2025年8月19日火曜日

赤べこたち


赤べこは福島県会津地方の代表的な郷土玩具ですが、紙張り子の正統赤べこは、我が家には1つしかありません。
じつはこれは二代目で、18歳の夏に買った初代赤べこは、もう少し丸っこいものでしたが、引っ越しや長期保管など、いろいろ経験してぼろぼろになり、今では失せています。


右は、三春のゆきさんからいただいた、土の赤べこです。


そして、息子が置いて行ったブロックでつくった赤べこ。


ブロックの赤べこは、猫がぶつかったのか、顔の部分が変に壊れたままだったのですが、説明書が見つかったので、伸びた輪ゴムを取り換えて、なおすことができました。


そしてこれは「アカベコランド」の新幹線豆べこです。左からALFA-X豆べこ、E6系こまち豆べこ、E5系はやぶさ豆べこです。


 赤べこもどき」ばかりですが、どれもかわいいです。


夫の補聴器の調整などでわりとよく行く土浦の眼鏡屋さんには、あちこちにフィギュアが飾ってあるのですが、その中にこんな赤べこたちがいました。「神獣ベコシリーズ」というもののよう、眼鏡屋さんに行くたびについつい見てしまいます。
いったい誰の趣味だろう、眼鏡屋さんのフィギュアは少しずつ増えているような気がします。




 

2025年8月18日月曜日

カバー写真を変えました

 Facebookのカバー写真には、横長のものしか使えません。
毎年、暮れに次の年の干支人形の写真を撮り、カバー写真として差し替えてきましたが、2023年暮れには、次の年の干支の「龍」の人形はほとんど持っていないことから、干支にはない猫、招き猫の写真にしました。


さて次の年、2024年の暮れのこと、25年は巳年で、蛇のおもちゃはそこそこ持っているのですが、横長やとぐろを巻く蛇のおもちゃの写真を、横長にどう収めたらいいか想像がつかず、そのまま、招き猫の写真を使い続けていました。

先日、途中から聴いたラジオからパレスチナの話が流れてきました。映画、『ノーアザーランド』の舞台になっているマサーヒル・ヤッタ村で、映画にも出ていた人が殺されたというのです。
ラジオは作業しながら聴いているので、その時は聴き流し、うかうかしているうちに、どの番組だったか、お話しされたのは誰だったのか、すっかり忘れてしまいました。
ニュースにはなっていないし、マサーヒル・ヤッタ村の住民で殺されたのは誰だろう、もしかして映画の製作者かしらと気になって、パレスチナに行った友人に訊いてみました。
そしてわかったのは、ラジオで話されていたのはカメラマンの森佑一さん、イスラエル人入植者に殺されたのは映画にも出ていたアウダさんだということでした。
ガザだけでなく、ヨルダン川西岸でも、イスラエル兵や入植者によってたくさんの人が殺されたり暴行を受けたりしているのは知っていましたが、森さんのサイトから、マサーヒル・ヤッタ村で起きている蛮行の一部始終を知ることができました。
パレスチナに対して何もできないどころか、最近はパレスチナで起こっていることに、目も耳もふさごうとしている自分がいます。


せめて、パレスチナを忘れないためにと、 Facebookのカバー写真を、招き猫たちの背景にカフィーヤを配した写真に替えました。
自分に向けてだけのことで、何の力にもなりませんが。

偶然ですが、右端の今戸人形のマル〆猫は、赤、緑、黒のパレスチナカラーでした。





2025年8月17日日曜日

作業用もんぺ

作業用もんぺのお尻が破れて、はや数か月、敗れた方を前にして履いていれば、じろじろ見られることもなかろうと思って履いていますが、そのままコンビニまで行くこともあり、洗い替えもなくて、もはや限界を迎えています。
というわけで、雨の日にもんぺを縫いました。
母のもんぺは、両脇にシームポケットをつけ、別布で居敷当て(お尻当て)、ひざ当てをつける面倒なもの、ミシンの苦手な私にはとてもできないので、ひらたパンツにしました。


ずいぶん前から、縫うものによって糸の色を変えなくてもいいように透明のミシン糸を使っていますが、もんぺを縫っている途中で上糸も下糸も使い切り、下糸を取ったり、ミシン針の穴に糸を通したりと手間取りました。というのも、糸が透明でよく見えないのです。
ミシン針に前から糸を通す段になって、何度やっても糸が通りません。メガネの上に拡大鏡をかけて、糸通しの道具を使って、やっと通りました。


ちなみに、目は定期的に診ていただいていますが、白内障は年相応で、手術の必要は今のところないとのことです。
ポケットは貼りつけポケットで、膝当てを(補強のために)ぐるぐる縫ったりしなくてよかったので、久しぶりのミシンでしたが、糸通しのほかはわりと簡単に縫いあがりました。


その昔、ひらたさんにつくっていただいたもんぺや母につくってもらったもんぺ。そちらの方が着古したものだから、それらを作業着にすればよさそうなものだけれどそうはいきません。ひらたパンツなど、今でもしっかりよそ行きです。

そして、タンザニアのキテンゲでつくったもんぺは、いきなり作業着デビューしました。







 

2025年8月16日土曜日

恵比寿さま、大黒さま

我が家には何組かの恵比寿大黒がいらっしゃいます。
そのなかで、木彫りの恵比寿大黒だけ集めてみました。


台座を除いて高さ45ミリの、あっさりした彫りの恵比寿大黒です。素敵な祠に入って、我が家の神棚の中心にいらっしゃいます。


柔和に微笑んでいる恵比寿大黒は、恵比寿様が高さ7センチです。
どんな家に祀られていたのか、囲炉裏の煤で真っ黒です。


そして、上の2組とは雰囲気が違う恵比寿大黒、髭と唇だけ彩色してあります。


上の3組は、神棚に祀るために彫られたものですが、山形県の笹野一刀彫の恵比寿大黒はどうだったのでしょう? やはり神棚に飾られていたのでしょうか? それとも、おもちゃだったのでしょうか?
あごひげに、笹野らしい「けずりかけ」が施されています。
右肩に、折れたひごが見えますが、これは打ち出の小槌を担いでいた跡です。

「民藝朋友」より

打ち出の小槌はこんなふうに持っていた、「民藝朋友」から写真をお借りした、笹野一刀彫の恵比寿大黒です。
恵比寿さまも、別彫りの鯛を持っていたようです。







2025年8月15日金曜日

M+M家のブルーベリー

M+M家のブルーベリーは長く熟れ続けています。凍らせてヨーグルトにのせて食べると美味、ずうずうしくMちゃんにまたもらってもいいかと訊くと、
「いつでもどうぞ」
とのこと、今朝、思い立って摘みに行きました。
ボウルを用意したあと、蚊よけのために網つきの帽子をかぶったり、腕カバーをつけたりバタバタして、いざ家を出て半分くらい歩いたところで、ボウルを持たないで、玄関に置いていた市場籠をぶら下げて歩いていることに気づきました。
なぜか、マルが神妙な顔をしてついてきていました。


持っているものが違うことに気がついたものの、M+M家は目の前、いまさら出直してくるのも面倒と、そのまま摘ませてもらうことにしました。
こんな籠を持っているのは、強欲人間のようで恥ずかしいので、声もかけませんでした。


M+M家のブルーベリーは数十本あるのですが、鈴なりの木は鈴なりで、ほとんど歩を進めることなく、一か所にじっとしていても十分摘めます。結局、3本から摘ませてもらいました。


市場籠を持ってきてよかったことは、下に置いておいて、両手を使えることでした。左手で枝を引き寄せ、右手で摘むと、片手で摘むよりずっと楽でした。
市場籠は大きいので、いつまでも摘んでいられますが、ここいらで引き揚げます。


洗って計ってみると、1キロちょっとありました。これでまた、ヨーグルトが楽しめます。
M+M家のMちゃん、Mくん、ごちそうさまでした。





 

2025年8月14日木曜日

お饅頭消しゴム

先の参議院選挙では、参政党が目新しさを持ち込んだからか、投票場ではこれまで見たことのなかった、子ども連れの家族が目立っていました。
投票場では、子どもが来ることを見越していたのか(?)、台の上に、小さな袋に入った色とりどりのものが置いてありました。 

と、投票を済ませた夫がそれに関心を示して、台に近づき、物色していました。
たまたま人が途切れ、投票者は私たちだけ、私はもう出口近くにいたので、10人ほどいる関係者の人たちが監視しなくてはならないのは夫だけという状況でした。
「やめてくれぇ」
と、私は心の中で叫びましたが、私語をする人もいなくてシーンとしている中、ずかずかと引き返して夫に声をかけることもはばかられ、会場をそそくさと出ていくと、あとから夫が戦利品を手に出てきました。



「消しゴムだったんでしょう?」
「お菓子かと思ったよ、なんだ消しゴムか」
夫はがっかりしています。選挙に来た人にお菓子を配るなんて聞いたこともありません。もっとも、おもちゃ消しゴムが置いてあるのも初めて見ましたが。
「子ども向けに決まっているじゃない。大人がもらってどうするのよ」
人の目など気にしない夫、投票場では笑いをこらえていた人もいたかもしれません。






2025年8月13日水曜日

綴れ織りの仕上げ


ずいぶん前に織り上がった綴れです。
ぼさぼさと表面に残っている緯糸(よこいと)の端の始末をする前に、せっかく織った布が解けないように、織りはじめと織り終わりの経糸(たていと)の始末をするのですが、経糸が、織り枠の間隔(打った釘の間隔によって決まる)のわりに、(手持ちの)太い麻糸を使ったために、ごつい仕上がりになり、それが気持ちのブレーキになっていて、作業はなかなか進みません。
織り終わったものの、仕上げに何か月もかかっています。


緯糸は色を変えるたびに、途中で糸を足したり切ったりしながら織るのですが、糸の端は織っている途中ではそのままにしておき、織り上がってから綴じ針を使い、経糸(たていと)に沿って緯糸にくぐらせて始末します。
太い経糸だったので緯糸が入りにくかったため、経糸が見えないよう、緯糸は力任せに打ち込んでいるので固く、綴じ針を刺して引き抜くのに力が要りました。


さて、何度見ても気になり、気に入らないのが経糸の始末です。


通常、織りはじめと織り終わりは、麻糸を緯糸にして織って、ばらばらだった経糸を整えるのですが、これもちょっと太すぎて、打ち込めていません。さらに、経糸の端を編んで始末したのですが、それも、結構時間がかかったのに、気に入りません。
「どうせ、練習じゃないか。いっそ麻糸を見えなくしてしまったら?」
というわけで、編んだ部分だけでなく麻糸で織った部分も解いて、羊毛で織ったところを布端にして、経糸を始末することにしました。


経糸を、隣の経糸のところの緯糸にくぐらせるのです。


経糸より細い緯糸の始末でさえくぐらせるのがやっとでしたが、太い経糸は通りにくいことこの上なしで、素手では引っ張っても綴じ針が通らず、いちいちペンチで力任せに引っ張って、やっと通ります。


ただでさえ、経糸が太いので緯糸を打ち込めないで、経糸が見えがちでしたが、麻糸を解いてしまって緯糸の抑えがない中で、ペンチで力任せに引っ張ったりしていて、どんどん経糸が目立つようになってしまいました。


もうちょっと長くくぐらせたいのですが、細い綴じ針を使ってもこれで限界でした。これでも、解けることはなさそうです。


遅々として進みませんが、少しずつ慣れて、そう経糸が目立たなくなっています。
8月は織物教室はお休み、9月の再開までには仕上げたいと思っています。