先日、息子一家が遊びに来ました。
いつも、居間に置いてあるおもちゃ箱で満足していた孫のはなちゃんが、三歳になった今回は、
「ねぇ、二階に行きたい」
を連発します。
以前は二階に行ってもいろいろな隙間から下を見降ろしたりするのが好きだったのだけれど、今回のお目当てはおもちゃたちです。
まあ、二階全体がおもちゃ箱のようなものですから、物心がつけば興味津々なのはうなづけます。
一人でも行っていますが、手すりや柵が十分ではないので、隙間から落ちたりしないよう、大人たちがかわるがわる、ときどきのぞきます。
最初に目をつけたのは、ピカチューたち。しばらく遊んでいました。
ことのほか気に入って長いこと遊んでいたのは、ブリキの小さなものたちです。
たくさんあるのに、こんなに気に入っているのに、三歳の子どもにあげ惜しみするわけにいきません。
「欲しい?」
「うん}
おもちゃの腕時計や、複数あるものたちなどを、バンピングカーの缶に入れてあげました。
そのなかにブローチも入れていたのですが、胸につけようとしたら、ちゃちなピンがあまりにも危ないので、喜々として取り返しました。
「これは危ないからね」
王冠は、できれば一つくらいで勘弁してもらいたかったのですが、
「これも」
と目ざとく違いを見つけて、三種類とも一つずつ取りました。
おろし金とお鍋はどれも二つずつありました。
まあ、厳密にいえば、色は少しずつ違っていたのだけれど。
笛は、魚と楽器だけ二つずつありましたが、槍を持った子は一つしかなかったので残しました。
「これは?」
と聞かれたのですが、バケツと水筒は一つずつしかなかったので、大人げなく、あげませんでした。あげたのは色違いの片手なべだけです。
「これ」
あっ、のこぎりが二つあるのにも気づかれてしまいました。
上の片手鍋とのこぎりの持ち手は、セルロイドの管をはめてあります。昔のおもちゃはかわいい!
はなちゃんが手をつながせようと苦心していたキューピーたちは、帰ったあと見ると、ラブラブ状態で残されていました。
しかも、しっかりと男の子と女の子を組み合わせていました。
はなちゃん、一人お相手のない子ができちゃって、かわいそうじゃないですか!
2013年1月17日木曜日
赤いプラトークの娘たち
なにごとにも、黎明期、円熟期、そして衰退期があります。
マトリョーシカは、今がその円熟期のような気がします。一つ一つ手仕事で、しかもたくさんの作家の方たちが、個性豊かなマトリョーシカを世に出して、まさに花開いている感じがします。
やがてそれは装飾過多になったり、制作過程の合理化を考えたり、とりまく世界が変わったりしながら衰退期に入って行くのが、世の常だと思われますが、マトリョーシカはどうなって行くのでしょう。
セルギエフ・パサード在住のズヴェーレヴァさんのマトリョーシカです。線は焼き鏝で木を焦がして描いてあります。
黒みがかった濃い赤、緑、青、黄色の色づかいがズヴェーレヴァさんの特徴ですが、このマトリョーシカは青も緑も色味としては抑えて、暖色でまとめているところが気に入っています。
一番大きい娘が持っているのは人形でしょうか。人形だとしたら、抽象的なマトリョーシカ娘が具象的な人形を持っているのがおもしろいところです。
次の娘はお茶の用意をしています。
三番目の娘は左手に錘を持ち、糸を紡いでいます。
四番目の娘が持っているのは、クッキーの壺でしょうか。
そして、五番目の娘はジャムの壺を持ち、六番目の娘は編み物を、七番目の娘はのんきにお茶をいただいています。
かわいい娘たち。
半年も迷っていたマトリョーシカたちですが、しばらく前に、値段が最初見たときの25%引きくらいになったときに手に入れました。
とっても気に入っています。
マトリョーシカは、今がその円熟期のような気がします。一つ一つ手仕事で、しかもたくさんの作家の方たちが、個性豊かなマトリョーシカを世に出して、まさに花開いている感じがします。
やがてそれは装飾過多になったり、制作過程の合理化を考えたり、とりまく世界が変わったりしながら衰退期に入って行くのが、世の常だと思われますが、マトリョーシカはどうなって行くのでしょう。
セルギエフ・パサード在住のズヴェーレヴァさんのマトリョーシカです。線は焼き鏝で木を焦がして描いてあります。
黒みがかった濃い赤、緑、青、黄色の色づかいがズヴェーレヴァさんの特徴ですが、このマトリョーシカは青も緑も色味としては抑えて、暖色でまとめているところが気に入っています。
一番大きい娘が持っているのは人形でしょうか。人形だとしたら、抽象的なマトリョーシカ娘が具象的な人形を持っているのがおもしろいところです。
次の娘はお茶の用意をしています。
三番目の娘は左手に錘を持ち、糸を紡いでいます。
四番目の娘が持っているのは、クッキーの壺でしょうか。
そして、五番目の娘はジャムの壺を持ち、六番目の娘は編み物を、七番目の娘はのんきにお茶をいただいています。
かわいい娘たち。
半年も迷っていたマトリョーシカたちですが、しばらく前に、値段が最初見たときの25%引きくらいになったときに手に入れました。
とっても気に入っています。
2013年1月16日水曜日
読み終わりました
とうとう、「守り人シリーズ」十一冊を読み終えました。
夜、布団に入ってから読むので、光が漏れないように同じ姿勢で読んでいて、目や肩が疲れるとやめることの繰り返しでしたが、ときには一冊丸々読んでしまうこともありました。
『虚空の旅人』を読んだあと、『天と地の守り人』(三巻)を読みはじめてしまっていたのですが、途中で『蒼路の旅人』が届いたので、合間にそれも読み、話の流れとしては、ほぼ順番に読むことができました。
『炎路を行く者』は、後回しになってしまい、他の物語をすべてを読み終ってからしばらくしてやっと手に入れたのですが、流れとしては正解でした。『蒼路の旅人』で、新ヨゴ国の皇太子チャグムをさらったヒュウゴの少年時代の話ですから、『蒼路の旅人』を読む前に読まないでよかったのでした。
この物語は、文化人類学者上橋菜穂子の書いた、女用心棒のバルサと、幼い時にバルサに命を助けられた新ヨゴ国の皇子チャグムを二本柱にした物語です。
二人が魅力的なことはもちろん、さまざまな呪術師たち、市井の人々、貴族や武人などの為政者たち、異界のものたちなどなど、魅力的な登場人物が満載です。
また、大陸の国、海洋の国、半島の国、山岳の国で違う暮らしぶりや気質を、丁寧に描いているのは、人類学者ならではの視点でしょう。
最後の巻で、大国タルシュの皇帝となったラウルが、圧倒的な力を、他国侵略に向けることを止めて、人々が暮らしやすい国をつくろうとするという決断も、興味深いものでした。
2013年1月15日火曜日
赤坂土人形
日本でもっとも素朴な土人形は何かと問われれば、赤坂土人形ではないでしょうか。
二つの型を合わせたときに、たっぷりはみ出したバリを削り取らず、素焼きした人形にやすりをかけることもせず、白陶土に小麦粉を混ぜたもの(のちには胡粉)で真っ白く塗った上に、食用色素の赤、緑と墨、ときに黄色や茶色で簡単に彩色してあります。
できたときはものすごく色鮮やかですが、年月を経ると、胡粉は落ちて下地がのぞき、赤も緑もすっかり褪せて、しっくりとし落ち着いてきます。
学生時代、夕方のもう日も暮れようという時間に、バスを乗り継いで土人形をつくっている福岡県赤坂にある赤坂飴本舗に、やっとたどり着いた時ほっとしたことは、今でも覚えています。飴と土人形の両方をつくっていらっしゃるのです。
その当時から、この裃猿と義太夫狐は、我が家で仲良くペアを組んで座っています。
猿の顔は横から見ると、まるでお面でもかぶっているようです。バリを取ってないだけでなく、型もずれている気がします。
犬は、十年ほど前に母のところからもらってきたものだから、ちょっと新しいでしょうか。赤色が残っています。
あとは、我が家で半世紀近くを過ごしているものばかり、手前は馬です。
鳩笛は今もほーほーと鳴きます。
赤坂飴本舗を訪ねたとき、もっとも目を引いたのは、この獅子被りでした。
新しいときはとても派手なもので、太い歯が金色に燦然と輝いていたのです。
「金歯獅子、金歯獅子」
と愛でていましたが、今では金色がすっかりおとなしい色に、褪色してしまいました。
2013年1月14日月曜日
猪熊弦一郎の愛したものたち
友人タムタムさんが、以前雑誌『ミセス』に連載されていた「現代玉手箱」という表題の、画家の猪熊弦一郎(1902-1993)が部屋やアトリエに置いて愛でていたものたちの切り抜きの、ビー玉のペイジを送ってくれたことがありました。
これらの写真とエッセイは、のちに『画家のおもちゃ箱』という本になりました。本は今も手に入りますが、プレミアムがついていて、一冊が五万円もします。安く復刻版ができないものかと、復刊ドットコムに登録したと書いたら、復刊の可能性は低いだろうからと、タムタムさんが再度、他の切り抜きのコピーを送ってくれました。
もう二年半も前のことです。
猪熊弦一郎は1955年から、73年までニューヨークを活動の拠点にしていましたから、彼の部屋を飾っていたものたちは、アメリカの骨董屋さんで手に入れたものが中心です。
その中には、素敵なものがいっぱいありました。
これは、十九世紀の卵入れを、二つ縦につなげて壁に掛けたものです。
枠など直線の部分は薄い木でできていて、そのなかにボール紙を丸めたものが入れてあります。卵は梱包しにくいものですが、それだけに工夫された卵入れには、世界中に美しいものがあるような気がします。
シェーカー・ボックスは、いまでこそ日本でもつくっている方もいらっしゃるほどですが、雑誌に連載されたころ(本が出版されたのが1984年ですから、1980年ごろでしょうか?)、日本では見たことのある人はあまりいなかったかと思います。
猪熊弦一郎は、アメリカに行った当時から一つ、また一つと見つけて五年ほどかかって集めたが、二十年経った今では見つけるのが難しくなったと書いていますから、これらは1960年ごろまでに手に入れたものでしょう。
シェーカー・ボックスは、今はオーバル(楕円形)のものが主流です。オーバルは丸い箱より収納力があって、長方形の箱より頑丈だからだと、どこかで読んだ記憶がありますが、猪熊弦一郎のシェーカー・ボックスは、写真で見る限りほとんど円形です。しかも、今のように、つなぎ目をぎざぎざに組んでいなくて(上から二番目のオーバルの黒い箱はぎざぎざに組んである)、まっすぐに糸で綴ったり、簡単に釘打ちしてあったりします。古い時代のシェーカー・ボックスはオーバルより円形の方が多かったのかもしれません。
ターシャ・テューダーの写真集に載っていたシェーカー・ボックスも円形でした。
上段の犬屋さんの看板の犬の前に置かれた錆びた自動車は、チャールズ・イームズからのクリスマス・プレゼント、下の段の青い車は、アリゾナのゴーストタウンに捨てられていたのを拾ったものだそうです。金鉱ブームの頃のおもちゃが、打ち捨てられ、死んでいた家に転がっていたとか。
著名なデザイナーが選んだものと、拾ったものとを同等に愛でている姿勢が素敵です。
古いビンたち。
猪熊弦一郎自身はこれらのビンを骨董屋さんで買ったみたいですが、中には海岸に漂着したビンもあるそうです。
彼の友人にアーリーアメリカンのもので家を整えている芸術家がいて、その人とかかわるうちにアーリーアメリカンに関心を持ったとか。
アーリーアメリカンにも高級で貴族的なものと、庶民的なものがあり、猪熊弦一郎が好きなのはもちろん後者です。
使い古した、虚飾のないものたちをこよなく愛したそうでした。
2013年1月13日日曜日
『自然療法』
その昔、カンボジアに住んでいた時、カンボジア女性と結婚してバッタンボンに住んでいる友人Mさんが、東城百合子さんの書いた『自然療法』(あなたと健康社)という本を貸してくれました。
『自然療法』の目次は、
一、自然が教える栄養学
二、治療のための自然食と自然療法
三、家庭でできる自然療法
四、自然良能力のすばらしさと体験談
となっていて、治病食のつくり方や手当の仕方が、こと細かに、丁寧に書かれています。
「とくに、この砂療法が気持ちよさそうでしょう?一回やってみたくて」
と、Mさんが熱く語っていたのですが、その時は読んだだけでした。
私のカンボジア赴任の最後のころ、プノンペンに来て合流した夫が、原因不明の湿疹に悩まされていました。日本だったら西式の道場に行く手がありますが、そこはカンボジアです。
と、思いついて砂療法をやってみることにしました。手伝ってくれるというUくんも誘って、シムレアップの海岸に行き、砂風呂に入りました。
本には、普通八時間入るけれど、一、二時間すると、体内の毒素が出はじめるのか、苦しくなる人もいると書いてありました。もちろん一日入る気で行ったのですが、夫は二、三時間しか持ちませんでした。身体じゅう痒くなり、砂に埋まっているのが苦しくなり、出てしまったのです。
せっかく来たのだからと、私も砂風呂に入ってみましたが、さらに短時間しか入っていられませんでした。
しかし、砂療法の効き目はあらたかで、夫の頑固な湿疹は消え、それから割合すぐに帰国したのですが、私は毎年悩まされる足の湿疹に、その冬はまったく悩まされることがありませんでした。
夫の湿疹は以後、出ることはありませんでしたが、私は翌年から、冬になるとやはり毎年足が痒くなります。
どうしようもなくなるとステロイドに頼ってしまう私に、整体師のKさんが、セイタカアワダチソウの入浴材やお茶のつくり方を教えてくれました。
いろいろ質問すると、
「この本に詳しく書いてあるから」
とKさんが貸してくれたのは、なんと久しぶりに見る『自然療法』 の本でした。
家に帰って、借りてきた本をぱらぱらと見ていると、夫が、
「あれっ、その本は家にあるのに」
と言います。
「ええっ、どうして?」
「ずっと前に買ったんだよ」
「なあんだ」
Kさんの本は、さっそく返しました。
暮れに、kuskusさんの家にうかがいました。
なにげなく、居間のテーブルの上置いてあった「守り人」シリーズの本を手に取ると、その下から出てきたのは、『自然療法』でした。
「あらぁ、この本持っているんだ!」
「そう、健康維持のバイブルなの。でも、本当に身体の調子が悪い時は、見る余裕がなくなったりするんだけどね」
kuskusさんは、数年前、重い肺炎にかかったことがありました。病院ではらちが明かずこじらせて、そのときは漢方薬で治しました。即効性のある漢方薬は一服で数千円もするのですが、効き目は見事なものでした。
でも、kuskusさんも普段は『自然療法』派です。私が以前教えていただいたビワの葉の焼酎漬けもこの本につくり方が書いてありました。
amazonでは買えないマイナーな本(失礼!)ですが、こんなに周りの人たちが持っていた確率が高かったなんて、おもしろいことです。
この本の通りに生活すると、どんなに身体がさっぱりすることでしょう。でも、体操は続けられないし、白砂糖を使った市販の甘いものもなかなかやめられない私です。
家や衣類の汚れは目立ちますが、身体の汚れは目立ちません。いつもとはいきませんが、身体の掃除や洗濯も、日ごろから心がけたいと思う日々です。
『自然療法』の目次は、
一、自然が教える栄養学
二、治療のための自然食と自然療法
三、家庭でできる自然療法
四、自然良能力のすばらしさと体験談
となっていて、治病食のつくり方や手当の仕方が、こと細かに、丁寧に書かれています。
「とくに、この砂療法が気持ちよさそうでしょう?一回やってみたくて」
と、Mさんが熱く語っていたのですが、その時は読んだだけでした。
私のカンボジア赴任の最後のころ、プノンペンに来て合流した夫が、原因不明の湿疹に悩まされていました。日本だったら西式の道場に行く手がありますが、そこはカンボジアです。
と、思いついて砂療法をやってみることにしました。手伝ってくれるというUくんも誘って、シムレアップの海岸に行き、砂風呂に入りました。
本には、普通八時間入るけれど、一、二時間すると、体内の毒素が出はじめるのか、苦しくなる人もいると書いてありました。もちろん一日入る気で行ったのですが、夫は二、三時間しか持ちませんでした。身体じゅう痒くなり、砂に埋まっているのが苦しくなり、出てしまったのです。
せっかく来たのだからと、私も砂風呂に入ってみましたが、さらに短時間しか入っていられませんでした。
しかし、砂療法の効き目はあらたかで、夫の頑固な湿疹は消え、それから割合すぐに帰国したのですが、私は毎年悩まされる足の湿疹に、その冬はまったく悩まされることがありませんでした。
夫の湿疹は以後、出ることはありませんでしたが、私は翌年から、冬になるとやはり毎年足が痒くなります。
どうしようもなくなるとステロイドに頼ってしまう私に、整体師のKさんが、セイタカアワダチソウの入浴材やお茶のつくり方を教えてくれました。
いろいろ質問すると、
「この本に詳しく書いてあるから」
とKさんが貸してくれたのは、なんと久しぶりに見る『自然療法』 の本でした。
家に帰って、借りてきた本をぱらぱらと見ていると、夫が、
「あれっ、その本は家にあるのに」
と言います。
「ええっ、どうして?」
「ずっと前に買ったんだよ」
「なあんだ」
Kさんの本は、さっそく返しました。
暮れに、kuskusさんの家にうかがいました。
なにげなく、居間のテーブルの上置いてあった「守り人」シリーズの本を手に取ると、その下から出てきたのは、『自然療法』でした。
「あらぁ、この本持っているんだ!」
「そう、健康維持のバイブルなの。でも、本当に身体の調子が悪い時は、見る余裕がなくなったりするんだけどね」
kuskusさんは、数年前、重い肺炎にかかったことがありました。病院ではらちが明かずこじらせて、そのときは漢方薬で治しました。即効性のある漢方薬は一服で数千円もするのですが、効き目は見事なものでした。
でも、kuskusさんも普段は『自然療法』派です。私が以前教えていただいたビワの葉の焼酎漬けもこの本につくり方が書いてありました。
amazonでは買えないマイナーな本(失礼!)ですが、こんなに周りの人たちが持っていた確率が高かったなんて、おもしろいことです。
この本の通りに生活すると、どんなに身体がさっぱりすることでしょう。でも、体操は続けられないし、白砂糖を使った市販の甘いものもなかなかやめられない私です。
家や衣類の汚れは目立ちますが、身体の汚れは目立ちません。いつもとはいきませんが、身体の掃除や洗濯も、日ごろから心がけたいと思う日々です。
2013年1月12日土曜日
ビー玉掃除は楽しいなぁ!
床下に電線を通す必要があって、ものを動かしました。
それで、年の瀬にも掃除しなかった飾りものをいろいろ掃除しました。遅ればせの大掃除といったところです。
フランスのビー玉は、埃をブラシで一つ一つ払いました。
左上のを囲みを除いてはみんな土でできているビー玉です。左上の囲みのビー玉は、鉄の玉、木の玉、そしてガラス玉が混じっています。
土のビー玉には、表面の色が鮮やかなまま残っているのもあれば、
何色だったか、よくわからないほど表面が擦れてしまっているものもあります。
そして、少数ですが、欠けているのもあります。
ガラスのビー玉は、日本のガラスのビー玉とは、ずいぶん感じが違います。
激しく遊ばれたせいでしょうか?それとも、もともとガラスの質やつくり方が違うのでしょうか?
固まりかけたガラスを転がしながら固めたような感じで、表面がどれもしわしわとしています。もしかしたら、ガラスのビー玉も、ずいぶん古いものなのかもしれません。
縁あって我が家に来たフランスののビー玉たち。
猪熊弦一郎も持っていたビー玉たち。
見ているだけで楽しくなります。
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