
不要なものはごちゃごちゃ持っているけれど、実生活はシンプルにしたいし、わりとシンプルなつもりでした。
ところが、キッチンボウルを並べてみたら、こんなにありました。げっ!
でも、どれも使用頻度は低くありません。
毎日のようにシンクの下やその横の引き出しから、大きいものは食品庫の棚から、出たり入ったり、めまぐるしく働いています。

もっとも大きいボウルたちは、直径32-36センチ。
大量のお餅を搗く前に、もち米を水に浸すときだけでなく、茹でた麺類を冷やすとき、大量の野菜を洗うときなど、出番が多いものです。
食品庫の棚に、大きい笊や飯台とともに立てかけて置いていますが、頻繁に出し入れしていて、最近横に入れておいたたいせつなガラスビンを割ってしまいました。あ~ぁ。

次に大きな深型のボウルです。
昨日のもち米(またお餅を搗きました)は2キロだけなので、二晩浸しておくのに使っていました。精白したもち米は一晩浸しますが、赤米のように玄米に近い、あまり精白していないものは二晩か三晩浸します。

アメリカ製の、薄いステンレスのボウル
です。
ご長寿ものですが、軽いし、水切れがいいので、使いやすくて大好きなボウルです。

無印良品のボウル。
一番大きいのが直径21センチで、一番小さいボウル以外は、笊がセットになっています。
小さい方から二つ目のボウルはもう一つあり、犬の水飲みにしています。
猫?猫はお風呂に入っているとお湯をもらいにきたり、金魚の泳ぐつくばいから飲んだりと、気ままです。


柳宗理のボウル。大きいのは笊とセットです。
小さい方の三つは、以前息子から、
「欲しかったら使っていいよ」
と、もらったものです。七、八年経ってから、結婚した息子が我が家に来たときのこと、
「あっ、Kくんの引き出物だ」
と、なんか欲しそうな目で見ています。
「返して欲しい?」
「うん」
というわけで引き出物は息子に返しました。
しかし、小さいボウルは料理の下ごしらえのとき一度にたくさん使うので、ないとなにかと不便です。というわけで、また買ってしまいました。

注ぎ口と容量の目盛のついたボウルは、軽量カップでは間に合わないほどの液体を計るとき、とても便利です。
厚焼き卵、ホットケーキ、ワッフル、お好み焼きなどをつくるときは、注ぎ口があるのでいつもこれが登場します。

1960-70年代のフィンランドのアラビア社のほうろうのボウルです。
縁を切りっぱなしの仕上げが特徴でした。もっぱら、野菜ジュースマシーンの受け皿として使っています。

小さなアルミのボウルです。
すりおろした生姜、小口切りにしたねぎ、つぶしたにんにくなど、ほんの少しのものを入れるのに使います。

他のボウルに比べると、重さがあり、割れる心配もあるファイヤーキングのボウルだけは、出番がちょっと少なめでしょうか。収納場所も、台所ではなく、食器棚に収まっています。
色のきれいな果物、イチゴなどを盛ったりすると、きれいです。

私のクッキングボウルの原点のこの
鉢を、無視するわけにはいきません。
その昔、祖母と暮らしていたとき、祖母がボウル代わりに使っていたものです。当時、アルマイトのボウルは、家にはまだありませんでした。同じくらいの大きさで、赤絵の入った鉢もありました。
自転車で魚屋さんが漁師町から新鮮なアナゴを持ってくると、その漁師町生まれの祖母は豪勢に20匹くらい割いてもらいます。
それを七輪で焼き、ボウル代わりの鉢に砂糖、しょうゆ、お酒でつくったたれをたっぷり入れ、焼いたアナゴをたれにつけてまた焼き、蒲焼をつくりました。
あたりにいい匂いが立ち込めました。
その夜は、アナゴの食べ放題です。
焼いたアナゴをご飯に乗せて、私と弟はたれをかけて、祖父母はたれだけでなく熱いお茶もかけて蓋をして、ちょっと蒸らしてからいただく、大ご馳走でした。
この鉢を見ると、そのときの薄暗い土間の台所の様子がよみがえります。