2012年2月19日日曜日

ラテンアメリカのボビンレース


先日拾った魚くん、同じデザインの魚の模様のインド綿を、確か見たことがあるような気がして、布を入れてある戸棚を開いてみました。
でも見つからない。
「どこかで見たんだけどなぁ」

魚模様の布はとうとう見つかりませんでしたが、戸棚の中のレースが目にとまりました。中米のニカラグアに赴任していた友人T夫妻から、かれこれ18年も前に、お土産にいただいたものです。
160センチ×90センチほどの大きさのレースは、教会のミサでかぶるのに、ちょうどよい大きさでしょうか。

レースは私にはちょっとエレガントすぎるので、ずっと戸棚にしまいこんでいました。


なにげなく手に取って見ると、ボビンレースではありませんか!
機械編みでもなく、鉤針編みでもなく、手編みのボビンレースです。


これが、あの小さなボビンをいちいち動かしてつくったなんて、いまさらですが、見ただけで気が遠くなりそうです。
 

 細い細い糸で、テープ状にレースを編んで、それをつなぎ合わせているのでしょうか。

 

周りには縁用に編んだレースをとじつけてあります。


一人で編んだのではないものかもしれませんが、それにしても労作です。
私だったら、一生かかっても、仕上げられないでしょう。


テーブルクロスにするにはもったいなさ過ぎるし、スカーフとして使うのには幅が広いしと、ボビンレースはまた戸棚に逆戻りしました。



2012年2月18日土曜日

マトリョーシカ


いつごろからでしょうか、ロシアのマトリョーシカは、とてもよく見かけるものになりました。

ソ連時代、マトリョーシカと言えば、黄色っぽいスカーフに黒い線描き模様が目立つ娘さんのものでした。精巧にできてはいましたが、美しいかと問われると、「.....」、素朴かと問われても、「.....」、何度見ても、そう欲しいものではありませんでした。

ところが今では、おとぎ話をテーマにしたもの、動物もの、サンタクロース、日本人が絵つけしたものなど、ずいぶん多彩になっているようです。
 

我が家にも、少しですが、マトリョーシカがあります。
招き猫のマトリョーシカは、十年ほど前に、奈良法隆寺の門前の、お土産物屋の店先で見つけたものです。
シンプルだけれど愛嬌があります。千の字がちょっと変ですが。


招き猫マトリョーシカとは対照的な、描き込んだ、魅力的な絵つけの猫です。


どちらも、以前アップしたことのあるものです。


真黒いのは、好きな絵を描くことができる、チョークつきのヴェトナム製マトリョーシカ。
なぜ、ヴェトナムでマトリョーシカ?


貝細工の、マトリョーシカの形の箱はフィリピン製です。
なぜ、フィリピンでマトリョーシカ?


これは、いつ頃のものでしょうか?
素朴で健康的な娘たちのマトリョーシカです。


2012年2月17日金曜日

食卓づくり


食卓をつくっています。
息子のだった食卓を、仮にと思って使いはじめて、早三年たちました。
その食卓、ちょっと小さめなのは問題ないけれど、肘つきの椅子の肘がつっかえて、使っていないとき食卓の下に収納できないのが欠点です。

地震直後は、作業室も、材木置き場もめちゃめちゃに崩れて何もできませんでした。
数ヶ月かかってやっと片づいたころには、大工仕事よりも庭仕事の方が忙しくて、大工仕事はついつい、後回ししてきました。
というわけで、本格的に工具に触るのは、なんとほぼ一年ぶりです。

作業台不足で、一部、仮設のゲストハウスの中でも作業です。


食卓の甲板は、幅10センチほどの細い板を、八枚貼り合わせます。


四枚貼り合わせたところで、もう一度自動カンナにかけて、平らにします。我が家の自動カンナは、幅が45センチまで削れるので、こんなとき助かります。

万能木工機は、ネットオークションで安く買った、1982年製の古いもの。そのころからプレカットが行われるようになり、多くの大工さんが自分で材をつくらなくなり、万能木工機を手放したようです。


自動カンナをかけた板と板を貼り合わせます。


もう自動カンナはかけられないので、慎重に高さをあわせます。


注意していても、貼りあわせたところに、わずかな段差ができます。
しかたない、できるなら使いたくないカンナの出番です。

立派な大工さんなら、いい状態のカンナがないと、仕事にならないでしょう。
でも、素人大工の私は、できるだけカンナなしで過ごそう、過ごそうとします。
立派な大工さんなら、カンナを使ったら、たぶん手入れにその倍の時間を費やすでしょう。
素人大工は、何とか手入れをしないか、しても最小限に済ませたいものだと思ってしまうのです。

工具店で、替え刃式のカンナを勧められたのに、一丁前に立派な大工さんが持つようなカンナを買ったのが、そもそもの間違いだったのでしょうか?


 食卓の脚は、甲板と同じ材を使いますが、厚みが足りないので、二枚貼り合わせます。


脚の太さに材を削り出したら、底面に出来上がり寸法を書き入れます。こんなとき、テンプレートが役に立ちます。


甲板と脚との接合部分のほぞをつくります。
テーブルソーの、ほぞをつくるガイドは別売りですが、これが多いに役立ちます。


ほぞの完成。


次に、支えの材と接合するためのほぞ穴を開けます。


ネットオークションで買ったほぞ穴開け機が、威力を発揮します。


ほぞができ、ほぞ穴も開きました。


脚の先を面取りして丸くするのは、一仕事です。
立派な大工さんなら、カンナで削るところですが、電動カンナを使います。


 まあ、なんとか丸くなります。


サンダーを使って、さらになめらかにします。


これで、脚のできあがりでした。


今日あたり、甲板の裏にノミで脚をはめるほぞ穴を開けて、組み立てられるかなぁと考えていましたが、朝起きたら一面の雪。

作業はお休みして、ストーブでも焚いて、ほっこりしようと思っていたら、陽が差してきました。
どうしよう。
 





2012年2月16日木曜日

ボタン


力仕事に明け暮れる毎日。ほぼ家に敷地の中にいて、せいぜい郵便局に行くくらいの毎日。「着飾る」という楽しみからは遠く離れてしまいました。楽な上下を着たきりで、まったく痛痒を感じません。

喜んで着てもらえるブラウスやスカートは、何人かにもらっていただきましたが、まだ、冠婚葬祭にも、ちょっとした旅行にも全然困らないほど、残っています。
江戸や明治の女性には申し訳ないほどです。


自分で縫い物をする必要もなくなりましたが、それでも裁縫箱なしでは暮らせません。
そして、裁縫箱の中には、もう使うことがないかもしれないボタンも入っています。
古い衣類を処分するときに、ボタンは捨てられなくて、はずして取って置いたりするので、なかなか数が減らないのです。


裁縫箱は、二つありますが、二つの裁縫箱に入りきらないボタンは、裁縫材料箱にも入っています。


ココヤシのボタンです。


ボタンは丸いものに限ります。
ウサギの形のボタンは、足や耳に引っかかって、着るのにも脱ぐにも手間がかかります。


黒い貝ボタン。


白い貝ボタン。

分厚い貝を使ったボタンは、裏表白いのですが、貝の厚みが十分でないものは、裏に赤い色や黒い色が見えます。
黒も白も、私は貝ボタンは裏を表にして使うのが好きです。


これは確かタグアのボタンだったような。


裏は、まったりした象牙色です。


そして、木のボタン。


鉛筆のボタンは、息子たちが幼いとき、胸に並べてつけてやったものです。
リフォームといいますが、子供服には洗いざらしの布は使えません。私のワンピースを解いて、手間暇かけてつくったのに、活動の激しさについていけず、その日のうちに敗れて、泣きたくなったこともあります。
新しいしっかりした布でつくっても、すぐに擦り切れるのが子供服でした。



先日も、コインの中からさいころがいくつか出てきたばかりだというのに、ボタンの中にも隠れていました。



2012年2月15日水曜日

四角いお皿


四角いお皿をしまうとき、つくづく、
「丸いお皿はすぐれものよね」
と感心してしまいます。大小があっても、うまく重ねることができます。

それなのに、四角いお皿ときたら、同じ形のお皿でも重ならなくて、かさばるばかり。あいだに布をはさんでも、そおっとそおっとしまわないと、がちゃがちゃ、感じの悪い音を立てます。


それでも四角いお皿を使うのは、丸いお皿とは違った雰囲気が出るから。
凝った盛りつけをするわけではありませんが、お刺身などは、四角いお皿の方が似合うような気がします。 丸いお皿には似合わない、和菓子の盛り合わせも似合います。

三苫修さんのお皿です。


夫のお気に入りの白と黒のお皿。深いお皿を重宝していて、あとで浅いのも買い足しました。
白いのも、黒いのも、刺身こんにゃくとアボカドを一緒に乗せたり、ナッツ類を乗せたり、組み合わせて使うと、大皿に並べるより、まわしたりするとき便利です。

鴨工房のお皿です。


おひたしをつくると、必ずこのお皿に手を伸ばしてしまいます。
ほうれん草、三つ葉、せり。まとめて削り鰹などをかけたのも、胡麻和えにして崩したのも、どちらも緑がよく映えます。

しがみさこさん(kuskusさん)のお皿です。


このお皿とは、えらく長いつき合いです。
ローストビーフとかをどーんと乗せたら似合うのですが、ローストビーフどころか、我が家にはもう長いこと、牛肉の影も形もありません。

川崎毅さんのお皿です。


あらかじめ氷水を張って、お皿をきんきんに冷やしておいて、素麺を盛るのに使っているお皿です。
夫は麺は細いほど好きですが、素麺は茹でるときも食べるときもせわしなくて、私は苦手。素麺のときは、分量も茹で加減も、すべて夫任せです。
素麺は、それでも食べているうちに柔らかくなったり、つけ汁が薄まったり、せわしないことですが、暑い盛りには、まあ、これ以上のご馳走はありません。

笠間の陶炎祭(ひまつり)で、在庫整理なのか格安で売っていた、エドさんのお皿です。
伝統的益子スタイルでしょうか。一辺が尺一寸もある、大皿です。