2023年2月28日火曜日

素敵な板杼

2色の糸を絡ませながら、織っていくトワイニング(日本語ではもじりと言う)という技法を練習したあと、次は地を平織りで押さえながら差し糸で模様を出すスマックという技法を練習することになりました。


もともと経糸(たていと)には、順番が狂わないように、交互に棒を差してありますが、これを「綾棒」と言います。

これまでの、経糸をいちいち指で拾い、そこに色糸を巻きつけるトワイニングの練習が終わり、平織りをしながら色糸を差す、スマックという織り方を練習するために、綾棒を、平織りしやすいものと差し替えました。


1本は、経糸を1本おきに開くときに立てると、経糸の間に十分な隙間のつくれる、幅のある綾棒(Aとする)を使います。
このような幅のある綾棒を2本入れても、経糸の上下を交互に変えることは、物理的にできません。そのため、もう一つの綾には、糸綜絖(いとそうこう)をつくります。
糸綜絖(Bとする)は、もう1本の綾棒が拾ったのとは反対の経糸に、ゆとりをもって糸をひっかけたもので、糸綜絖に通した経糸を上に持ち上げたいときは、棒を持って引っ張り上げて、できた隙間に刀杼(とうじょ)を差し込んで経糸を開き、そこに緯糸を通します。


これは、幅のある綾棒Aを立てて緯糸を通したところで、糸綜絖にはゆとりがあるので、まったく邪魔をしません。


そして次に、綾棒Aをできるだけ遠ざけておいて、糸綜絖Bを持ち上げて、経糸が開いたところに刀杼(この場合は竹の物差し)を通して立てて、隙間に緯糸を通し、これを交互に繰り返します。


こうやって、差し糸(色糸)を1段手でくぐらせては、平織りで留めていきます。


ところで、幅が狭い織り機で平織りをするために、Kさんからこんな板杼(いたひ)をお借りしました。
すごい!見たことのない板杼です。どこがすごいかと言うと、板杼の中ほどに小さな穴を開けてあることです。
その昔、Kさんがスウェーデンのとある織物工房で求められたそうです。


板杼を裏から見ると、糸はこんな感じに巻いてあります。織り進むにつれて糸を杼から解いて行くのですが、


威力を発揮するのは中断したときなど、杼から糸がほどけてしまいません。


通常、幅が広いタペストリーの場合は、両端に糸をひっかけることができるようにつくられている板杼(これも北欧形)を、そして幅が狭いものの場合、指に引っかけてまとめた糸(蝶の形になるのでバタフライと言う)やあばりを使いますが、糸を巻いた板杼やあばりを持ち上げると、簡単に糸がほどけて、もつれたりして面倒なことになってしまいます。


色糸は、指でくぐらせるので、どれも杼を使わず、バタフライにまとめています。







 

2023年2月26日日曜日

お雛さまを飾りました


その気になったときを逃してはいけないと、昨日、棚の掃除を済ませてからお雛さまを飾りました。
まず、神棚の脇の天袋から雛壇を降ろしました。


板には番号を打ってあるので、その通りにビスで留めます。


出来上がりです。


緋毛氈は、母が使っていたものです。


邪魔くさいことに、猫どもが興味津々、すぐちょっかいを出してきます。


木目込み人形の10人揃い。
骨董屋玩古さんの、楽しいうんちくつきで買いました。


中野土人形の12人揃い。
中野土人形はなかなか手に入らないのですが、東京郊外に住んでいたとき、家を訪ねていらした初対面の方が、中野人形の窯元のお知り合いで、制作を頼んでくださったものです。


下川原土人形の12人揃い。
数年前に閉じてしまった郡上八幡の日本土鈴館からやってきたもの、どれも土笛になっています。


中山土人形。
学生時代に東北を旅したとき、窯元を訪ねて手に入れたものです。


我が家で一番古い紙のお雛さま。
江戸時代につくられたもの、骨董市で、まことさんが持っていらしたものです。


そして、私のお雛さま。
もとをただせば、ひな人形どころではなかった時代に生まれた私が譲り受けた、父の妹の大正時代のお雛さまです。


男雛の笏(しゃく)は、残念ながらなくなってしまいました。


今年も、なんとか飾りました。
左が私のお雛さま、右は妹の連れ合いのやすおさんの姉上の形見の木目込みのお雛さまです。


そしてこちらが土間入り口の飾り棚のお雛さま。
どのお雛さまにも、つくってくれた人、作者さんとつないでくれた人、売ってくれた人、買ってくれた母などの顔が目に浮かぶお雛さまばかりです。
あっ、そういえば稲畑土人形のお雛さまはどこに行ってしまったんだろう?まだ、子どもたちが小さいころ、窯元を訪ねて手に入れたお雛さまです。
学生時代に京都の骨董屋さんで買ったお雛さまもない!ない!
文字が関土人形の雛壇はどこ?
来年はみんな探し出してやりたいものです。天袋の中でしょうか?





 

2023年2月25日土曜日

お雛さまを飾ろう!


そろそろお雛さまを飾ろうと、土間の飾り棚に常設しているものを片づけました。


あらあら、飾り棚の上の棚の埃が目立ちます。
はたきをかけようとしたら、タマがはたきをめがけて高いところに飛び乗ってきました。障子が破れなくてよかった!
これでははたきはかけられません。掃除機で埃を吸い取って、雑巾がけすることにしました。


土間入り口と食堂の間には、雪見障子があります。


こんなふうに障子を閉め切ることもできるし、


雪見を閉めたままで、開けておくこともできます。


でも、いつも入り口がよく見えるこの形に開けています。
そういえば、小さいころ障子は毎日開け閉めするものだった。不精になってしまった私にそんなことはできません。
というわけで、閉じてある障子の向こう側の棚に目が届かず、埃がたまりがちなのです。


いつもと反対側に障子を開けて、棚を掃除します。


目盛りのついたビンがありました。
何?
すっかり忘れていました。


コルクの蓋には、三共株式會社のラベルが残っていました。昔は、医院で水薬を貰うだけでなく、水薬の市販もされていたようです。


中に入っていた木の実がまた面白い!
ビー玉ほどの大きさで、お尻に三角形の模様があります。インドの数珠にする実の一種でしょうか。


たまには障子の開け方を変えて、こちらを開けておけば埃もたまらないのにと、一瞬思いましたが、いやいや、地震で倒れやすいビンを障子で守っていたことを思い出しました。


というわけで、障子の開け方はまた元通りになりました。
結局、今朝はお雛さまは飾れませんでした。




 

2023年2月24日金曜日

タイル貼り


先週の土曜日の写真、立ち上がり部分をすべて整えた後、排水口の器具を設置して、洗い場の床を整えました。
水勾配をとっているのですが、うまくいったかどうか。下地のコンクリートはでこぼこしていたし、こて遣いはへただし、遠近両用メガネをかけていても細かいところははっきりくっきりとは見えてないし、作業場は狭いので身動きは取れないしで、仕上がりの程度も知れたものです。


下地が整って、やっとタイル貼りまでこぎつけました。
まず、角に折れ曲がったタイルを貼ります。近ごろはどこもかしこもユニットバスになって、お風呂場にタイルを貼る人などいなくなってしまったようで、どこのホームセンターでもタイル関係のものは修理用に申し訳程度に置いてあるだけです。
平らでないタイルは、ネットで探してみても、タイル製造会社ですら、ほとんど製造していません。


いやはや、重力が邪魔をする。左官屋さんはこんなことはしてないけど、メンディングテープで、何とか滑り落ちようとするタイルをつなぎ止めます。


タイルは、6×6=36枚を、丈夫な紙に貼ってあるので、裏に接着剤を塗って、貼りつけます。
こんなやり方でいいのかしら?タイルではなく壁の方に接着剤を塗って、そこにタイルを貼りつけるのではなかったかしら?
そうすれば、ただでさえ接着剤がべとべとと手やあちこちにくっついたりするのに、さらに大ごとになるので、壁や床に接着剤を塗る方法はとりません。


紙は水できれいに取り除けるのですが、くっついてないタイルがないかどうか、1日、2日置いてから紙を破いて調べてみます。
36枚のタイルは重くて、貼る作業をしているときにもたもたしていると、接着剤がほかのところについたりして、しっかりくっついてないタイルがあったりします。そんなタイルが見つかったら、もう一度くっつけ直します。


それでも、遅々として進んで、


何とかなっているけれど、もう2週間もお風呂が使えてない。


目地を埋めて使えるまでに、あと1週間で完成すればいいけれど、できるかしら?


カラン回りなどが、タイルを欠かなくてはできないところが残っています。









2023年2月23日木曜日

村上土人形


新潟県村上市の村上土人形の鯛小僧です。鯛を持っているのは、金太郎さんでしょうか?
村上土人形は、江戸時代に、愛知の大浜から村上に移住してきた瓦工が、余技につくったのが始まりとされていて、越後大浜人形とも呼ばれました。


村上市では3月の桃の節句に、町をあげて雛祭りを祝います。
旧家に飾られた人形を見ると、いわゆる段飾りだけでなく、土人形がたくさん飾られているのが見えます。


土人形のお雛さまも飾られていますが、

恵比寿大黒、布袋、大石内蔵助、尾上爺婆、福助など

人形なら何でもいいようです。
親戚や隣人たちが、女の子の初節句に一つずつ贈った人形だけでなく、家にある人形全部を飾っているのかもしれません。
新潟の旧暦の桃の節句は、厳しい冬が去り、やっと春が来るという喜びに満ち溢れていたことでしょう。


鯛小僧は、桃の節句の人形というより、端午の節句の人形だったのかもしれません。

鯛の裏側は絵つけされていませんが、うろこやひれが裏側にまで丁寧に彫られているのがわかります。


村上土人形には大型のものが多いのですが、鯛小僧は高さ9センチの小さいものです。

ちなみに、私が子ども時代を過ごした倉敷では、隣人・友人からの女の赤ちゃんの初節句への贈りものは、潮汲み、道成寺、藤娘などの、いわゆる日本人形でした。親しい間柄なら個人で、ただの隣人たちなら数人一緒に人形を選び、贈っていました。

村上土人形が大型になったのは、より見栄えのする人形を贈りたいという、人々の心が反映されたものかもしれません。

桃の節句が近づいてきました。早くお雛さまを飾らなくてはと思いながら、まだ時間が見つけられていません。