2016年7月24日日曜日
じわじわ進出
「この棚にしよう」
と決めてから数年、さらに棚を手に入れてから数年、やっと取りつけたアイアンの棚に、一組のマトリョーシカを置いてみたのは、完成直後でし。
「おやっ、こけしが二階から進出してきた」
という夫の言葉は無視です。
それから、一日に一組から数組、マトリョーシカが五月雨的に二階から降りてきました。二階では押し合いへし合いで、場所がなくて一番大きいのに小さいのたちを仕舞っていますが、この棚では全部出して並べてみました。
「あらっ、こけしが増えた」
ちょっと薄暗いので、マトリョーシカたちは、ぽこぽこと丸い形ばかりが目立ちます。
他のものを置けば、違った印象になるのですが、マトリョーシカを置こうと用意した棚なので、他のものを置いてみる気はありません。
このごろではやっと、ここにマトリョーシカがあるのがあたりまえの景色になってきて、夫もからかわなくなりました。
置き場所が見つかっていなくて、ここに置いていた物干しとアイロン台は、なんとか場所を見つけて、片づけました。
2016年7月23日土曜日
道具棚
電動工具置き場がやっと目に見えてきました。
幅の広くない板を張り合わせるのに時間がかかったり、他のことが忙しかったりで、一番下の台をつくってからずいぶん経ってしまいました。
上部に扉をつけることは決めていますが、空いている両袖は、細々した道具を収納する浅い棚を取りつけるとか、手鋸やノミの収納場所をつくるとか、おいおい、ほかのところとの兼ね合いを見ながら決めていきたいと思っています。
棚は、左右二つを別々につくり、それを天板だけでつないでから、所定の場所に押し込みました。そして二つの棚を、細い板でつなぎました。
こうやってつくるメリットは、上部だけしか固定していないので設置しやすいこと、棚板が真ん中で互い違いになるので、簡単にビス止めできることなどです。
真ん中の細い棚には、機械鋸の刃、刈り払い機の刃、丸鋸のアタッチメントなどを仕舞えるので、無駄にはなりません。
さて夫は、先日立てた、門のコンクリート柱に、曲げた鉄骨を取りつけました。
U字鋼の中には、ケヤキの木片も留めつけています。
たった一本の柱で、左右に高さの違う屋根を支えるにはこれしかないそう、夫はこういうのを考えたりつくったりするとき、もっとも夢中になります。
梅雨明けが遅れて毎日曇り空、涼しい日が続いています。
湿度はずいぶん高いようで、使いかけの蚊取り線香が、室内に入れておいたのに、こんなに伸びてしまいました。
もちろん、上下さかさまにして使っています。
2016年7月22日金曜日
当たった!
荷物が届きました。
開けてみたら、ビールでした。
「わぁい」
はがきを出していたのが、抽選で当たったのです。
「一番搾り」の缶には、いつも1点のシールがついています。
わりと年中キャンペーンをやっていて、あるときは送れば全員もらえるキャンペーンを、あるときは抽選で当たるキャンペーンをやっています。
私は抽選で当たることはめったにないので、もれなくもらえる方が好きと思っていました。
ところが、もれなくもらえるキャンペーンのときは、48点送ってビールを2本もらっただけでしたが、抽選の方は、たった6点で12本もらってしまいました。
もっとも、1枚のはがきで4口まで送れるところ、すでにはがきを2枚、8口送っています。
このキャンペーンは、二種類同時でした。
12点コースは、当たれば47都道府県のビールすべてがもらえます。そして、6点コースは、47都道府県のビールが、一部もらえます。
12点コースは当選者数が少ないのですが、それでもはがき1枚、2口だけ送りました。。
6点コースは5つに分かれていて、好きなのを選ぶのですが、私が選んだのはBコース、鳥取、大阪、広島、山口、京都、熊本、鹿児島、島根のビールでした。
その地方のイメージカラーで県のイラストが入っています。
全国にある9つの工場で製造したようですが、お味は違うのかしら?
私にとっては一年中ビールが美味しい季節です。
2016年7月21日木曜日
♪流れ流れて、たどり着いたのは八郷だった♪
「猫?」
骨董市で、玩古さんのおやじさんの棚に並んでいた、小さな豚のような猫です。もの悲しいと言えば、もの悲しい目をしています。
どうしてもってわけじゃないけれど、安いなら連れて帰ってもいいと思って、値段を聞いてみました。
「.......、300円」
猫を手に取り、なぜかためつすがめつ眺めたおやじさん。時間をかけて値段を決めました。
まっ、300円ならいいか。ついでに、猫の横にいた福助さんの値段も訊いてみました。
「これは、かわいくないから、100円」
こちらは即答です。
古いものではないけれど、ありふれたものだけど、かわいくないと切り捨てられた福助さん!
福助さんももらうことにしました。
「あっ、こっちはお金はいいや。両方で300円」
と、とうとう福助さんはただになってしまいました。
縁起物の福助さん、このところ、骨董市でよくお目にかかります。
中には高さ30センチもある大きなもの、戦前のもの、もっともっと古いものも目にします。福助さんの生きてきた背景には心惹かれますが、福助さんそのものには、そう心惹かれません。古くなれば古くなるほど、おどろおどろしくて、「かわいい」には程遠い存在です。
でも、こんな、毒のない顔をしたおちびさんなら、我が家にいる福助さんたちと仲良く過ごしてくれることでしょう。
おまけだったことも気にせず、福助さんはご丁寧なごあいさつをしてくれました。
2016年7月20日水曜日
御岩神社
先日、日立の御岩神社に行ってきました。
ところが残念、うっかりしてカメラが電池切れになってしまって、写真はほとんど写せませんでした。
御岩神社は、日立から山道を10キロほど入ったところにあります。
御岩山のところで、山を迂回するようにして大きく曲がった道は、袋田の滝のある大子町の方へと続いています。この道は、かつては「塩の道」だったのかもしれません。
今では、車で行ってさえ、人里離れた山奥に入った感がしじますが、昔は山に住む人もいて、街道も賑わっていたのでしょう。
御岩神社は、『常陸風土記』(712年)にも記載されている古刹です。
もともとは神仏習合の御岩山でしたが、明治以降の廃仏毀釈によって、御岩神社になりました。
この山門は、神仏習合時代の名残でしょうか。
よく手入れされた境内には、杉の木が林立しています。
注連縄が巻かれているのは、根元から三本に分かれて伸びている三本杉。
大木が随所に見られましたが、中には枯れて倒れ、残った株からたくさんのひこばえが生えているだけのものもありました。
建築材料としては格上の檜が、神社仏閣の境内でほとんど見られないのは、興味深いことです。
本殿。
この一枚を撮ったあと、カメラの電池は完全にだまりました。
境内には、至る所に、興味深い石像たちが、溢れんばかり、また行ってみたいと思います。
2016年7月19日火曜日
置き薬の箱
骨董市で、顔馴染みの骨董屋さんの店先に、桐でできた置き薬の箱がありました。
引き出しになっている置き薬の箱はちょっとしたものを入れておくのに便利です。ただ、棚に置いて、その上にはなにかを乗せたりしたいので、前面がきれいなものでないと、欲しくありません。
この薬箱、前面はとても汚いのです。
でも、貼りつけたシールに、会社名や個人名とともに、地元の住所が見えたので、「おやっ」と思ってしまいました。
連絡先が地元になっているということは、いったいどういうことでしょう?
前面と違って、上面のシールはきれいに残っています。
赤ぐすり、青ぐすりと大きく薬名を書いた下に福助さんがいて、その下の太陽堂製薬株式会社の所在地は、置き薬の本場の富山ではなく、奈良県高取町となっています。
そうか、太陽堂は、富山の薬売りのように、置き薬を持ってはるばるやって来たのではなく、石岡をはじめ、各地に現地雇いの人を置いて、宣伝や薬の補填を行っていたのか?がぜん関心が出てきて、その箱をいただいてきました。
別の地域に人を置くことができた、太陽堂は大きな会社であったに違いありません。と、検索してみると、いまも太陽堂は健在で、赤ぐすりと青ぐすりもありました。
![]() |
| 太陽堂のホームページより、昔の看板 |
小さいころ、馴染んだ覚えは全くありませんが、赤ぐすり青ぐすりに馴染んで育った人もいるのでしょうか?
引き出しの中が少し汚れていたので、掃除しようと抜きました。すると、引き出しの後面に、「預け薬置数表」が貼りつけてありました。表に見える数字は、昭和41年(1966年)、ちょうど50年前のものです。
こんなところで管理していたのかと、家にあったほかの置き薬の引き出しも抜いてみました。
山田済生堂の引き出しの奥の置数表は、昭和49年(1974年)からはじまっています。
室田薬品商會の置数表には、日付がありませんでしたが、紙の質から見て、山田済生の薬箱より古そうでした。
さて、赤ぐすり青ぐすりの箱です。
骨董屋さんは、
「福助さんの前に何がいるのかと思ったら、招き猫なのよ。すっごくかわいいでしょう?」
とにこにこ勧めます。
よく見ると、その猫は招いていません。それに、かわいいかどうかも、ちょっと疑問です。
福助さんのお顔は、古い看板のお顔の方がかわいいと思います。
いくら私が縁起物好きといっても、室田薬品商會の箱の方が面白いと思ってしまいます。
ともあれ、富山の薬箱たちはどちらも紙製なので、太陽堂のは桐箱は、ちょっと差をつけています。
太陽堂の薬箱は、しばらく蚊取り線香入れとして、作業棟で使ってみるつもりです。
2016年7月18日月曜日
富山招き猫
以前はよくコメントをくれていたtopcatさんですが、私のブログに(技術的に)コメントできなくなって、もう数年経つかと思います。
そのtopcatさんから、facebookを通じて、昨日の招き猫にコメントが届きました。
「全体の作りが何となくうちの富山の土人形(こちらは狐ですが)に似ているので、恐らく富山の土人形じゃないでしょうか」
富山土人形も、耳が尖っているのは見たのですが、表情だけに注目していたので見落としていました。
富山土人形も、耳が尖っているのは見たのですが、表情だけに注目していたので見落としていました。
| 『招き猫尽くし』より |
もう一度、『郷土玩具 招き猫尽くし』(荒川千尋著、板東寛司写真、日本招猫倶楽部、1999年)をひっくり返して見ると、富山人形の中に、身体の横に金鈴をつけた猫がいました。
顔は似ていませんが、ほかに、鈴を横につけた猫は見たことがないので、昨日の招き猫は富山土人形に間違いないでしょう。
この猫の背中には、「加賀猫寺」の文字が刻まれていて、授与品だったのか、あるいは単なる土産物だったのか、仔細はわからないそうです。
富山人形といえば、これといった特徴がない人形で、小ぶりで、膠が多くて色が剥げやすい、という、あまりよくない印象を持っていました。
でも、それは違ったかもしれません。この中央で割れた前垂れの招き猫は、高さが20センチほどあります。
| 『招き猫尽くし』より、渡辺信秀さんの招き猫 |
富山土人形の窯元は、戦前は数軒ありましたが、戦後も残って制作を続けたのは、渡辺信秀さんだけでした。
| 『招き猫尽くし』より、「とやま土人形工房」の招き猫 |
そして、渡辺さんがお亡くなりになったあと、有志の婦人たちによって「とやま土人形工房」が立ち上げられ、今も制作を続けています。
| 『招き猫尽くし』より |
これは、加賀猫寺の猫同様、古作の富山土人形です。
伏見人形の子福猫を真似ていますが、大きな耳、ユーモラスな顔が伏見人形とは違います。
もしこの本に、これが富山土人形として載ってなかったら、どこのものか悩んでしまうほど、私の富山人形のイメージとは、かけ離れています。
また、topcatさんから、
「横っちょの剥がれは、生地に胡粉をかける前に、強度の弱い型の合わせ目に紙を貼ってあったものが、歳月のうちに浮いて剥がれたか、紙魚にたべられたかして失われたんではないでしょうか。手持ちのものにも似たような症状があるので、憶測ですがそう思いました」
とありました。
さすが、人形修理もしているtopcatさんのご意見、まさにその通り、疑問氷解です。
さて、富山招き猫を見返していたら、挙げた左手が、型でつくったものではなく、左手のない猫をつくって、後から手びねりした手をくっつけてあることがわかりました。
「ひゃぁぁ、あり得ないよ。こんなつくり方!」
土人形づくりの常識をあっさり捨てて、型抜きと手びねりを組み合わせています。どうりで、左手の甲がつまんだみたいにへこんでいたはずでした。
おおらかで、細かいことは気にしない、いい加減な人がつくったにちがいありません。
ただの剥げた招き猫ですが、いろいろ語ってくれます。
これをつくったおじいちゃん(きっとそう)に、お会いしてみたいものです。
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