八郷の日々
2026年1月29日木曜日
晴れ、晴れ、晴れ
日本海側は大雪で大変な今日この頃ですが、西高東低の気圧配置の影響で、関東の我が家のあたりはお天気続きです。
1月2日の夜に雪が降りましたが、それ以後、雨も雪も一滴も降っていません。したがって土は乾燥しきっているので、気温が下がっても霜柱は立ちません。
今日もよく晴れそう、木や草、そして農業に携わる方たちも、ここらで一雨欲しいところですが、望めそうにありません。
コブシの木を見上げると、今年は花芽がほとんどついていません。
昨年の酷暑が関係していたのか、雨の少なさが影響したのか、はたまた土壌環境が悪いのか、花の少ない春を迎えなくてはなりません。
24年の春以来の、花の少ない年になりそうです。
2026年1月27日火曜日
2026年1月26日月曜日
dressed with urushi展
日曜日は、ジグソーパズルをやりかけてやめた後、益子のもえぎ本店に、dressed with urushi展を観に行きました。
漆にかかわっている人たちのグループ展で、お隣りのまついくみさんが木工で、近所のつかだえつこさんが、金継ぎで出品されていました。
会場に展示されていた漆を掻いている写真と、漆を掻く道具。
写真の方は、漆の木を植えて、自分で漆を採るところからやって作品をつくっていらっしゃるそうです。
木に漆を塗ったものだけでなく、土の器に漆を塗ったもの、紙に漆を塗ったもの、わざと「にゅう(焼きもののひび割れ)」をつくって、そこに漆を塗りこんだものなど、いろいろな漆が並んでいました。
別棟では、照明器具のグループ展もやっていました。この明かりは金属ではなく焼きものでできています。
一巡した後、カフェ・スペースで、コーヒーをいただきました。
「いつものコーヒーと今月のコーヒーのどちらになさいますか?」
と訊かれましたが、人里離れたもえぎ本店でコーヒーをいただくのは数年ぶり、もしかしたら10年以上ぶりかしら?
どちらにするか、しばし返答に窮しましたが、今月のコーヒーをいただきました。
杉林を眺めながら、おいしいお菓子もいただきました。
dressed with urushi展は明日までです。
2026年1月25日日曜日
紙のジグソーパズル
このところ、日曜日も休まないでちくちく針を動かしていたので、今日は久しぶりの完全休日です。
しばらく前に、戸棚の中で見つけた紙のジグソーパズルをやったらどうだろう?
長く、コンピュータ上のジグソーパズルをやっていましたが、そのサイトは、諸事情で昨年の11月に打ち切られてしまい、ほかのサイトのジグソーパズルを見てもつまらなさそうで、ジグソーパズルからすっかり遠ざかっていました。
始めてはみたものの、紙のジグソーパズルはピースがやけに大きいなぁ、ちょっと大きすぎない?と思ったり、裏返っているピースをいちいち表にむけるのはめんどうだなぁと思ったり、なかなかシャキシャキと遊べません。
やっと枠をつくって、赤色のピースだけを合わせたとき夫がやってきて、
「おや、お暇ですねぇ」
と声を掛けられました。
「そうよ。暇よ」
と居直ったものの、急にこんなことをやっているのがばかばかしくなって、やめて、ばらしてしまいました。
500ピースでもこうだから、3000ピースなんて、もう絶対やれないことでしょう。
さて、今になって、最後の写真と箱の絵を比べたら、上下さかさまにして遊んでいたことに気づきました。だから一層進まなかったんだ!
上下さかさまにしてみると、赤色に囲まれたできてないところは、お母さん猫の頭の形になっています。
2026年1月24日土曜日
北斎の本
2024年のNHK大河ドラマには、江戸末期の絵師や狂歌師、戯作者などがたくさん出てきました。
我が家には、『北斎の狂歌絵本』(永田生慈監修・解説、岩﨑美術社、1980年)という本があります。
残念ながら私には狂歌の素養は皆無、解説抜きではさっぱり理解できませんが、絵を楽しむことはできます。
北斎凄しですが、当時の彫り師さん、刷り師さんの技量にも脱帽です。室内は今より暗かっただろうし、電気も眼鏡もない中で、よくできたものと感嘆する以外ありません。
じつは、この本は夫の母が出版したものです。
夫の父は出版社を経営していましたが、戦時中に、父がマルクス系の本を出版して投獄されたときから、母は父の出版社で働くようになりました。
そして、長い編集者生活を経て、自分の興味に沿った専門性の高い本をつくる出版社を立ち上げ、数々の美術や民俗学の専門書を出版した人でした。
その中で、葛飾北斎の本を何冊も出しているのは、母が北斎が好きだったからに他ならないのでしょう。
『北斎の絵手本』、『北斎漫画』、『絵本彩色通』、などなどいろいろ出していますが、我が家には、母からもらった北斎の本が3冊(うち1冊は、ただいま行方不明中)ほどあります。
2026年1月23日金曜日
一山超えた!
2月末にキルト展をするのですが、会場が広いので、昔つくったものに1枚だけ足そうかと軽い気持ちでつくり始めたものが、昨日やっと完成しました。
居間が明るいうちは、テーブルの上でちくちく縫って、暗くなってからやっつけご飯をつくる毎日、まだキルトをぶら下げる枠をたくさんつくらなくてはならないのですが、まずはほっとしました。
ピースを縫い合わせるためと、キルティングのために、キルティング用の糸(228メートル)2巻きと、紙の糸巻きに巻いた糸(80メートル)2巻以上、合計すると約600メートルの縫い糸を使いました。
我ながら、途中で投げ出さないで、よく完成までこぎつけたものでした。
早速、上端には薄い木を取りつけました。
このところ寒い日が続いていたのに、ストーブを焚く手間さえ惜しんでいたのですが、久しぶりに薪を運んできてストーブを焚きました。
来週から、外で大工仕事、寒波が去るといいのですが。
2026年1月22日木曜日
『貝と羊の中国人』
昨年、中国人の友人に、中国・中国人理解の書として、『貝と羊の中国人』(加藤徹著、新潮新書、2006年)を読むことを勧められました。
漢字から、歴史から、地理風土から、いろいろな角度からわかりやすく考察されていて、私の中国理解、中国人理解が著しく進んだ、とても面白い本でした。
最初に、中国人(漢民族)とは、表題の「貝と羊」を併せ持っている人であるとの記述があります。
人は父と母の出会いによって生まれますが、民族の誕生も同じで、中国人は、3000年前に東方系の「殷」と西方系の「周」という2つの民族集団がぶつかり合ってできました。その違う気質を、今でも併せ持っていて、殷人的な気質を「貝の文化」、周人的な気質を「羊の文化」としています。
これがわかりやすい。豊かな東方出身の殷人は、見える財貨を重んじる気質で、有形の物財にかかわる漢字の寶、財、費、貢、貨、販、貧、貴、貰、貯、貿、買、賃、賜、質、賞、賠、賭などに「貝」の字がつくのは殷人の気質の名残であるとしています。
遊牧民族の血を引く周人は、天を信じました。天は神であり、物質的な捧げものより善や義、儀など無形の善行を好みました。義、善、美、祥、養、儀、犠、議、羨など、無形の「よいこと」にかかわる漢字に「羊」が含まれるのは、イデオロギー的な至高の神「天」をまつった周人の気質の名残であり、中国人にはこの2つの気質が、矛盾なく同居しているというのです。
とくに面白いと思ったのは、最後の方に書いてあった、日本人が日本人らしくなったのは江戸時代に漢文の素養を身につけたからだというくだりです。
聖徳太子の時代に、日本は中国という親分の傘下に入ることを嫌い、海を隔てていたということもあって、朝鮮やヴェトナムのように属国にはならずにすみました。
しかし、江戸時代に、徳川幕府は儒教を官学として、民間でも『論語』『十八史略』『唐詩選』など漢文の学習がブームとなりました。それらが、日本人の思考の基礎となって、今日まで生き続けているというのです。
私も、江戸時代の人たちが漢文の素養を身に着けた結果としてここにいるのかと、妙に納得してしまいました。
中国も日本も、強烈なホンエとタテマエの国。しかしどちらも相手のホンネとタテマエの理解には限界があります。もっと目をしっかり開けて、耳をしっかり傾けて、お互いの限界も知り、仲良くしたいと思ったことでした。
登録:
コメント (Atom)























