食卓にあれこれ広げたままで他のことをやっていたら、夫がこの写真を見つけて、
「これはあんたか?」
と訊いてきました。
「違うわよ。私じゃないわよ」
当時の子どもたちは似たような格好をしていますが、この女の子は私よりはお姉さんです。

この写真は、私の働いていたNGOの事務所にありました。アメリカのNGO(非政府組織)のCAREから贈られたパッケージを開いている写真は、アメリカのカメラマンが撮ったものかもしれません。
誰が持ってきたのか、いつの間にか事務所にあった写真で、世代交代していて誰も何も知らないというので、もらってきたものです。
CAREは第二次世界停戦の終わった1945年に設立、荒廃したヨーロッパに食料や生活必需品を詰めたパッケージを届けることから活動をはじめ、1948年からは、日本でも1000万人にレーション(配給)を届けました。
第二次世界大戦の敗戦直後、食糧難で誰もが食べ物を手に入れるのに必死だったことは知っていましたが、CAREが日本でも食料を配ったことは、この写真を見るまで知りませんでした。

ちなみに、規模は全然違いましたが、CAREとはインドシナ難民の流出したタイ・カンボジア国境や飢餓のエチオピアなどで、何度も同じ場を共有しました。

追記:

しかし、女の子が持っている缶詰はコーヒー。米軍への物資ではないのだから、コーヒーより豆の缶詰とか、魚の缶詰の方がずっとありがたい。ちょっとずれていましたね。






 

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