2025年12月24日水曜日
笑う門には福来る
招きスイカペンギンです。
昨年のお正月に売り出されていることに気がついたときはもう売り切れ、残念がっていたところ、今年も売り出されました。
いったいどうやって彫るのか、木でできています。
まさか、1羽1羽、手で彫ったりしたのではないでしょう?
それとも、日本じゃないところでつくったのかしら?
招いているものなら、猫でなくても好きなのです。
上の写真の中の者たちの中には、ただ手を挙げたり、敬礼したりしている者もいるけれど、ペンギンたちは正真正銘招いています。
お正月にふさわしい「笑門」と「来福」の小判を持って、豪華な金色の座布団の上に立っています。
スイカのペンギンも、お友だちのねずみ色のペンギンも、名前はありません。
2025年12月23日火曜日
クリスマス切手
2011年12月に、アメリカ、カナダ、そしてイギリスや北欧諸国のクリスマス切手をUPしたことがありました。
そのときUPしなかった切手を、クリスマスが近いのでUPしてみます。
まず、太平洋のニュージーランドの切手です。
1970年、1973年。
1976年。
1986年、91年の切手は、クリスマスの絵柄として意味のあるものかどうか、私にはわかりません。
オーストラリアの1970年と1980年の切手。
10年の違いとは言え、切手の額面が6セントと60セント。後者はエアメール用の切手だったのでしょう。
1984年の切手。
以上、オーストラリアのクリスマス切手でした。
次はカリブ海のアンティグア・バーブーダの切手です。アンティグアもバーブーダも、切手の上ではよく見る名前ですが、日常生活でその名前を聞くことはほとんどありません。
とても小さくて平らな島で、水不足に悩んだり、反対に台風で大きな被害を受けたりしているそうです。
次は中東、ラアス・アル=ハイマは、アラブ首長国連邦の中の、1つの首長国です。
![]() |
| ラアス・アル=ハイマ |
石油で経済的に豊かになったアラブ首長国連邦は、今でこそ海外からの労働者も多く、キリスト教徒など非イスラム教徒の人口比に占める割合も高いと思われますが、この切手の発行された1968年は地球上の人の移動も限られていたので、どのくらいのキリスト教徒がいたのでしょう?
アラブ首長国連邦と、キリスト生誕の地エルサレムはそう遠くありません。
こちらの切手には、クリスマスと書いてないし、年号もありません。
イギリスで印刷したのかしら?
西アフリカのガーナの1981年の切手です。
ガーナ、ナイジェリア、コートジボアールなど、国の南側が海岸になっている国々では、15世紀から17世紀の大航海時代に、海岸地域にキリスト教がもたらされました。
ガーナはその後、イギリスの植民地にされて、海岸地域を中心にキリスト教が広まりましたが、植民支配が及ばなかった北部には、北からサハラ砂漠を超えてイスラム教がもたらされています。
ガーナのキリスト教人口は約70%、イスラム教人口は約17%、あとは土着の宗教(ジュジュと言っていたような?)がいろいろ混在しています。中部の都市クマシの市場には、猿の骨などまじないに使う道具を揃えたお店もありました。
南東アフリカのマラウイの1984年の切手です。
マラウイもイギリスの植民地にされたところ、キリスト教徒は人口の約80%です。
ニュージーランドの、意味不明の2枚を除いて、揃いも揃って聖母子の切手でした。
2025年12月22日月曜日
朝鮮の刺繍
織物の先生だった近藤由巳さんが遺した本の中には興味深い本がたくさんありますが、1995年に埼玉県立美術館で開催された「李王朝時代の刺繍と布」展のカタログ、『李王朝時代の刺繍と布・Patterns and Colors of Joy』もその一つです。
譲っていただいてもよかったのだけれど、今でも販売されているかとネットで検索したら、「日本の古本屋」にあったので、手に入れました。「日本の古本屋」は、全国の古書連加盟古書店から古本を取り寄せることができる、嬉しい本屋さんです。
![]() |
| カタログの裏表紙 |
このカタログで紹介されている布は、すべて許東華さん(韓国刺繍博物館館長)のコレクションです。
許東華さんのコレクションは、刺繍布との出逢いからはじまったものですから、許さんとしては刺繍の布をカタログの表紙にしたかったかと想像しますが、日本では朝鮮(韓国)の刺繍は当時は(今も)ほとんど知られておらず、パッチワークのポシャギ(風呂敷用途の布)の方がよく知られていたので、カタログの表紙も裏表紙も、カラフルなポシャギにしたものと思われます。
もちろん、表紙をはじめ、どのポシャギもとても素敵です。
長寿を表す鶴や亀、そして山、雲、水、松、不老草などの刺繍は、屏風の一部です。
上流社会では、正月など季節の節目には屏風が欠かせないもので、これは十長生(シプチャンセン)のモチーフでつくったものです。
![]() |
| 『十長生をたずねて』(チェ・ヒャンラン作絵、おおたけきよみ訳、岩崎書店、2010年) |
朝鮮文化も日本文化同様に中国から深く影響を受けていますが、不老長寿や永遠の生命を象徴する十長生は朝鮮固有のもので、鹿、鶴、水、山、太陽、竹、不老草、松、亀、雲の、10種類の自然物を指しています。
屏風の題材として、十長生のほか、鳥など自然のモチーフや、子どもの遊び、道具を刺繍したものなどが紹介されています。
中には、農民の生活を描いたものもあります。
儒教では階級がはっきり定められていて、屏風は庶民ではなく上流階級の人々の間で使われたものですが、日本の身分制度が、士農工商と、生きることの基本である食料を生産する農民を階級の高位置に置いたように、朝鮮でも上流階級の人々の間に、農民を尊重して、忘れてはいけないという思想がありました。
刺繍から、当時の農村生活を垣間見ることができます。
さて、以前、武官の背守りを取り上げたことがありました。
当時、これは日本の子どもやモン人の背守り同様、危険から身を守る(武運を祈る)という意味くらいだろうなと考えて調べてもみなかったのですが、じつは背だけでなく胸にも貼りつける胸背(きょうはい、ヒュンベ)というもので、身を守るものというより階級を表すものと知ってびっくりしました。
しかも、上級文官は鶴(鳳凰もある)を2羽、
下級文官は鶴を1羽。
上級武官は虎を2匹、
下級武官は虎を1匹、胸背として服に綴じつけると知り、その露骨さにはびっくりです。
虎と鶴の刺繍はユーモラスで、ほほえましいとさえ思っていましたが、ほほえましいどころか、厳然たる階級を表していて、民たちを威圧するものだったのです。
私は韓国ドラマを見たことがありませんが、韓国の時代劇では、胸背が描かれているのでしょうか?
ちなみに、宮廷衣装となると、身分の高い人たちは四角ではなく、丸の中に龍などが刺繍されたものを胸背としてつけていたそうです。
2025年12月21日日曜日
2025年おさめの骨董市
今日は、2025年最後の骨董市でした。
天気予報は雨でしたが朝方にやみ、厚い雲は低く霧もかかっていますが、何とか一日降らないで持つようです。
骨董市は、先回もやっていた焼きもののたたき売り(?)で人だかりしていました。古いものが安く、使いやすそうな伊万里の小皿などもありましたが、我が家の水屋はもう満杯。これ以上増やしてどうすると、ざっと見て、邪魔にならないように離れました。
じつは、行きの車の中で、今日はおもちゃ骨董さわださんの店で、何か買おうとを決めていました。もし欲しいものが何もなかったら、買うのはビー玉です。というのも、さわださんが、最近は、ビー玉、おはじき、石けりなどはまったく売れなくなったと言っていたからです。
実際に遊んだことがあり、懐かしがる世代はほとんどいなくなり、遊んだ経験がなくても「駄おもちゃ」が好きな人たちも、もう十分に持っているのだそうです。
そのさわださんの店に、ブリキの鞠猫がいました。
「動くのかな?」
「いや、ゼンマイが切れてて動かない」
ちょっとだけ思案しましたが、どうせ飾っておくだけだし、この型のブリキの猫は持ってないので、いただいてきました。
そして、ビー玉も買いました。
ビー玉はいろいろありましたが、迷わず、乳白色のものに手が伸びました。
ブリキ猫は三者三様です。
おそらく、今回手に入れた顔の真ん中でブリキをつないでいるのが一番古く、右の顔が大きくて、尻尾が動いて走っている途中で身体がくるっと回転する仕組みになっていない鞠猫が、一番新しいものだと思われます。
天気予報は雨でしたが朝方にやみ、厚い雲は低く霧もかかっていますが、何とか一日降らないで持つようです。
骨董市は、先回もやっていた焼きもののたたき売り(?)で人だかりしていました。古いものが安く、使いやすそうな伊万里の小皿などもありましたが、我が家の水屋はもう満杯。これ以上増やしてどうすると、ざっと見て、邪魔にならないように離れました。
じつは、行きの車の中で、今日はおもちゃ骨董さわださんの店で、何か買おうとを決めていました。もし欲しいものが何もなかったら、買うのはビー玉です。というのも、さわださんが、最近は、ビー玉、おはじき、石けりなどはまったく売れなくなったと言っていたからです。
実際に遊んだことがあり、懐かしがる世代はほとんどいなくなり、遊んだ経験がなくても「駄おもちゃ」が好きな人たちも、もう十分に持っているのだそうです。
そのさわださんの店に、ブリキの鞠猫がいました。
「動くのかな?」
「いや、ゼンマイが切れてて動かない」
ちょっとだけ思案しましたが、どうせ飾っておくだけだし、この型のブリキの猫は持ってないので、いただいてきました。
そして、ビー玉も買いました。
ビー玉はいろいろありましたが、迷わず、乳白色のものに手が伸びました。
ブリキ猫は三者三様です。
おそらく、今回手に入れた顔の真ん中でブリキをつないでいるのが一番古く、右の顔が大きくて、尻尾が動いて走っている途中で身体がくるっと回転する仕組みになっていない鞠猫が、一番新しいものだと思われます。
2025年12月19日金曜日
キルトトップが完成
2月末から3月初めにかけて、つくばの「つくば市民ギャラリー」でキルト展をするのですが、会場が広いのに、手持ちのキルトの数は限られています。
ちょっと寂しいかなと感じて、手持ちの布が十分あること、会期までに時間があったことから、1枚だけ新たにキルトをつくっています。
会場の中はこんな感じ、小さな絵などを展示する想定しかされてないので、キルトをどう飾るか? この会場を選んだ夫は、そこまでは考えもしなかったようでした。
会場を見に行ったときは、長い梯子を掛けて上の方からつるすことを考えました。白い壁に釘など打てないからです。
ところがよく考えてみると、長い梯子を掛けて、高いところであれこれ作業するのは、ほとんど不可能に近いと感じました。キルトは意外に重いのですが、それを持って梯子を上るだけで目がくらみそうなのに、1枚のキルトにつき、少なくとも2回以上梯子を上らなくてはなりません。
キルトには、前回の展示会の時、1辺に薄い木を取りつけて、その木の3カ所に紐をつけています。これを持って梯子を上ぼり、天井の網に別の紐を引っかけて、その紐とキルトに着けた紐とをつながなくてはならないのですが、左右の高さを見たりするため、あるいは位置をずらしたりするために、梯子を2度上っただけでは、絶対にすまないでしょう。
というわけで再考した結果、桟木で大きな組み立て式の飾り台をつくることにしました。
夫が図面を描いてくれたので、それを参考に1つつくってみると、なんとかなりそうなことがわかりました。できるだけ前もってつくっておいて、現場では軽トラックで運んだ部材を立体に組み立てるだけでいいように、つくり方も決めました。
飾り台は見通しがついたので、制作は来年に回して、今年は新しいキルトを仕上げるのに専念することにしたのです。
キルトは、18×18センチのピースを121枚つなぎ合わせるのですが、以前つくったものを参考にしているので、半分ほどのパターンはすらすらつくれました。
しかし、昔つくったパターンの中には、今見ると気に入らないものも多々あります。
そこで、途中からは新らたな模様を考えながらつくり進めたのですが、全体の感じを見るためにできた端からつないでもいたので、つなげたものを広げたり閉じたり、できたピースを並べ直したりしまったりと、10月初めから、部屋じゅうが取っ散らかっていました。
一昨日だったか、やっと最後のピースも出来あがり、昨日はすべてつなぎ終えました。
全色が見えて選びやすいように並べて、居間に置いて毎日眺め、取り出したりしまったり、広げたり畳んだりしていた布は、やっと作業棟2階の長持ちに戻すことができました。
出来上がったキルトトップです。
ネットで買ったキルト綿は、1メートル四方にあらかじめ切ってあるものでした。広幅の切り売りの綿が見つからなかったので、つながなくてはなりません。
2000年初頭に招き猫のキルトをつくったときは、大きなサイズのキルト綿を売っていたような気もしますが、昔のことなので定かではありません。
キルト綿は、つなぎ合わせるテープも売っていましたが、糸で綴じ合わせてつなぎました。
1970年代に私がキルトをつくっていたころは、キルト綿など売っていなくて、普通のお布団をつくるための綿を薄く剥いで使ったので、もう少しふかふかしていました。
裏地のブロードも買ってあるので、やはりつなぎ合わせて広い布にして、これから3枚を重ねてキルティングします。
2025年12月18日木曜日
登録:
投稿 (Atom)










































