2013年3月25日月曜日

オアハカの土人形


メキシコのオアハカの土人形です。
素敵な衣装の女性が、やはりオアハカでつくられている、アレブリヘ頭に乗せ、両手にも持っています。
 売り歩いているところでしょうか。それとも、単にアレブリヘを持ってポーズしただけでしょうか。
 

アレブリヘは、色鮮やかな木彫彩色の動物人形です。
かつて、日本の中南米の雑貨を売っているお店、「チチカカ」などでは、店の看板人形として、大きなアレブリヘが、触ってみたりできない高いところに、並んでいたように覚えています。
小さくて安いものもあるようですが、大きくて美しい仕上げのものはかなり高価で、残念ながら私はご縁がなくて一匹も持っていません。
確か、大阪の民族学博物館や倉敷の郷土玩具館には、アレブリヘの素晴らしい収蔵品があったと思います。
 
最近は、日本のお店ではあまり見かけませんが、今でもつくられているのでしょうか。


アレブリヘには、実在の動物もありますが、想像の動物が多く、これもその一つのようです。
 

尻尾の太いもう一匹の動物は、どこかにいそうな動物です。


耳や目、手足の色遣いが、本当に素敵です。


道で、こんな人形売りに会ったら、嬉しくなってしまうことでしょう。

この土人形、本当は目につくところに置いておきたいのですが、ちょっと頭が重いので、地震で倒れて割れないよう、特別待遇で棚の奥の方に置いてあります。

2013年3月24日日曜日

前垂づくり

昨年の夏、ちょうど母が我が家に逗留していた時に、夫の弟のひろちゃんから、夫の母の遺品である小さな人形たちが届きました。 そのなかには、夫の母のありし日に、浅草の助六に行って、いっしょに買ったお地蔵さまもいました。

あまりにも前垂が傷んでいるので取り外したのですが、母が手持無沙汰にしていた時に、お願いして、新しい前垂をつくってもらったことがありました。


げっ、大きくないですか?
お母さん。


ちゃんと見本を見てつくったのに、長さで二倍、大きさで四倍あります。
お地蔵さまは前垂に埋もれてしまっています。


オリジナルと比べてみます。


紐も長すぎです。
いつか、つくり直そうと思っていましたが、最近は、
「まあ、これでいいか」
と、思うようになってきました。どうせ私がつくっても、母の仕事と五十歩百歩ですから。
オリジナルで小指の爪ほどの大きさ、母のつくったもので、人差し指の爪くらいの大きさでした。

2013年3月23日土曜日

タイのお守り

タイ人はお守り好きです。老若男女、誰でも首からぶら下げています。
泥棒など、悪いことをする時は、お守りに見られないよう、
「ちょっとだけ、見ないでください」
と、隠してからことに及ぶという話もあります。

外国人は美術的な価値の高そうな古いお守りに目が行きますが、タイ人が注目するのは、ご利益のあるお守りです。


我が家にあるお守りのほとんどは、下の息子が友だちのチャイから餞別にもらったものです。

家族でタイで暮らしていた時、夫は仕事でアジア諸国の、時にはアフリカや南米のスラムを飛びまわり、私は居心地のいいバンコクのスラムに入り浸っていました。
ところが、インターナショナルスクールに通っていた息子たち、とりわけ下の息子のタイ人の友人の親たちは、タイ経済をけん引するような財閥ばっかりで、息子は休日ごとにリゾート地にある親の経営するホテルに誘われたり、高原の牧場に誘われて馬に乗ったり、ときにはシンガポール旅行に誘われたりと、まことに優雅な暮らしをしていました。
中でも、チャイの家は、どこかの国からタイに贈られたシロクマを、動物園では経費がかかって飼いきれなくなったので、自宅に引き取ったというほどのお金持ちでした。

このお守りには、高僧のお姿が写されています。
よくはわかりませんが、高僧のお守りは、簡単に手に入るというものではなく、お寺でたくさんの喜捨をして初めて手に入るもの、しかもそんな高僧には、一般人は一生お目にかかれないようなものだと思われます。
が、いかんせん、そのあたりにはまったく疎く、なにもわかりません。

お守りは、首にかけないなら、仏像同様できるだけ高い場所に置いておかなくてはならないと思い、普段は神棚に、小さな甕に入れて置いてあります。


高僧のお守りの裏はこんな感じです。


仏陀のお守りもあります。


裏には、装飾文字で仏像の姿を表してありますが、読めません。


何かの記念日につくられたものか、王さまのお守りもあります。
そういえば、何かのパレードで、チャイのお父さんが王さまに大型のロールスロイスを貸したという話もありました。

プンミポン国王陛下のお守りの裏には、


ラッタナコーシン王朝の、歴代すべての王、ラーマ一世からラーマ八世までが描かれています。


この、おがくずを固めてつくったような、首からかけられないお守りだけは、シンポジウムのために日本にいらっしゃったプラパチャック師が、水戸で殺人罪で裁判中だったタイ女性たちに会うために、つくばにあった我が家に一夜お泊りになったとき、私がいただいたものです。
プラパチャック師は、森林を伐採から守るために果敢に活動されていたお坊さまですが、暗殺の脅威も日常的で、長い活動で力尽きたのか、日本にいらっしゃってから確か一年もたたないうちに還俗なさいました。
タイでは、どんなに長い間僧門にいても、どんな高僧でも、チーオン、衣が熱くなったと感じたときに還俗することは、よくあることです。還俗することは、僧門にとどまって戒律を守らなかったりするより、ずっといいことなのです。

さて、これをいただいた時の師のお言葉は、
「これは、売ってはだめだ」
「はい、尊師」
神妙に答えましたが、えっ、売るわけないでしょう!
いったい誰が買う?

ともあれ、あれから二十年くらい経ってしまいました。タイの新聞を目にすることもなくなったので皆目わかりませんが、元プラパチャック師でいらした方は、今もお元気でしょうか?
タイ僧門の戒律では、お坊さまたちは地上の生き物をうっかり踏みつぶさないよう裸足で歩きます。でも、今ではお坊さまたちもそれを守っているのは朝の托鉢時だけくらいですが、プラパチャック師は切り株などの多い森の中でもいつも裸足で、日本にいらしたときは肌寒かった時だったと思いますが、裸足で歩かれているのが印象的でした。

さて、別れてから三十年も経った息子の友人たち、今ではバリバリの経営者たちですが、中には人気歌手から映画監督になった子もいます。こんな消息が知れるのは、facebookのおかげのようです。

私たち家族も、お守りのおかげかどうか、元気に過ごしています。



2013年3月22日金曜日

また、お逢いしましょう


お雛さまは、出すのが楽しみであり、ちょっと億劫でもありますが、しまうのもまた、億劫なのに、楽しみでもあります。
今年は、旧暦の雛祭りまで飾っておこうと思っていたのに、ある日突然思い立って、中途半端な日に片づけてしまいました。
 

しまうのに必要なものは、はたき、刷毛、そしてしゅっしゅと風を送るエアブロワーなどです。


どの箱もぎりぎりの大きさで、うまく詰めなくては入りきりません。


もともと、私のお雛さまは祖父母の家の二階の押入れにしまわれていました。
二階は、日常的には使っていませんでしたからネズミの天下で、押入れを開けるとネズミの糞だらけ、匂いもきつく、木の箱は盛大にかじられていました。
そのため、ほとんどの木箱は捨てられたのでしょうか。いつからか人形は靴の箱やらビスケットの箱やらにしまわれています。


そんな中で、何故か三人官女だけは、悠々と木箱の中です。
調度品、雪洞などのパズルのように納めるきつきつ加減を思うと、もっと大きな別のお雛さまの箱だったのかとも疑ってしまいます。


ふと気がつくと、うっかり小道具をしまい忘れていることがあります。 面倒だからと、間に合わせに別のところに入れたりすると、わけがわからなくなったり、失われたりしてしまいます。
ご用心、ご用心。


ほとんどのお雛さまは柔らかい紙で包んでいますが、土人形は固めの紙の方が安全かと新聞紙で包みます。
でも、顔だけは汚れないように柔らかい紙で包んでおきます。


2013年3月21日木曜日

いただき!

野積みにしてあった息子の荷物のうち、段ボールに入った本らしきものはやっと片づけ終わりました。中には、二年前の地震で、裏側に転げ落ちたらしい、土にまみれて救うことのできない本などもありましたが、全体としての被害は、五年くらい野積みにしていた割にはまあまあ少なく、一安心でした。

さて、役得、役得。
気に入った本は勝手に貰ってしまうことにしました。


まず、『くるみわり人形』、大好きなモーリス・センダックの絵です。


センダックらしい絵。


見開きいっぱいの顔。


中にはこんな絵もありました。


さっそく『センダックの世界』の隣にしまいました。


お次は、中島らもの『ガダラの豚 』


息子のを借りて読んだあと、手元に置いておきたくてさがしたことがありました。
でも見つからず、文庫版なら売っていたので買って持っていたのですが、どちらかといえば単行本の方が好きなのです。目が悪くなったせいもありますが、単行本が本棚に並んでいる感じが、大きさが揃っている文庫本より楽しくて。

もっとも私の本だけで占領してしまっている本棚はもういっぱいです。
夫に、
「作業棟にも本棚つくってね」
と頼んでいるところですが、仕切りをするとはいえ、おがくずが舞い上がる作業場近くに本を置くとなると、いったいどんな設計になるのでしょうか?
いずれにしても、本棚ができれば、今は地下倉庫にしまってある夫の本を優先させなくてはならないことは間違いありません。


2013年3月20日水曜日

ちょっと重いですが


骨董市のKコレクションさんの店頭に、何故か中国のお弁当入れが、どーんと置いてありました。
Kコレクションさんは、夫人の集めたセルロイドのおもちゃ、だんなさんの集めたブリキのおもちゃ、和ガラス、伊万里など小さめなものを並べていて、いつもは民具などは置いていません。
「どうしてこれを?」
「これには事情があって」
だんなさんから、手に入れた「事情」まで聞いてしまいました。

慶弔時に料理やお菓子を入れて運ぶ籠は、中国国内で使われただけでなく、中国移民によって東南アジア各地にももたらされました。タイ、ラオス、カンボジアでよく見た中国籠、シンガポールや香港で見つけたなど、広い中国ですから、地方によってさまざまな形があります。

ところが、日本でシンガポールで見たのと同じ籠を見つけたところに書いたように、今ではお菓子を贈るには、引換券を送るだけで事足りるようになり、またビニール袋の普及など包装事情も変化して、籠は見捨てられるようになってしまっているそうです。山積みにして、燃やしているところもあるとか....。

この手のついた容器は、その木工版なのです。
中国の桶と同じつくり方です。桶がつくられたのと同じ地方、たぶん竹の採れない地方でつくられたものだと思われます。


容器部分は、木を貼り合わせた、いわゆる「桶」になっています。


持ち手と容器との接続は?
なんと持ち手が桶の一片と一体になっていて、そのまま立ち上げてあります。そして、途中でてっぺんの部分のパーツと継いであるのです。
すごい技術!
桶の箍(たが)を外さない限り、持ち手の接続部分はしめつけられて外れないよう、中で組まれているのでしょう。持ち手はしっかりしていて、びくともしません。


桶の板には溝が彫ってあり、そこに底板をはめ込んで、太い針金で締めています。
桶のそれぞれの木片は、太いのや細いのがあり、並べている規則性もないので、一つずつ合わせながら、手持ちの大小の木を自在に使ったことがわかります。


そして蓋は、無垢の木をくり抜いてつくってあります。
手間も材料も必要ですが、蓋をふくらませれば、平らな蓋をかぶせるより、中に背の高いものを入れることができます。

立ちあがった持ち手が、蓋を固定する役割を果たしているところも、すごいところです。


中国では、気の遠くなるような見事な細工の高級家具などは大切にされているものの、庶民のつくり、使った民具が、注意を払われずどんどん失われていくのは残念なことですが、それはかつて日本に起こったことでもあります。

この菓櫃(勝手につけた名前)を見ていると、村のたくさんの人が、同じものをぶら下げて行きかっていた、ちょっと前までの良き時代が偲ばれます。
ちなみに、木製ですから重くて、2.5キロあります。


2013年3月19日火曜日

ガラスビンと金属蓋

ガラスビンに、金属の蓋という組み合わせで、これまでに見たことのあるのは、①ただかぶせる、②ビンにも蓋にもねじが切ってあって、回して留める、③蓋に爪をつくり、ビンには出っ張りをつくっておいて、回して留める、の三種類くらいです。

すとんとした口をつくって、まっすぐな蓋をかぶせるのが、原理的には一番簡単ですが、いつ外れるともしれないので、運搬などに適していません。
かぶせただけでは、心理的にも不安なこともあって、現在の主流は爪式かねじ式です。


シンプルな口の、フランスのコバルトガラスのビンです。
Old Friendに置いてあったこのビンが好きで好きで、いつも行くたびに見ていましたが、とうとういつだったか、セールのときに買ってしまいました。


アルミの蓋はかぶせるだけですが、ぴったりはまります。
コーヒー用の砂糖入れにしているのですが、中に砂糖を入れたまま、逆さにしても蓋がはずれません。それなのに、蓋を開けるときは、いとも簡単に開けられます。

全然知りませんでしたが、蓋に書かれている「Diadermine Paris 」でネット検索してみたら、ビンの素性が少しわかりました。
どうやら、1930年代の薬剤ビンのようです。


日本の糊ビンもかぶせるだけの同じ方式ですが、コバルトのビンに比べると精度が落ち、蓋は大きすぎてぶかぶかです。
蓋はまっすぐなのに、何故かガラスビンの口にはねじ山がついています。
いつだったか、糊ビンを置いてあった骨董雑貨屋さんが、
「蓋はオリジナルじゃないみたいだけれど」
と注意してくれたこともありました。
だけど、いくつか見た、どの糊ビンも似た状態でぶかぶかですから、別蓋でないことは確かです。

糊ビンの蓋は、もしかすると精度が悪いのではなく、何かでできた中蓋があったのに、年月を経て失われてしまったのかもしれません。


蓋に、ほんの小さなくぼみ(内側から見ると突起)を二ヶ所つけただけで、蓋は、おもしろいように閉まります。
蓋の真上からちょっと左に、その突起が見えます。


かぶせるだけから大進化ですが、そのためにはビンの方にも、突起を受け止める出っ張りをつけておかなくてはなりません。このような突起が改良されて、今の爪式へと発展したのでしょう。


蓋が爪式のビンで、四ヶ所に出っ張りがあります。


ちょっとした出っ張りではなく、堂々たる立派な出っ張りがついています。


そして、蓋は四ヶ所でくぼめてあるので、それを差し込んで回すと閉まります。


現代の蓋は、外からは爪が見えないような仕上がりになっていますが、このビンでは爪が盛大に目立っています。
蓋の文字が読めれば、このビンの素性がわかるかもしれませんが、装飾的でさっぱり読めません。これもフランスのビンです。


そして、ねじ式のビンたち。
ねじ式のビンは同じように見えるのに、閉めにくいのと、閉めやすいのがあるのが不思議です。中には、前は閉まっていたはずなのに、どうしても閉まらないものもあります。