2023年3月23日木曜日

バターのいとこ


いただきもののお菓子、箱はバターの箱くらいの大きさ、ちょっとおしゃれです。
包装箱はこのくらいがちょうどいい。取って置けばお弁当箱として使えるし、捨てようと思えば惜しげもなく捨てられます。


なまじ、竹籠などに入っていると、つくった人のことを考えて、捨てることができず、たまっていく一方です。


お菓子も美味しかった。
柔らかいワッフルのようなものに、餡とバタークリームが入っていました。




 

2023年3月22日水曜日

母の七宝ブローチが見つかった!


本棚に入りきらないで平積みにしていた本を片づけていたら、和紙を貼った紙の箱がありました。空っぽだろうと振ってみると、からから音がしました。
何だろう?


「えぇぇ、こんなところにアクセサリーが!」
夫の父がソ連から買ってきてくれた、紐の切れてしまった琥珀のネックレス、母が買ってくれた珊瑚のネックレス、息子からもらった貝殻のネックレスなどとともに、母がつくった七宝のブローチが入っていました。


相変わらず失われているものもありますが、2つ見つかりました。待てよ、女の子の顔のブローチはあったはずと、別の場所を探してみました。


エチオピアのペンダントトップなどと一緒になっていました。


息子たちにとつくってくれたブローチも見つかりました。


七宝と言えば、その昔友諠商店で買った、中国のロケットも出てきました。



これも懐かしい。古い中国の焼きものの破片を利用した、タイのペンダントトップです。
鎖でぶら下げるより、銀の針金の輪っかにぶら下げる方が好きでした。


小さな骨のロバもいました。


こんな邪魔くさい指輪をつけていたなんて、我ながら信じられません。

私の小さいころの写真など、まだまだ隠れていて出てこないものがありますが、いつか出てくるでしょうか?もっとも、戸棚の中などの大掃除をしなくては望めないことですが。




 

2023年3月21日火曜日

『マレーシアの工芸』


ヤフーオークションに、ロンボク島の筒杼を出品されていた方が、『THE CRAFTS OF MALAYSIA』(ARCHIPELAGO PRESS、1994年)という本を出品されていました。
紹介写真の中に、刀杼(とうじょ)を使って織りものをしている写真があり、それに惹かれて本を入札しました。

マレーシアには、大きく分けてマレー人インド・ビルマ民族のササク人)、イギリス植民地時代に分断統治をするために移住が奨励されてやってきた中国系の人とインド系の人、そしてもっとも古くからその地に住んでいたイバン、カヤン、プナン、ルングスなどマレー系の先住民が暮らしています。それぞれ宗教が違い、そのため食品の禁忌が違い、一緒に食べられないものがあるため、なかなか混じり合うことができない、混じり合わないままで共存していかなくてはならないというのが、マレーシアです。

また、マレーシアには森の民から王宮に暮らすスルタンまで、さまざまな暮らし方をしている人たちがいます。というわけで、クラフト、工芸品といっても素朴なものから豪華絢爛で繊細なものまでさまざまです。
この本の目次は、土、繊維(FIBRES、竹、ラタン、その他の草など)、木、繊維(TEXTILES)、金属、その他(ワヤン(影絵)、その舞台、ビーズ細工など)となっています。


さて、私がネットで見たとき惹かれた写真がこれです。
ボルネオ島のサバに住むルングス人の女性が、腰機(経糸〔たていと〕を自分の体重で張る織り機)で腰巻にする布を織っているところです。
いかにも刀杼というにふさわしい立派な刀杼が使われています。それに、この写真を最初に見た時には気づかなかった、もしかしたら竹でできている細い刀杼も使われていてそれも素敵です。大きい方の刀杼は、緯糸(よこいと)を通すときに、立てて経糸を開いて通しやすくするとともに、筬(おさ)として織った緯糸を締めるのに使い、細い方の刀杼は特定の経糸を拾う目的で使っています。


このような紋織りの布が織れます。織りあがった布は身体の幅と同じくらい、細いので2枚つないで腰布(スカート)として使います。


こんな感じに身に着けます。

マレーシアの布としては他に、精巧な紋織り、先住民の経絣、絣とバティクを組み合わせた布、バティクなど、いろいろ載っていました。


私がもっとも関心があるのは、竹、ラタンなどの細工の章です。


持ってる持ってる。
私の持っている籠とほぼ同じつくり方です。イバン人の収穫籠です。


これも持っています。
インドネシアのバリで買ったものですが、これもイバン人の籠です。


プナン人のラタンで編んだ敷物、それぞれの模様に意味があります。
埋め尽くすのは魔よけの意味もあり、黒色のラタンは染めています。


その敷物を編んでいる写真です。


カンボジアで買ったプナンの敷物、我が家では寝室のドアにしています。


Wくんから預かってそのままになっている、プナンの籠もにも、同じような模様が編まれています。


これは、底ではなく口の方から籠を編んでいるところでしょうか?


さて、面白かったのはこの写真です。
「えっ、この水筒を持っているのはプナンじゃないか!」
私がフィリピンの竹筒だとばかり思っていたのは、マレーシアのボルネオ島のサラワクに住むプナンのものだったのです。この水筒は出版社「めこん」の事務所を訪ねたとき、社長で編集者でもある桑原さんから買ったもの、そのときフィリピンの籠と聞いたか思い込んでしまっていました。でもよく考えると、小さなプナンの籠も一緒に置いてあったかもしれません。
買ってから30年以上経ってから、竹筒のルーツがわかったのでした。





 

2023年3月20日月曜日

豪徳寺の招福猫児


骨董市で、玩古さんの親父さんの店に、久しぶりに招き猫が3、4匹並んでいました。
常滑系のいわゆる大衆食堂の看板猫でしたが、中に1匹豪徳寺の猫がいました。しかも前垂れをした猫です。
背中(お尻)に、昭和54年12月と、持ち主の記載がありました。昭和54年(1979年)に授与された豪徳寺の招福猫児が、まだ前垂れをしていたのは私にとっては、ちょっとした発見でした。というのは、豪徳寺での招き猫の授与がいつ頃からはじまったのかは不明ですが、なんとなく、戦後には前垂れなしの招き猫が授与されているような気がしていたからでした。

豪徳寺は、まねきねこ発祥の地を謳っていて、物語もあります。しかし、じつは豪徳寺周辺では招き猫をつくってなくて、古くは今戸で、そして常滑でつくり、今は多治見でつくっているようです。


豪徳寺の招き猫には右手を挙げるという約束があり、それはずっと守り継がれています。


我が家で棲息している招福猫児たちです(黒猫は古作の復刻版)。
後列の真ん中の猫は、前垂れをつけてないのですが、写真に撮ると微かに前垂れが感じられて、面白いなと思いました。


以前、招福猫児のお顔は、今ではプリントシールが貼ってあるとの情報をいただいたことがありました。需要が増えれば生産が追いつかないということなのでしょう。





 

2023年3月19日日曜日

濱田庄司記念益子参考館にて


昨日は雨の一日でしたが、益子参考館(濱田庄司記念益子参考館)に、松井郁夫さんの講演、「古民家のみかた、しらべかた、つくりかた」を聴きに行ってきました。
写真は、クラウドファンディングで資金を集めて修復されたばかりの濱田家の長屋門です。こちらはきれいになりましたが、母屋の方は屋根がボロボロで、ブルーシートが掛けてありました。確か文化財なので、修復の経路が違うのだと思います。


通常、母屋は土間から眺めることができるだけで、部屋に上がることができませんが、初めて部屋に上がりました。
3月にしては寒い日でしたが、勝手口や縁側の外の雨戸は開けっぱなし。それでも障子がないとあるとでは大違いで、ときおり障子を開けると、すっと冷たい空気が入ってきました。そして、暖を取るためにあちこちに素敵な火鉢が置いてありました。
講演がはじまる前に、炭がおこった火鉢の写真を撮ったのですが、このあと公演中は写真を撮ってはいけないとの説明があり、残念ながら見事な欄間の写真などありません。


講演は二部制になっていて、第一部は古民家とは何かというお話、第二部はこれまで松井さんが再生されてきた古民家たちの紹介でした。


松井さんが古民家の再生に取り組まれたのは民藝に関心を持たれたからで、民藝には民家、民器、民具があるとのこと、益子参考館は古民家の講演をするのに最もふさわしいところでした。


今日日曜日は、益子参考館の中で実測のワークショップをしているはずです。

私が以前に益子参考館に行ったのは、もう30年以上前になるかもしれません。
もっとも印象に残っていたのは、何故か二枚貝カピスを使った明り取りでした。母屋は豪農の家を移築したものですが、農家でそんなことをするか?いやいや濱田庄司さんがつくったのだろうと思ったりしていましたが、縦長の明り取りで、形も不揃いで薄暗いものだったと記憶していました。


ところが、全然違っていました。堂々としていて装飾的です。
一瞬、
「えっ、嘘だろう?改築したんじゃないか?」
と思ったりしましたが、そんなことがあろうはずがありません。移築する前からあったものではなく、濱田庄司さんの手が入っていることは、一目瞭然でした。
そして、私の記憶はこうもいい加減なものかと、愕然としました。


記憶にあったものとは全然違いましたが、カピス階の窓は、とっても素適でした。



 

2023年3月18日土曜日

大工仕事は楽しいのだけれど、左官仕事はちょっと

本当は、お風呂のタイルの目地を急いで仕上げなければならないのですが、水曜日に作業して疲れ切って、木曜日はもちろん金曜日にも続きをする気力が出ませんでした。
今日土曜日は雨。それに息子一家みんなが家にいるので作業したくない。ということで、タイルの目地作業は来週に持ち越しました。
「あぁあ」

で、他の作業をしました。


枠ができた鏡をとりつけました。左の柱にくっついているのが鏡です。


普段は留め鉤で壁にくっつけていて、このままでも鏡として使えるのですが、廊下なのでそう後ろに下がれません。


そこで、留め鉤を外して、蝶番で一辺を固定している鏡を開くと、居間に立って鏡を見ることができます。
「いいねぇ」
と、自画自賛。


留め鉤は、そこいらに生えているシラカシの枝を切ってきて、皮をむいてつくりました。
生木なので、ダメになったら、またどうしたらいいかを考えます。


数週間前に、お手洗いのタオル掛けをつくったのですが、息子のリクエストでその上面に板を置いて、小さな棚にしました。


こうすると、ちょっとスマホを置くとき便利なのだとか、なるほどね。
このあと、棚板の最手前に薄い木を貼りつけたので、タブレットを立てて置くこともできるようになりました。


タオル掛けよりは細工が面倒なペーパーホルダーはつくるのを後回しにしていましたが、やっとつくりました。
あれっ、写真で見たら面取りしてない。いつかつくり直しましょう。


タオル掛けとペーパーホルダーに使った丸棒は、ずいぶん前に骨董市で300円で買った、皮をむいてある木の枝です。まだこんなに残っています。


ペーパーホルダーは、間柱が入っていて釘が打てるのでここに設置しましたが、手洗いとくつきすぎていて、バランスがよくありません。まだお風呂場の壁は仕上げてないので、壁の裏から横材を足して、面取りするときに、もう少し離して設置します。


便器の上には、トイレットペーパーなどを置く棚もつくりました。
「欲しかったら扉もつくるよ」
と言ったのですが、今のところリクエストがありません。


洗面所には棚がもっと欲しいだろうと、こちらは勝手に棚をつくりました。置いてあるものを見ながらつくるので、棚の高さで迷うことがありません。
ちなみに、シンクの右側には、ずっと前につくった、背の高いものが置ける棚があります。





 

2023年3月17日金曜日

東南アジア島嶼部の竹細工


インドネシアのロンボク島の竹の筒杼です。
頭には木をはめ込み、竹の表面を細かく彫りこんで、彫ったところに色を刷り込み、美しい模様をつくっています。


写真はマレーの竹細工(籠を除く)たちです。
フィリピンの竹の水筒蛇のおもちゃ口琴、そしてインドネシアの石灰入れと筒杼など、国は違えどそれぞれの国の先住民たち、マレーの人たちの仕事です。

東南アジアには、さまざまな種類の竹があります。
ほとんどは株立ちする(一か所から固まって生える)もので、直径が太いもの (最大直径25センチ)細いもの、棘のあるもの、肉が厚くて下方部は空洞がないもの、肉の薄いもの、節と節の間が長いものなど、さまざまな竹の特性を生かしながら、マレーの人々は生活の場で活用してきました。


それにしても、繊細な模様には見惚れてしまいます。