2019年6月30日日曜日

Folk-toys


『Folk-toys Les jouets populaires』(Emanuel Hercik著、ARTIA)は、フランス語と英語を併記して、1951年にチェコスロバキアで出版された、郷土玩具の本です。

巻頭で、著者のHercikは、おもちゃはその土地その土地で生まれ、つくり継がれてきた。しかし今後、都市と農村の垣根が低くなり、他地域との交流が盛んになるにつれ、消えていくかもしれないし、形が変わっていくかもしれない。
それぞれのおもちゃが消えることがあったとしても、自分が残した絵を見て、いつかもう一度つくることができるという期待も込めて、おもちゃの絵を描いたと記しています。
Hercikは1919年、今からちょうど100年前におもちゃの研究をはじめていますが、当時、おもちゃは研究の対象ではないし、文化として注目する人もほとんどいませんでした。

中国で文革の時代に、見つけられれば叩き壊されたおもちゃを必死に守った人たちがいました。チェコスロバキアの社会情勢も、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、決しておもちゃを愛でることができるような安寧な生活があったとは思えません。それにもかかわらず、Hercikは、おもちゃを描き続けて、後世に残しました。

『Folk-toys Les jouets populaires』が発行された1951年当時は、カラー印刷もそう進んでいなかったし、何よりカラーで印刷するにはとても経費もかかったと思われるのに、巻頭の歴史的なおもちゃ(古代エジプトとかギリシャとか)の絵の数十枚以外は、すべてカラーで印刷されています。


『Folk-toys Les jouets populaires』には、おもにはチェコスロバキアの各地のおもちゃが紹介されています。
制作された地方が表記されていますが、ここでは省略しました。


まずは、焼き物のおもちゃから。
左は様々な笛(楽器的なおもちゃ)、右は身近な動物のおもちゃです。
笛も、動物もおもちゃも、木や土で世界各地でつくられていて、土の動物たちは、ルーマニア、ロシアなどでも、似たものが見られます。


左は市場で売られていた豚の貯金箱、右はクリスマス前に立つ市で売られた鳥のおもちゃです。


左はトウモロコシの皮の人形、ほかに、てるてる坊主のような布の人形の絵も多数載っていますが、これらは家庭でつくられたものでしょう。右は木の着せ替え人形で、ボヘミアでつくられたものです。
古いタイプの木の人形(右端)は、ジョイントが金属ではなくて皮でつくられています。
ガルディーナ地方では、関節の動く木の人形が量産され、各地に運ばれましたが、その時期と重なっているのでしょうか?


馬は身近な動物、木馬はヨーロッパ各地でつくられ、チェコでも今もつくられています。


これらは、ロッキング・ドールと言うらしい。
お母さんの腕が動いて、赤ちゃんをあやすようです。右端の女性は、腕が動いて杵で搗くのでしょう。


ままごと遊びをするときの赤ちゃん人形です。
轆轤(ろくろ)を使って削り、轆轤で絵つけもしていて、日本のこけしによく似ています。


赤ちゃん人形は、こんなゆりかごに寝かせて遊んだようです。


鳥笛や餌をついばむ鶏など、木でつくられた動くおもちゃは多彩でした。
右上の餌をついばむロシアスタイルの鶏も、チェコスロバキア各地でつくられました。
右の絵の、箱に座っている鶏はイースターのおもちゃで、底には油紙などが貼ってあり、下に垂れ下がっている麻糸や馬の毛を指に絡めてそっと引くと、鶏がコッココッコと鳴きました。
そして、この本が出版された当時、すでにこのおもちゃはつくられていなかったようです。つくるのが手間なうえに、壊れやすかったのかもしれません。


鍛冶屋のモチーフのおもちゃも、チェコスロバキア(ヨーロッパ)各地でつくられました。
木が2本あって、それを押したり引いたりすると、互い違いに動きます。

木の鶏は東ヨーロッパ、そのほかはメキシコ

私の持っているおもちゃは、2本の棒を動かすのではなく、中を通る棒を押したり引いたりするもの、金属を握ったり放したりするもの、ボクサーは、間にある突起を押したり放したりして動かしますが、これらも鍛冶屋のおもちゃのバリエーションです。


このスタイルの動くおもちゃも、中南米やアジアなど、世界各地でつくられています。
  

木のミニチュアです。右のミニチュアは木の箱に詰められていたそうです。
アダムとイブと生命の樹は、メキシコやペルーの焼きものの定番ですが、ヨーロッパのもの、しかも木でつくられたものは見たことがありません。


おもちゃ職人がつくったおもちゃばかりでなく、家庭でつくられたおもちゃも紹介されています。
左は木の葉や木の実でつくったおもちゃ、右はジャガイモでつくったおもちゃです。


くるくる回して音を出すおもちゃは一年中売られていましたが、コーンクレイクスはイースターのときだけ売られたそうです。
下の二つがコーンクレイクスだと思われますが、いったいどうやって、トウモロコシで大きな音をたてたのでしょう?

『Folk-toys Les jouets populaires』には、チェコスロバキアのおもちゃだけでなく、ロシア、ポーランド、ダルマチア、ユーゴスラヴィア、ギリシャ、スウェーデン、北シベリア、ドイツ、スイス、フランス、インド、中国、日本、ズマ(南アフリカ?)、カッサーラ(Anglo-Egyptian Sudan)、北米などのおもちゃも紹介されています。


上は、どちらもロシアのおもちゃです。


我が家にある、ロシアのおもちゃたちです。


左はポーランドの木馬、右はダルマチアの木の笛です。


日本のおもちゃには、かなりのページがさかれていました。
左は天満宮の鷽(うそ)、右は赤ちゃん人形です。
左端の赤ちゃん人形は、日本のこけしと言うよりは、ヨーロッパの人形に見えます。真ん中は、熊本県日奈久のベンタ人形ですが、手足がありません。
これらの人形は、博覧会などの時にもたらされたようなので、もしかしたら赤ちゃん遊びを想定して、ヨーロッパ向けにつくられたものなのかもしれません。


日本の人形は、子どものおもちゃでありながら、お守りの要素も持っていることが、特筆されています。お守りの意味を持たせたおもちゃは珍しいのか(中国やビルマなどにもあるが)、とても詳しく書かれています。
また、真ん中のこけしは伝統的なものだけど、左のこけしは新作こけしであること、姉様人形は女の子が遊んだものであることなど、丁寧に説明されています。
ただ、左下の猿は、5月5日に子どもの成長を祝って高く掲げられるものと、誤った記載がされていました。
説明が、こいのぼりと混同されているのです。


登り猿が、こいのぼりとともに端午の節句に飾られたことは間違いないのですが、日本全国ではなくて、宮崎県の延岡地方に限ったものでした。


本の最後の方に、新しいムーブメントと言うか、当時のチェコスロバキアのおもちゃ作家らしい人たちの作品がいくつか紹介されていました。
著者のEmanuel Hercik自身がつくったおもちゃも掲載されていて、轆轤挽きのファッション人形や、並び替えて建物や街をつくる積木も彼の作でした。


掲載されたほとんどのおもちゃは、出版当時、博物館に収蔵されているようでしたが、
チェコとスロバキアに分離した今も、チェコやスロバキアに行くとこのおもちゃたちと逢えるのでしょうか?


子どもたちのわくわく感、とくにイースターやクリスマスがどれほど待ち遠しかったことか、庶民の文化の厚みが伝わってくる、名著です。






2019年6月29日土曜日

引き出しができた

電気工事関係のものと、水道工事関係のものを入れる引き出しができました。
前板など、見えるところには杉を使っていますが、粘りが欲しい引き出しの「受け」や「箱」部分には、手持ちのSPF材(北米産針葉樹)を使いました。


左は、先日片づけたビニールハウスの倉庫にあった集成材、仮設ビニール小屋に住んでいたとき、食卓として使っていた板でした。
右は、10年ほど前に1×4や1×8材でつくってやった息子の部屋の棚の板ですが、模様替えで不要になったとのこと、分解して返してきたものです。
この二種類の材を再利用して、引き出しをつくりました。


引き出しの枠をつくり、底をつけ、底板を隠すように、杉の前面板を貼り、取っ手をつけます。


引き出しの底には、4ミリ厚の合板を使いました。


まず、収納しなくてはならないものの中で一番大きい、巻いた電線を入れる引き出しをつくります。


幅は好きにつくれますが、奥行きは決まっていたのでちょっと心配しましたが、電線をちょうど収めることができました。
これさえ収まれば、後は何とかなります。


ここまでつくった時点で、夫に引き出しにしまいたいものを集めてもらいました。


ごちゃごちゃ、雑然。
しまいにくそうな電線がたくさんあります。


水道工事関係のものは、電気工事関係のものより、いっそう雑然としています。
パイプのつなぎはともかく、ただの塩ビパイプの切れ端もあります。
塩ビパイプの切れ端は、引き出しにしまうようなものかという、素朴な疑問もわいてきます。


電気工事に使う部品の中には、数年間放置されていて、埃だらけのものもあります。でも、
「これ、捨てていい?」
と訊くと、たいていは、
「ダメダメ、使えるから」
という返事が返ってきます。


母屋と作業棟、そして門の電気工事は終わったので、スイッチボックスはもう必要ないと思いますが、
「捨てるのは、いつでもできる」
と言うのが夫の口癖、捨てるという選択肢は頭にないようです。


まっ、仕方がない。あちこちの箱から似たものを集めて、引き出しに納めます。
仕切りもつくります。


ソケットもたくさんありました。もう一軒、家が建てられそうです。


だいぶできました。


まだ、ファイル棚を覆う扉はできていないけれど、ファイルも入れてみました。
引き出しに必要な厚みをまず取ったので、ファイル棚の高さは制約されました。A4サイズが29センチだから棚高は31センチあればなんとかなると思ったのが間違いのもと、ファイルの中には31センチ以上のものがありました。
「残念、入らない!」
書類棚はもう一か所つくる予定なので、今度は高さを32センチ以上にしたいと思います。


全部収納しても、二つばかり、引き出しが余りました。
まっ、ちょうどいい大きさだったということです。


ファイル棚には扉をつけます。2枚引き違いだと1枚の扉が大きくなり、張る板も制限されてくるので4枚にしようか、どうしようか迷っているところです。
13ミリの板を横張りにすれば、2枚でもいける、たぶん、2枚に決まるでしょう。
雨は降りこまないので湿気は大丈夫ですが、ドロバチはちょっと心配です。ドロバチは隙間がなさそうなところにでも入り込んですぐ子育てをします。