友人・知人で、しかも素人のつくった招き猫たちです。
裏方志向さんの招き猫。
裏方志向さんは陶芸をなさっていて、招き猫も何体か、しかも大作をつくられているので、素人さんと言っては叱られるかもしれません。
父の友だちがつくってくれた招き猫。
小さいのは香立て、一番大きいのは蚊取り線香が入れられるようになっています。
30年くらい前だったか、実家に行くと招き猫がいて、父が得意そうに言いました。
「友だちがつくってくれたんだ。欲しかったら頼んでやるよ」
「わぁ、欲しいよ」
それから半年ほど経った頃、できたからと連絡があって、いただいてきたものです。
妹のつくった招き猫。
妹は四国の砥部焼きの窯元で職人として7年働き、その後作家として10年ほど焼きものをつくっていたので、やはり素人とは言えないかもしれませんが、あくまで日常使いの食器にこだわって、鉢や皿以外のものはつくらなかったので、招き猫というか用途のないものはこれしかありません。
両親が、誕生祝いか何かでもらったものですが、欲しい欲しいと、さらってきたものです。
息子がまだ小さかったころ、紙粘土で一緒につくった招き猫。
私のつくった猫(左)はありきたりですが、息子の猫はなかなかよくできています。ただ、息子の猫はずいぶん傷んでしまいました。
当時一緒に暮らしていた、濃い色が黒ではなくチョコレート色(珍しい!)だったメャオがモデルなので、背中の模様は二人とも同じです。
topcatさんのつくった招き猫。
これをつくった当時、topcatさんは人形づくりは素人でしたが、この後京都で御所人形づくりの修行をされていて、この張り子の招き猫も、素人裸足の出来栄えです。
2023年の春に、「
きつねだるまをつくりはじめて、細々と売っています」というお便りをいただき、それを購入したのがtopcatさんと連絡を取った最後となりました。きつねだるまをブログにUPしたら欲しいという方がいらっしゃって、連絡を取ろうとしたら、Facebookも、したがってMessengerも閉じてしまっていて、連絡を取ることができなくなってしまっていました。e-メールも残ってないし、はがきはとひっくり返してみましたが、修行時代の京都の住所しかありませんでした。
今日、神棚にtopcatさんの狐の絵を上げてあることを思い出しました。
遠目にはただの紙にも見えたのですが、丸椅子を持って来て上ってみると、はがきでした。
きつねの版画の真ん中に刷ってあるのはアマビエ、ということは新型コロナの終息を祈願して彫ったもの、コロナ時代はtopcatさんはすでに京都から飯田に戻っていたはずです。
と、期待しながら裏返してみたら、やはり長野県飯田の住所がありました。はがきには、早くコロナが開けて遊びに行きたいと書いてありましたが、いったいどうして行方不明になってしまったのでしょう?
元気にしていることを願って、これから連絡を取って見ようと思っています。