2023年8月29日火曜日

原子力マシーン

東京電力は8月24日から福島第一原発にたまる汚染水が保管タンクの限界に達したということで、(浄化処理した)汚染水を海洋放出はじめました。
浄化装置では取り除くことができない 放射性物質トリチウムの濃度は最大で1リットル当たり63ベクレルで、政府の方針で決めた排出基準(1リットル当たり1500ベクレル)を下回ってはいますが、汚染水の発生を止める具体策はなく、放出は廃炉完了まで約30年は続くそうです。
政府の決めた排出基準である、1リットル当たり1500ベクレルまでは安全だという根拠はどこにもないし、30年で廃炉作業が終わるかどうかも疑問ですが、政府ばかりを責められません。そもそも、原発を止めてこられなかったし、新設計画が持ち上がっているのを阻止できていないことは、私たち国民の責任でもあるからです。


しばらく前から、内山田康さんの『原子力の人類学』(青土社、2019年)と、『放射能の人類学』(青土社、2021年)を読んでいました。
正確には、未発表の『美しい顔』を読み、次に『放射能の人類学』を読み、最後に『原子力の人類学』を読み、また『放射能の人類学』を読み返しました。

一般的に、文化人類学者は若い時、フィールドワークと呼ばれる現地調査をします。そのときの報告書を引っ提げて大学教師などの職を得て、以後はその経験から抽出したものを小出しにしながら、理論化しながら生きていきます。
ところが、内山田さんは歩き続けています。歩いては考え、考えては歩いています。他人のレポートを読むより自分の目で見て、自分の耳で聞くことだと言いながら、だれよりも多く他人のレポートや本を読み、そして歩き回っています。

2011年に、東北で大地震が起こりました。地震後、内山田さんはその前年に調査をした石巻を中心に、災害時の状況を聞き取りに、足を運びます。
津波は、役所がつくった「学校では生徒を校庭に並べて出席簿と照合する」といったマニュアルや、NHKの「〇〇時間後に津波が来ます」といった津波警報を信じることなく、過去の経験をもとに、みんなでひたすら高いところを目指して全員助かったという、経験知が救ったという例があったものの、原発事故による放射能は、人々にはまったく知覚できないものでした。
ここから内山田さんの旅が始まります。


ウラン鉱山から廃棄物処理場までの一連を「原子力マシーン」と呼び、フランスのラ・アーグにある再処理工場周辺に暮らす人々を調査し、イギリスのセラフィールドの再処理工場周辺、


ウラン鉱山開発が行われたアメリカのニューメキシコ北西のナヴァホの保留地、やはりニューメキシコの、核兵器の開発が行われ、砂漠には各地から核廃棄物が運ばれてくるロスアラモスなど、放射能測定器を片手に、次々と調査します。


そして、2冊目の『放射能の人類学』では、かつてウラン鉱山のあったガボンのムナナ、日本の人形峠などを歩きます。
これらの地はすべて、遠いようでいて、じつは私たちの生活と深い関係があります。
第二次世界大戦中にアメリカのマンハッタン計画に参加した英国の科学者たちは、戦後セラフィールドではじまった核エネルギー開発に中心的な働きをしました。日本で最初の原子力発電所となった東海発電所の原子炉は、セラフィールドから導入されたもので、福島第一原子力発電所は、アメリカから技術者がやって来て、GEの技術でつくられました。
また、日本の原子力発電所の使用済み核燃料はセラフィールドとラ・アーグで再処理され、日本各地の原発に、MOX燃料が運ばれてきました。再処理とは使用済み燃料からプルトニウムを取り出し、ウランと混ぜ合わせて新しい燃料を作り出すことで、MOX(Mixed Oxide)燃料はそうやってつくられた再生燃料です。
そして、かつてウランを採掘したガボンも、今採掘しているニジェールも原子力マシーンの出発点であり、フクシマは、巨大な原子力マシーンの一部なのです。

1945年にニューメキシコで行われた世界初の核実験

どうして、原子力関係の施設は砂漠や海岸に建てられるのか、それはおびただしい核廃棄物を人知れず処理するのに適しているからです。ラ・アーグでもセラフィールドでも核廃棄物処理場はちょっと見えにくい場所に建てられ、海に向かって処理水の放出管が伸びていて、知ってか知らずか、近くの美しい浜辺では人々が海を楽しんだりしています。ラ・アーグとセラフィールドでは小児白血病の過剰発生が起きましたが、放射能との因果関係は否定されました。
処理水が放出される海中には気の遠くなるような長い時間をかけてつくられた、生物たちのエコシステムが存在します。内山田さんは、放射性物質は海水に向かって放出されているのではなく、エコシステムに向けて放出されているのだと言います。


かつては原子力マシーンの出発点であり、今では打ち捨てられているガボンのウラン鉱山跡、ムナナの現状は、さらに悲惨です。
第二次世界大戦でドイツに占領された屈辱から立ち上がるために始まったフランスの原子力開発は、アフリカでウランを探していた技師たちが1953年にムナナでウラン鉱山を発見したのがきっかけで開発され、以後40年によってウランを供給し続け、1999年には枯渇して閉山、除染も再整備もお金をかけずに終了しましたが、そこに住む人々の生活は続いています。
ウランがなければはじまらない原子力開発、ムナナは半減期が45億年という気の遠くなるウラン238に汚染されたままです。
ムナナのウラン鉱山で働いていた現地の人々は、当時体調を崩すと鉱山の病院に行き、そのデータは取られましたが、結果は本人たちには一度も知らされませんでした。いわば、人体実験だったと思われます。

『原子力の人類学』も『放射能の人類学』も、ともにエッセイのような、日記のような文で、読者は人類学者と一緒に汚染された土地を歩き回ったり、現地の人と同じ乗り合いタクシーの乗り方を覚えたり、汚染には目をそむけて暮らす人々と出会ったり、お腹を壊して便座の壊れたお手洗いに駆け込んだりを一緒に経験しながら、巨大な原子力マシーンについて知ることになります。

内山田さんは、
「ぼくの本は売れないので、青土社はもう出さないと言っている。出版社を探さなくては」
と言っていましたが、だれにでも読んでもらいたい、読み応えのある本でした。

『東洋経済』のネット記事で内山田さんの思いが語られています。
何億年もの汚染の恐怖を知りながら、儲かるからとまだ原子力を使いたがる「人」とはいったい何なのか、電力などを享受しながらも考えてしまいます。

東京新聞の茨城版に、福島第一原子力発電所の廃炉作業の作業員日誌が載っています。最近は、みんなすぐ辞めてしまう、モチベーションが低いと語られていましたが、汚染水を海洋放出する作業員は、モチベーションを高く持ち続けられるのでしょうか?
出続ける廃棄物処理施設をつくって、これから運営する作業員は、モチベーションを高く持ち続けられるのでしょうか?






2 件のコメント:

かねぽん さんのコメント...

こんにちは。
たった今、NHKの「いいいじゅー」という番組で八郷が出ています。

さんのコメント...

かねぽんさん
ありがとう。12:25からちょうど出かけちゃって、見えませんでした。
NHK+かオンデマンドで見ることができるかな?