2023年5月31日水曜日

我が家のキューピーたち


我が家に棲息しているキューピーたちを集めてみました。


赤ちゃん人形の中でも、アーウィンの赤ちゃん人形はキューピーに限りなく近いのですが、


背中に羽がないので、仲間に入れませんでした。汚れたように見えるところはラベルの跡です。


左はドイツでつくられたローズ・オニールのイラストを立体化したビスクのキューピー、キューピーの元祖です。ビスクとはお菓子のビスケット同様、フランス語の「ビスキュイ(二度焼き)が語源で、二度焼きした磁器でできている人形のことです。
そして、右は日本でつくられたソフトビニールのローズオニールキューピーです。

キューピーは大正時代に日本に輸入されました。
西洋人形は、明治のころから紹介されていましたが、一部の人が知っていたり手にしていたりしたのみでした。ところがキューピーは初めて、そしてこれまでに唯一、広くみんなに愛された、西洋生まれの特定のキャラクターでした。


雑誌の表紙、年賀状などいろいろなものに登場していますが、写真屋さんでも小道具として常備していたのか、子どもがキューピーを手に持った写真が多く撮られました。

『20世紀の天使たち・キューピーのデザイン』(INAX BOOKLET、1995年)より。上の2葉も。

中には、子どもだけでなく、軍人さんがキューピーを抱いた写真も撮られました。昭和初期の写真です。


第二次世界大戦後、ドイツでキューピーが生産できなくなり、日本がセルロイドのキューピーの主要生産国になりました。とくにアメリカ合衆国に向けて盛んに輸出され、外貨獲得に貢献しましたが、可燃性が高いと1954年にアメリカ合衆国が輸入禁止としたことによって、1955年に製造中止となりました。
この、輸出用の薄いセルロイドのキューピーたちは、ビスクのキューピー同様、羽が耳の下についています。


これも羽が耳の下についた輸出用のキューピーです。背中にMADE IN JAPANのエンボスがあり、ドレスはリリヤンで手編みしてあります。


私が小さいときに持っていたのとそっくりの、ハードセルロイドのキューピーです。これが懐かしい。


手が、すごくかわいいのです。


可燃性の高いことからセルロイドが廃れたあと、ソフトビニールが登場します。
上の写真はキューピーマヨネーズのノベルティキューピーです。


二頭身のバランスが悪いソフビのキューピーたち。


プラスチックの金平糖の入っていたキューピーは、集合写真に入れ忘れました。

ローズオニールが1909年(明治42年)に婦人雑誌誌上でキューピーを誕生させたとき、命名したのはKEWPIEで、ギリシャ神話で恋愛をつかさどるCUPIDO(ラテン語、キューピッド)とは意識的に区別しました。キューピッドは男の子ですが、キューピーは男の子でも女の子でもないのです。


ところが、2005年に発売されたソニーエンジェル(って何?)のミニフィギュアは男の子です。もっとも、ソニーエンジェルではキューピーとは言っていません。多くはかぶりものをしています。
これがソニーエンジェルであることを、今回調べて初めて知りましたが、高額で売り買いされていることにびっくりしました。


ベビー用品チュチュのノベルティーキューピーです。ポンプを押すと鳴る仕掛けですが、壊れてしまって音が出ません。
ネットで見ると1970年代のものとなっていますが、本当でしょうか?目は描いてなくて、シールを貼っているので、もっと新しいかと。それとも、私が忘れているだけで、1970年代は手描きをやめて、手抜きが追及された時代の先駆けだったのでしょうか。
ソニーエンジェルとチュチュが我が家にある経緯は不明です。


ニッケ水のビンは、大切にしていたのに縁が欠けてしまいました。


何といっても珍品は、私が生まれる前から祖父母の家で大切にされていた椅子に座るキューピーです。いったい誰のものだったのか、私の叔母のものだった可能性が高いのですが、今年は、母と同い年の叔母の生誕100年の年、キューピーも100歳くらいかもしれません。


椅子とは糸でゆるくつなぎ止められていて、外すことはできませんが、首は自在に動きます。


原宿のキディーランドで1980年代に買ったアメリカ製のキューピーのジグソーパズルです。何度遊んだかわからないほど親しんだ500ピースのもの、かつては1時間ちょっとで完成させていました。
買った当時は知りませんでしたが、このキューピーたちの中には、アメリカの現代のキューピー作家のルーサー・ジレット、カーメン・ジャクソン、ダーリン・ウッズなどの作品が多く含まれています。







2023年5月30日火曜日

風選箕、久しぶりの出番


自動精米所で精米すると、摩擦熱でお米がほんのり温かくなってしまいます。そのまましまうと品質が落ちて、お米がまずくなってしまうので、一日ほど(カンボジアやフィリピンの風選箕)に広げて冷まします。


冷めたお米は、ブリキ缶に入れています。


お米をつくっていたときは、脱穀の後は箕を使ってゴミを風選していたのでよく使っていたのですが、今では、切り干し大根をつくるときに使うくらいです。






 

2023年5月29日月曜日

朝のドタバタ

朝は温冷浴をしています。


今朝のこと、目が覚めて、お風呂の湯を温めなおして、水用の風呂桶には水を張るために蛇口を開き、しばらくして水を止めに行くと、水風呂にムカデが浮かんでいました。
蚊やハエ以外、ほとんど殺生はしませんが、室内でムカデを見ると殺さなくてはと焦ってしまいます。以前、夫が噛まれたことがありました。マルも噛まれた節がありました。
ムカデはお湯で死ぬので、最初はお風呂のお湯を汲んでは逃げ回るムカデに掛けてみましたが、水の上でお湯の温度が下がるのか死なない。とうとうやかんでお湯を沸かして、何度も浮き上がってくるムカデに熱湯をかけて殺してしまいました。
桶で汲み上げたムカデの死体はどこに捨てようか?
タマが一部始終を見ていたので変なところに捨てられない、風呂桶の縁に上って窓まで行き、窓の外に捨てました。

さて、お風呂に入ろうと裸になったら、マルが何だかバタバタしています。見るとカナヘビを捕まえてきて遊んでいます。
カナヘビもかわいそうだし、マルも食べてはいけないものを食べているのか、ひんぱんに食欲をなくすので、何とか引き離さなくてはなりません。私の気配を感じるとカナヘビをくわえて移動するマルから何とかカナヘビを取り上げ、逃がそうと玄関のドアを開けてから、裸だったことに気づきました。 
誰も見ていないとはいえ、雨が降っているとはいえ、裸で屋外に出るのはちょっと抵抗がありましたが、カナヘビにはマルの目につかないところに行ってもらわなくてはなりません。
南無さん、そのまま外に出て、カナヘビを茂みの中に置きました。マルに遊ばれて、助かるかどうかわかりませんでしたが。


朝からバタバタしてしまいましたが、朝ご飯を食べ、猫どもはのんきに寝直しています。






2023年5月28日日曜日

『インドの大道商人』

たった1本の歯のために、暮れから歯医者さんにもう半年通っています。
治療済みの虫歯が痛んで診てもらうと、いわゆる神経はすでに取っていたのか、歯に開けた穴を掃除して、薬を詰めて、残っている神経(?)を殺す治療がはじまりました。
ところが、治療していただいたらしばらくして傷みだし、顎や頬も腫れたりして、痛いときは当日でも診てもらえるので行くと、薬を詰めて蓋をしているところが膿んで痛んでいるとのことで、蓋を外してもらうと痛みは治まります。蓋をしないで放置してはいつまでも治療が進まないので、しばらくしてまた穴の中を掃除して薬を詰めてもらい、蓋をしたら痛くなるということを、2、3回繰り返しました。
歯医者さんでは、2週間から20日おきに診てもらえます。ところが、歯医者さんの近親者に新型コロナ陽性者が出たり、私がコロナ陽性になって予約をキャンセルしたり、一度は予約時間を逃して、2週間後に予約を取り直したりしているうちに1本の歯で半年も経ち、やっと薬を詰めて蓋をしても痛くならなくないところまでこぎつけました。

歯の治療をしているときは、よくネパールで見た路上の歯医者さんを思い出します。地球上には歯は抜く以外治療法がない地域も多いのですが、抜いてくれる人がいると助かります。私がネパールで見た歯医者さんは、経験者であるという証拠を見せるために、これまでに抜いた歯をうずたかく積み上げていました。


同じように抜いた歯を積み上げた歯医者さんの写真が、『インドの大道商人』(山田和著、平凡社、1990年)という本の中にあります。


左の方に抜いた歯の山が見えます。
うろ覚えですが、私がネパールで見た歯医者さんは、もっとたくさんの歯を積み上げていたような気がします。
これはラジャスタン州ブンディーの50歳の歯医者さん、この地で歯医者を30年やっているそうです。


『インドの大道商人』には、もう一人歯医者さんの写真がありました。
私の見たネパールの歯医者さんも、この写真の後ろに見えるような大きな歯の看板を出していました。

『インドの大道商人』には、おもしろい路上の商人がいっぱい載っています。


サトウキビジュース屋さんは、東南アジア諸国でもおなじみですが、苦い思い出があります。
サトウキビジュースは搾る機械が錆びていて、搾りかすが取り切れないのでそこに細菌が繁殖しているのでお腹をこわしやすいと知っていたのですが、カンボジアに長かった日本人のMさんと田舎に行ったとき、Mさんがサトウキビジュースを飲むというので、私も大丈夫だろう飲んで、下痢するだけでなく熱も出したことがありました。重い腸チフスではなく赤痢だったと思われます。
サトウキビジュースはとってもおいしいのですが。


揚げものは、どこで食べても、まずお腹をこわすことがありません。
これはトウガラシのてんぷらと、ジャガイモのてんぷらだそうです。そして、私が見ると食欲をそそられて買ってしまうのは、サツマイモのてんぷらとバナナのてんぷらです。


刃物研ぎ屋さんは、自転車の車輪を利用してグラインダーを回しています。


こちらは鋳掛屋さん。


こちらは刃物屋さんだそうです。
研ぎ屋さん、鋳掛屋さん、そして刃物屋さんがいる社会は、とっても羨ましいです。


こちらは代書屋さんです。


大道商人の中には、女性、子ども、子どもを引き連れた女性もいれば、赤ん坊を抱いた若いお父さんもいます。
『インドの大道商人』の発行からすでに30余年、社会の変貌はめざましいはず、大道商人のほとんどは消えてしまったかもしれません。






2023年5月27日土曜日

あっという間にブッシュ!


我が家の敷地ではないけれど草を刈っているところ、今年初めて草を刈ろうとしたら、たった数か月でもうジャングルになっています。
ヒガンバナやキショウブが並んでいるのですが、ヒガンバナの葉のころ、早春にはよく見えたのですが、今ではブッシュの中に隠れてしまっています。


たった一輪咲いていたキショウブ、その横には太い篠竹が遠慮なく生えています。


ちょうどクサイチゴの旬なので、刈り払い機の手を留めて、クサイチゴを食べながら草を刈りました。






 

2023年5月26日金曜日

『土の家』

世界を廻って家と人々の暮らしを撮っていらっしゃった写真家の小松義夫さんは、『土の家』(たくさんのふしぎ、福音館書店、2009年)という絵本も出していらっしゃいます。
小松さんによると、世界中で家を見てきたけれど、石の家や木の家より、土の家が一番多いそうです。


表紙はシリアの家です。


ドアやガラスの窓がついていたけれど、パレスチナの農村で、同じような形の家に泊めていただいたことがあります。
そこでいただいたヨーグルトの壺のことを書いた過去の記事に、家は石を積み上げてつくってあると書いているのですが、壁の厚さや地域の条件と照らし合わせてみて、日干し煉瓦を積み上げたつくっていたと考える方が妥当ではないかと思われます。
もう30年以上前のことです。



中は広く、シリアの家と同じように天井はドームになっていました。 壁がとにかく厚かったという印象があります。窓からは遠くになだらかな丘が見えるのですが、丘の上にはイスラエルの入植地があって、景色は台無しでした。パレスチナの田舎で、入植地が目に入らない場所を探すのが難しいくらい、どこにでも入植地があります。
パレスチナ人は伝統的に手掘りで水が出る麓に住んできましたが、入植地では1500メートルも掘った地下水を利用しているので、山の上に入植地をつくることができるのです。
イスラエルは水のない国で、住宅地をつくろうにも水の問題があります。そのため、掘れば水の出るヨルダン川西岸に何としても住宅地をつくりたかったのです。とくにソ連崩壊や東ドイツ統一に続く東欧諸国の自由化で多くのユダヤ人がイスラエルに押し寄せた1990年前後から、パレスチナへのイスラエル入植地建設が活発化しました。


ガーナ北部の家。
私たちもガーナで暮らしていたとき、四角いの丸いのいろいろな土の家を見ました。
左の写真の後に積み重ねてある土の壺は収納です。大切な服、種籾など、壺はいわば引き出し代わりです。


マダガスカルの家。
都市なのか農村なのかわかりませんが、家が日本並みにくっついているのがおかしい。マダガスカルは人も、動物も、植物も、何だか興味を惹かれる土地です。

『土の家」には、イエメンの高層建築や、マリのジェンネのモスクなど、造形的にすぐれたアフリカ各地の家や建物のほかにも、メキシコやネパールの土の家などが紹介されています。


中国の土に穴を掘ってつくった家も紹介されていました。
これは素敵な写真ですが全容がわかりません。


外観の全容を知るには、Architecture without Architects』(建築家なしの建築、Bernard Rudofsky著、1964年)の写真が役に立ちます。
家はすべて土の中、地表が道路となっています。集落の回りには農地も見えます。


モータリゼーションが進んで、この地域もすっかり様変わりしたと誰かに聞いたような気もします。


人を含む生物は、地球上で土とともに生きて来たこと、そして今も土と生きていることを改めて気づかせてくれる本です。
太陽と空気と水だけでなく、土がなければ生物は暮らしていけません。土に感謝です。