2012年4月21日土曜日
ロビの椅子
ガーナの北部を旅していた時に、ロビの椅子に出逢いました。
ロビ人は、ガーナ北部からブルギナファソのかけてのサバンナに暮らしている人たちです。
椅子はどうしてこんな形をしているか?
それは、肩に担いで、遠くまで歩くためです。
近くなら、ひょいと肩に乗せただけで、10キロ、20キロ歩いて定期市に行くなら、片手で肩の前にある一本足の部分を、軽く押さえて歩きます。
幅も、肩の幅にできています。
横向きに座ると不安定ですから、またぐようにして座ります。
ロビ人の椅子はみんなよく似ていますが、こんな複雑な形を一本の木からくり抜いているのですから、たぶん歩きながら、
「あの木は椅子にちょうどよさそうじゃないか」
などと、いつも考えているのではないかと思います。
サバンナの道で、この椅子を肩に担いだ男性に出会ったのはずっと昔のことでした。
いつもの悪い癖で欲しがって、譲っていただきました。
ロビの椅子を後ろから見ると、なにか動物のようです。
椅子を担いで、遠くの定期市に、雑穀でつくったお酒の「ピトー」を飲みに出かけていくロビの男性たちは、今もいるのでしょうか?
2012年4月20日金曜日
ビンと暮す
ガラスビンが好きです。
泡が入っている感じは好きですが、では泡だらけのビンであればいいかというと、そうでもありません。
たまたま、コルクの蓋に名前があり、何のビンだったか探す手がかりが残っていても、別にこれをもとに、調べたりすることはありません。
エンボスが入っていれば、それはそれで面白いのですが、なくても好きなビンがいっぱいあります。
中のものが見えないほど濃い色のビンは、どちらかといえば好きではありませんが、なんとなく気に入るものもあります。
箱やら、効能書きやらも、全然気にしませんが、中にはついているビンもあります。
種が入れられれば、それで結構、結構。
泡が入っている感じは好きですが、では泡だらけのビンであればいいかというと、そうでもありません。
たまたま、コルクの蓋に名前があり、何のビンだったか探す手がかりが残っていても、別にこれをもとに、調べたりすることはありません。
エンボスが入っていれば、それはそれで面白いのですが、なくても好きなビンがいっぱいあります。
中のものが見えないほど濃い色のビンは、どちらかといえば好きではありませんが、なんとなく気に入るものもあります。
箱やら、効能書きやらも、全然気にしませんが、中にはついているビンもあります。
種が入れられれば、それで結構、結構。
2012年4月19日木曜日
ままごと道具
二歳のはなちゃんが電話してきて、ままごと道具が欲しいと言います。
以前、
「買ってあるんだけど、ままごと道具を持っていく?」
と息子に聞いたら、
「ままごとの気配もないよ。大きくなってからでいいよ」
と言っていたので、のんびり構えていたので、ちょっとあわてました。
お鍋は買ってあるけれど、調理台はつくってあげるつもりだったのです。
この頃は、土木工事ばかりで、大工仕事はしていません。慣れない作業は、取りかかるまで、億劫さが先に立ちます。
「側板は、カーブをつけたいところだけれど、ジグソー を使うの面倒だなぁ」
直線だけですまそうかとも思いましたが 、せっかくつくるのです。
ジグソーを引っ張り出して使ってみれば、億劫に思ったのがうそのよう、簡単に切れました。
組み立てると、やっと形が見えてきました。調理器具は丸くくり抜いた合板を貼りました。
ボウルを埋めてつくるシンクは、最初穴が大きすぎ、次は小さすぎ、三度目にやっとちょうどよい大きさの穴が開きました。 やれやれ。
扉の細工をするのも久しぶりです。
枠と、薄い板を貼り合わせます。
調理器具の点火のためのつまみを、扉につけてみましたが、なんだか変。
変。へん。
結局とってしまいました。すっきり。
甲板の下に、横板を一枚貼っておけば問題なかったのです。
さて、点火用のつまみはどうしましょう?しばらくはつけないで、クレームがついたら考えることにします。
必ずしも満足のいくできではありませんでしたが、なんとか完成しました。
以前、
「買ってあるんだけど、ままごと道具を持っていく?」
と息子に聞いたら、
「ままごとの気配もないよ。大きくなってからでいいよ」
と言っていたので、のんびり構えていたので、ちょっとあわてました。
お鍋は買ってあるけれど、調理台はつくってあげるつもりだったのです。
この頃は、土木工事ばかりで、大工仕事はしていません。慣れない作業は、取りかかるまで、億劫さが先に立ちます。
「側板は、カーブをつけたいところだけれど、ジグソー を使うの面倒だなぁ」
直線だけですまそうかとも思いましたが 、せっかくつくるのです。
ジグソーを引っ張り出して使ってみれば、億劫に思ったのがうそのよう、簡単に切れました。
組み立てると、やっと形が見えてきました。調理器具は丸くくり抜いた合板を貼りました。
ボウルを埋めてつくるシンクは、最初穴が大きすぎ、次は小さすぎ、三度目にやっとちょうどよい大きさの穴が開きました。 やれやれ。
扉の細工をするのも久しぶりです。
枠と、薄い板を貼り合わせます。
調理器具の点火のためのつまみを、扉につけてみましたが、なんだか変。
変。へん。
結局とってしまいました。すっきり。
甲板の下に、横板を一枚貼っておけば問題なかったのです。
さて、点火用のつまみはどうしましょう?しばらくはつけないで、クレームがついたら考えることにします。
必ずしも満足のいくできではありませんでしたが、なんとか完成しました。
2012年4月18日水曜日
野田琺瑯のある生活
取り上げつくされている感のある野田琺瑯のホワイトシリーズ。
いまさら取り上げるのも気がひけますが、我が家にもずいぶん浸透しています。
冷蔵庫には味噌、キムチなどを入れて、常にいくつかの保存容器が入っていますし、引き出し一つを占めている、サイズの異なる保存容器は、残りものを入れておくのに便利で、毎日のように出番があります。
そして、浅いバットは、重ねて別の引き出しに入れています。
浅い引き出しに入らない、大きい容器や深型のものは、別のところにも散在しています。
台所にはなくてはならない野田琺瑯ですが、台所以外に置いてあるのがこれです。
綿棒入れです。
埃が入らないし、すぐ開けられる、そこいらに転がしておいても目障りではないので、けっこう気に入っています。
2012年4月17日火曜日
農民美術人形
骨董市で、がんこやさんが、小さな木彫りの人形をたくさん持っていました。
これまで見たことのないものなので、何だろうと聞いてみると、「農民美術人形」と呼ばれているものでした。
画家の山本鼎(かなえ)は、フランス留学からの帰途、ロシアに半年ほど滞在しました。
そのときロシアで見た、農民のつくった木彫りからヒントを得て、雪深い地域に住む人たちが、農閑期に工芸品をつくり、副収入を得ると同時に、美術的な仕事を通して文化と思想を高める、「農民美術運動」を起こすことにしました。
当時は、雪国では冬には仕事もなく、食べるために子どもを売ったりせざるを得ない人たちがたくさんいました。
1919年(大正8年)に、山本は、郷里長野県の神川小学校の教室を借用して、農民美術練習所を開所しました。1923年(大正12年)には、山本とともにこの運動に携わった金井正の資金援助で、日本農民美術研究所を新築、本格的に木彫りの講習を行うようになりました。
養蚕で財をなした金井がこの運動に使った資金は20,000円、当時は家が40軒建つほどの金額だったといいます。
やがて、農民美術生産組合が組織されるなど、運動は着々と成果をあげました。昭和の初期には長野県各地のほかに、東京、岐阜、京都、千葉、神奈川、埼玉、福岡、熊本、鹿児島などでも作品が生産される ようになりました。
その後、日本各地の物産品として、民芸品がつくられるようになった背景には、農民美術運動の影響が大きかったのでした。
がんこやさんの話では、白樺を彫った農民美術人形は、スキー場などで売られたそうです。昭和の始め、スキー場に行くことができたのはお金持ちの人たちで、彼らは、当時としてはべらぼうに高価だったこの人形を、運動のことを知った上で買いました。
そのため、農民美術人形は昔のお金持ちのお蔵からしか出てこないそうです。
この人形たちは、栃木県の旧家から出てきました。
農民美術人形は、もともと農民の風俗人形でしたが、スキー場、温泉場などで売られていたせいか、スキー、登山、スケートなどスポーツ人形も多いようです。
また、伊豆大島でも盛んにつくられたので、あんこ人形もたくさんあるようです。
ところが、がんこやさんの持っていた人形のかつての持ち主は、子どもの人形が好きだったようで、ほとんどが子守り人形でした。
被布を着た子どもは男の子でしょうか?
角兵衛獅子もかわいくて、昔の子どもの生活が偲ばれます。
一番小さいもので、台座を除いて23ミリという小ささです。
ロシアには、もともと入れ子の卵人形がありましたが、明治のころ箱根の入れ子の七福神を持ち帰った人がいて、それを参考にマトリョーシカがつくられはじめたと言われています。
1900年のパリ万国博覧会で、マトリョーシカは銅賞を得ました。そして、それを契機に盛んに生産されるようになり、ロシアの代表的なおもちゃになりました。
日本の轆轤細工がロシアに行き、ロシアの木彫りが日本に来る。当時は今より格段に遠い国だったロシアと日本に、そんなおもちゃの交流があったのは、興味深いことです。
2012年4月16日月曜日
ちょろQ
息子たちが子どものころの乗り物のおもちゃといえば、ミニカーでした。
ちょろQは、少々大きくなってから発売されたものではなかったかしら。息子たちがリアルタイムで遊んだかどうか、覚えていません。それでも何台かは持っていました。
そんな、大きくなった息子たちとおもちゃ屋さんに行ったとき見つけたのが、「はこのりちょろQ」と言われるものです。
窓から身体を乗り出して、旗を振っている怪しいおにいさんと、
「止まりなさい」
と追いかけている、女性警官がペアになっています。
後ろに十円玉を乗せると、前輪が持ち上がるのがちょろQの特徴。十円玉を乗せても乗せなくても、よく走ります。
あれから三十年、おにいさんとおねえさんは、相変わらず身を乗り出したままです。
2012年4月15日日曜日
ペコちゃんマトリョーシカ
ブリキの缶の棚には、いろいろなブリキの箱が並んでいたのに、今年になってペコちゃんのマトリョーシカ缶が増殖してしまいました。
たまたま、パラソルチョコを買いに行って見つけた、お腹にパラソルの模様のあるマトリョーシカ缶。
最初は一つでいいと思ったのに、
かわいかったので、雛祭りの前にまた行って、お店に並んでいたペコちゃんのマトリョーシカ缶を、あれこれ買ってしまいました。
そのときは、種類も豊富に並んでいたので、急に増えてしまいました。
大きさは、大中小の三種類あります。
一番新しい、この春のセット。
もちろん、マトリョーシカのように、入れ子にできます。
おかげで、キャンディーが、まだ消費できないで残っています。
登録:
投稿 (Atom)