2018年4月21日土曜日

糊ビン+


久しぶりの糊ビンです。
糊ビンにはわりとよく出逢うのだけれど、値段が高いのはごめんだし、蓋がないのも欲しくありません。


と言ってもこのビンは、エンボスはないし、気泡も入っていないし、飛び切り上等というわけにはいきません。
いつもの内町工場から来ました。


蓋にはエンボスがあるのですが、読みにくいのをやっとのことで読んでみたら、「HIGH CLASS Paste」ですって!
意味がないし、どこの糊ともわかりません。


でも、青みがかってなくて、ちょっと黄色っぽい、これまでにないビンです。
  

そういえば、養蚕のビンも増えていました。
緑がきれいな、「金川式活桒育器」です。
  

蓋がないのが残念、反対側には、「實用新案第33765號とあります。






2018年4月20日金曜日

わからんなぁ?


セルロイドの招き猫です。
前後の型の合わせ目に、盛大に「バリ」が出ています。


底にもバリが出ているので、まっすぐは立てません。


この猫は、なぜか型の継ぎ目に小さな穴がありません。

普通、招き猫のような立体セルロイドは、鋳型にセルロイドの板生地を二枚挿入して、加熱し、セルロイド板が柔らかくなったところで板と板の間に空気を吹き込んで膨らましてつくります。


そのため、必ず、小さな穴が残ってしまいます。


寝ている猫は身体の両側に穴が開いていて、立っている猫は一つは身体に、一つは耳の先に穴が開いています。

キューピーや人形のように、手足が別のパーツでできているものは、そのつなぎ目に穴を持ってくるので、穴は目立ちません。また、だるまのようなものは、底に穴を持ってきて、後で鉛を詰めて錘とすればいいのですが、招き猫のような場合、隠しようがなくて、つなぎ目に穴が残っているのです。


それにしても、膨らまして作ったのではない招き猫、いったいどうやってつくったのでしょう?

バリをわざと残したお面のようなものをつくって、それを二つ合わせて、招き猫の形に合わせたプレス機でプレスする、そんな方法があるのでしょうか?







2018年4月19日木曜日

「の」の字目、丸重ね目


目が「の」の字の招き犬です。


射的の的の、目が「の」の字の犬は、我が家のもっと棲息していたと思っていたけれど、ほかには招いていない犬が一匹いただけでした。


猫は招いているのがいます。
並べてみたら、わぁ、そっくり!
この二匹は、同じ工場で、同じ人の手によってつくられたのでしょうか?


ただの「の」の字目は、大きくなると描きづらいのか、この親子猫は、子猫たちだけが「の」の字(と逆「の」の字)目で、親猫は常滑猫の目をしています。


大きいもので、目玉を塗ってから「の」の字を描いたのもいます。


射的の的には、丸重ね目の猫もいます。
程よい大きさの丸。


小さい丸。


大きな丸。


「の」の字目の犬猫たちは、どれも小さなものですから、射的場の、「刺身のつま」、「枯れ木も山の賑わい」的な存在でした。


それでもどっこい、生き残って、我が家で楽しい日々(?)を過ごしています。







2018年4月18日水曜日

木の教え

『木の教え』(塩野米松著、草思社、2004年)という本があります。
益子の内町工場という古道具屋さんで、「木のいのち、木のこころ」三部作のうち、『木のいのち・木のこころ・地』(小川三夫著、草思社、1993年)に出逢いましたが、やはり内町工場で、『木に学べ』(西岡常一著、小学館、1988年)と『木の教え』にも出逢い、期せずして同じところから、三部作ではありませんが、小川さん、西岡さん、塩野さんとお三方の本を、合計してワンコイン以内で揃えたことになりました。

西岡さんが法隆寺の大工さん、小川さんが宮大工でいらっしゃるのに比べると、塩野さんは物書きなので、経験に基づいた前お二方とは言葉の重みが違うのですが、その分、いろいろな分野の方に聞き書きをして、「木」というものを立体的にとらえようとしたのがこの本でしょうか。
『木の教え』は、宮大工だけではなく、建具屋、舟大工、橋をつくる人、曲げわっぱやかんじきなどをつくる職人、こけら葺き職人、木地師、漆掻き職人、蔓で籠をつくる人、木の繊維で布をつくる人、炭焼きの人など、木を相手に仕事をしてきた人々が、どう木の性質を知り、どう木の特性を生かして使ってきたかを書いた本で、木に携わってきた人々の知恵が紹介されています。

この本で一番興味深かったのは、江戸時代に伊達政宗がつくらせた、外洋に出る船、「サン・ファン・バウティスタ号」を復元(1993年に進水)したという話でした。


サン・ファン・バウティスタ号は推定500トン、スペインの「ガレオン船」をモデルとして、17世紀に建造され、1613年の初航海では、支倉常長などを乗せて、第一目的地メキシコに向かって太平洋を渡った船ですが、船の丸みのある部分、人間でいえば肋骨に当たる部分(肋材)に木の「あて」が使われています。


「あて」は、斜面で根を張った木が、途中から上へと伸びるために曲がった部分のことで、通常の建物には癖が強すぎて使いません。
でも、船では肋材として、割って左右対称で使うというものです。
 
建造中の復元版サン・ファン・バウティスタ号
 
しかも、洋の東西を問わず、船大工さんたちは「あて」を肋材として使ったらしいのです。
となると、その昔、ヨーロッパ人が船の材料として中東で伐採したレバノン杉の船の肋材はどんなものだったのでしょう?
ヨーロッパ人はレバノン杉がなくなると、東南アジアのチークに目をつけ、船材として伐りました。イギリスが植民地を、インドからビルマ(東インド)にまで広げ、事実上タイも勢力下に置いたのは、ひとえにチークのためでしたが、そのときも「あて」まで伐って持って行ったのでしょうか?
いろいろ想像が膨らみます。

カンボジアの港で、何度も建造中の木の船を見ましたが、もっと目を開いて、「あて」が使われていたかどうか、よく見なかったのが残念です。

 
曲がっているところつながりの話ですが、手斧(ちょうな)の柄は、生のカシの木を曲げて、紐でくくって形づくると書いてあったのも面白いと思いました。
考えてみれば、手斧の柄は曲がっているのですから、曲がった木の枝を利用するか、曲げるかしかありません。


あらためて我が家の手斧をよく見ると、確かに、曲がったところの木の肌が、無理させられている感じがありました。
生木とはいえ、よくこんなに曲がったものです。

木の性質が生かされてきたことや、道具にはたくさんの知恵が詰まっていることはよくわかるのですが、これらの木に関する本を読んで、ちょっとだけすっきりしないのは、どうして技を残してきたのに、木を残してこなかったのかということです。
西岡さんは、樹齢2000年の木は、その木の特質を生かして建物を建てれば2000年は建ち続けるとおっしゃっています。
でも、木を残してこなかったので、法隆寺の建て替え(完成は1985年)にも、薬師寺の再建にも、台湾ヒノキが使われました。余談ですが、夫の母の実家は、深川で台湾ヒノキを扱う材木商でした。
そして、台湾のヒノキも枯渇したのか、この頃では神社仏閣の建て替えには、ラオスヒノキが使われています。

ラオスの山地に住む人たちの、生活の基盤である森を失う窮状を見てきた者としては、自分の森を持って、20年ごとに建て替えている伊勢神宮の方が、潔いと思ってしまいます。






2018年4月17日火曜日

猫の手?私らが重さをお貸ししますわい

戸棚につける小さな扉は、部屋の間仕切り扉のように裏表がほぼ同じものではなく、堅木で枠をつくって、それに板を貼ったものです。
枠は角で片面を欠いたものどうしを、接着剤で貼り合わせます。


そんなとき、クランプで留めるより重石をすることがあります。
重い万力は強力な助っ人ですが、ほかにも重い面々を総動員します。


陽気に笑いながら手伝ってくれる大黒さま。


恵比寿さまや、赤い靴を履いた女の子。


こんな感じで一夜を過ごしたりします。


♪重石生活?はぁ、楽しや、楽しや♪


♪これこれ♪
「あなたたち、浮かれすぎてない?」
赤い靴を履いた女の子は、なかなか陽気になれないようです。






2018年4月16日月曜日

籠玉が上がりました


今年は何だか忙しいので、籠玉は上げないのかと思っていましたが先週、突然上げることになりました。


ユンボを竿の元にあてがい、ウィンチで引っ張っていたワイヤーをゆっくり緩めながら竿を倒しました。


かつて、初節句の家では、竿を立てるのも降ろすのも、村の男衆が総出で手伝い、そのお礼に酒や食事をふるまったというのですから、子どもの節句を祝うのも、大掛かりなものでした。


劣化しないように降ろしておいた籠玉を竿の先に嵌めます。

籠玉は、茨城県の太平洋岸独特の、鯉のぼりの竿の先端につける飾りです。
今年も鯉のぼりの季節になり、矢羽車だけではなく、籠玉が上がっているのも見かけます。ただ、ほとんどの家は、籠玉を上げたら上げっぱなしなので、籠玉が傷んでいます。

我が家でも経験しましたが、そのままにしておくと、籠玉は小さな玉から傷んで、折れてなくなり、三年も経てば、大きい玉だけになってしまいます。
だから、籠玉を見ると、初節句か二年目か、あるいは三年目かわかってしまいます。


紐を通す金具もつけました。


籠玉をつけたため、竿の先が重くなったので、竿はゆっくり上げても上下にしなり、立てるのは倒すより神経を使います。
竿はもう4年目、劣化もちょっと心配です。


この籠玉をつくってくれた吉田平さんは今年は85歳になられたはずです。
同じ町内に住む若い籠師の勢司恵美さんのブログを読むと、吉田さんに、
「籠玉だけは引き継いでほしい」
と言われたとか、つくっていらっしゃるので、頼もしい限りです。






2018年4月15日日曜日

鏡再生


ずっと前に、骨董市で500円で買ったぼろぼろの鏡がありました。
このたび、その鏡をゲストルームに取りつけることにしました。ペンキが剥げたフレームの感じは悪くありません。


できたら活かしたいと思っていたのですが、裏から釘打ちしてあった補強材を取り除いてしまうと、真ん中あたりでフレームがたわんで広がって、鏡が落ちてしまいそうになります。ジョイント部分も小さいので、重い鏡を支えられるかどうか。


細くて長いフレームは、多かれ少なかれ、形が崩れやすいものです。
そこで、このフレームをあきらめて、もう少し太いフレームをつくり、裏板はただ嵌めるだけでなく、フレームに釘打ちして、広がらないように一体化させることにしました。つまり、活かして使うのは鏡だけです。


材は、鏡を嵌める溝と、板を嵌める溝の二段構えにしました。


まず、フレームの端を接着します。


それを裏側から見たところ、鏡を嵌める溝と、裏板を嵌める溝に段差があります。


鏡を嵌めました。


そして、板はフレームにビスで留めました。
これでもう、フレームが広がる心配がありません。


フレームは細い方が素敵ですが、ビス留めの余地を加えたためこのくらいは必要、しっかりはしました。


この鏡を南側のゲストルームに掛けました。
全身が映るし、掛ける場所としてもぴったりでした。