2026年10月22日木曜日

本で見たアカ人の織物

写真は最後の1枚を除いて、『FROM THE HANDS OF THE HILLS』よりお借りしました

1980年ごろまで、タイ北部の山岳民族の人たちは、普段から民族服を着る生活をしていました。上の写真は、お祭りの日のアカの娘たち。正装は銀の飾りをいっぱいつけて、それはそれは華やかなものでした。
服装を飾る銀やビーズ、タカラガイなどは交易で手に入れたものですが、民族服は麻や綿を育て、糸に紡ぎ、布に織り、染料になる藍を育て、布は藍や他の植物や鉱物で染めて、刺繍をして縫い上げるのまで、すべて自分たちの手で行なっていました。


糸を紡ぎながら歩いている女性。
アカ人は織りものをよくする人たちで、どこに行くにも糸を紡ぐ紡錘(つむ)を携帯して、歩きながらも糸を紡ぎました。


紡ぎためた糸は、竹でつくった大きなかせ繰り器で、大きなかせにします。
写真はかせ繰り機から糸を外しているところ、大きなかせ繰り器を使うということは、紡いだ糸をかせにすると同時に、整軽(せいけい、織り機に掛けるために経糸(たていと)を揃える)を兼ねているようです。


糸に無駄が出ないように、経糸をできるだけ長く用意していますが、経糸が長いままでピンと張るには広い場所が要るし、長いとたるむし、張り具合を均一にするのも大変なので、途中に棒を立てて経糸をしばりつけ、織るところだけ部分的に張った状態にしています。
織りもの(この場合は平織り)は、経糸を1本おきに上下させ、開いたところに杼を使って緯糸(よこいと)をくぐらせて布にしますが、アカ人は1本おきに経糸を通した2枚の綜絖(そうこう)を踏み木で上げ下げしています。
写真を見ると戸外で織っていますから、夜には綜絖、筬(おさ)、踏み木などを経糸につけたままで織り機(というより織り場所)から外して、丸めて室内に持って入ります。タイやラオスでは、広くこの方法がとられています。


一つ上の写真からもわかるように織り上がった布は少しずつ巻き取らず、張った経糸の残りが少なくなって織りにくくなるまで織り進め、これ以上織れなくなったら前方に結んであった経糸の束を解いて、織り上がった布も織り幅にあわせたた棒に巻き取って、改めてセットしなおします。
この方法で織るとき、張った経糸が邪魔をして、織り手は織りものに向かって真正面に座ったり立ったりすることができません。そこでちょっと横に立って、身体をねじるようにして織っていますが、このような織り方は織り幅が狭いもの、また平織りなど単純なものでないと織ることができません。


アカの基本の色は黒に近いほど濃く染めた藍色です。
藍染めの液をつくり、布を染液に浸しては空気に触れさせることを繰り返しますが、濃い藍に染めるためには、何度も何度も染めては干すを繰り返さなくてはなりません。

『Peoples of the Golden Triangle』よりお借りしました

余談ですが、アカ人の女性は背中と袖に刺繍のある服を着ますが、男性は胸元に刺繍のある上着を着ています(いました)。






 

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