2018年6月22日金曜日

働く女性


農民美術人形のノルウェー版です。


一刀彫で、台座も含めて一塊の木から彫りだしていますが、背負子を背負った女性の背負子の紐と杖、バターをつくっている女性の棒は別の素材を加えています。


大胆でシンプルな彫り方、シンプルな絵つけですが、顔の表情だけは何故かリアルです。髪の色が顔の色より薄いのが、いかにもノルウェーらしさを出しています。
シンプルな絵つけと言っても、白に濃い灰色でエプロンやフードにさっさと描いた模様が、素敵なレースの布に見えるところは見事です。
  








2018年6月21日木曜日

オイルポット


先日の骨董市で、親方の店にオイルポットがありました。
ガソリンスタンドで、オイルを注入するときのポットだと思ったのですが、においをかいでみても、油の匂いはしません。帰ってからごしごしと洗ってみたのですが、やっぱり油の匂いは全くしませんでした。
ほかの目的に使われていたということが、あるでしょうか?
デッドストックとは思われないし.....。


わりと厚めのブリキで、接合部分など、とても丁寧につくってあります。


結びつけられていた紐がヤシの繊維でつくられていたので、ポットは東南アジアのものと思われます。


インドネシア製と見ましたが、どうでしょう?


形からして、タイ製でないことは確か、カンボジアのブリキ屋さんでは、オイルポットをつくっているのは見たことがないけれど、ちょっと雰囲気が違うかなぁ。
ブリキの厚みから、マレーシア製でもないので、インドネシア製と目星をつけてみましたが、これまでブリキ製品を見たことのないヴェトナム製の可能性も、ないわけではありません。
ただ、アルミ製品など、ほかの金属加工を見た限りでは、ヴェトナムでは、もっと薄いブリキでつくるのではないかという気がします。


右はタイのオイルポットです。
タイでは、1990年代には、都会だけでなく田舎のガソリンスタンドでも、すでにプラスティック製のオイルポットを使っていましたが、形はブリキのオイルポットとまったく同じでした。


油入れは、おもしろい。
ガソリンスタンドオイルポットだけでなく、機械油入れ、灯明用油入れ、食用油入れなどなど、どれもおもしろくて、ついつい関心を持ってしまいます。






2018年6月20日水曜日

小さな刃物

 

刃物二つ、折り畳み式のはさみと肥後守(小刀)です。
どちらも、持っていたことがあるのに、ここしばらくは持っていなかった、懐かしいものたちです。


折り畳み式のハサミはオランダのものです。


旅行したりするとき、コンパクトに小さくなるので重宝ではありますが、


小さすぎるので、行方知れずになってしまいがちです。
それに、刃渡り5センチ以下でも、今はもう、機内持ち込みは禁止されるかもしれません。


祖父母や両親は、引き出しの中に、大小の肥後守を持っていましたが、私が子どものころ鉛筆を削るのに使ったのは、もっとおしゃれな(?)ボンナイフでした。
もっとも、肥後守もよく使った記憶があります。小学校の木の机には何かしら彫りこみがありましたが、全部、肥後守を使ってのいたずらだったのでしょう。先のとがっていないボンナイフでは、そうはいきません。


刃物の背景は、本棚から見つけたポストカードの本、雑貨が色別に集められた素敵な写真集です。本棚で長いこと(20年ほど)眠っていたけれど、使おうと出してきました。








2018年6月19日火曜日

トゲ

一昨日は、日曜日なのに作業をしました。
過去にも、コンクリート打ちや上棟の日が決まっていて、やむを得ず日曜日に働いたことはありますが、日曜日がくると身体の方が完全なお休みモードに入るので、作業することはめったにありません。
6月24日の、ホールで映画の上映会までに一週間を切りました。悠々とはいきませんが、なんとか、「滑り込みセーフ」に持ち込めそうです。
というわけで、今朝はコンピュータに向かっています。


その日曜日の午後には、地域通貨「さとのわ」の面々が5人、手伝いに来てくれました。
母屋と作業棟を結ぶ電線を地下に埋め、お手洗いのタイルの隙間に小石を埋め込み、アールコブの床材の加工をし、草刈りから焚火までやっていただきました。

さて、私はというとその日の朝、右掌にトゲが刺さりました。
手袋をはめてだと細かい作業がしにくいので、建具をつくるときなどはいつも素手、トゲはよく刺さります。
右掌ですから、自分で抜くことができず、夫に抜いてもらいました。
針でほじくっていたのですが、
「深いよ。これ以上無理だなぁ」
「じゃぁ、トゲが浮き上がるまで待ってるわ」
とそのままにしておきました。人間の身体は、異物は排斥するようにできています。
ところが、昨朝起きてみると、赤くなって少し膿んできていました。
「やっぱりトゲを、もう一回抜いてくれる?」
と夫に頼むと、しばらく見てから、
「無理だ、病院へ行け」
「えぇぇ、病院?」
骨折したわけじゃない、アキレス腱が切れたわけでもない、たかがトゲで病院に行くなんて、なんだか後ろめたい気がします。めどがついたとはいえ、今度の日曜までの限られた時間の中で、病院に行く時間がもったいない気もします。
そこで、そのまま作業をしてみましたが、トゲをかばいながらはまどろっこしく、仕方なく病院に行きました。
いやはや、月曜の朝とあって、病院は混みに混んでいます。
病院は、院内感染を防ぐのが大変だし、患者は押し寄せるし、薬はどさっと渡さないでちまちまと渡すようにというお達しもあるみたいだし、小さい病院なので番号札を掲示板で知らせるなど新しい設備を導入すると費用はかかるし、経営も大変だなぁと、余計な心配をしながら待つこと二時間弱、やっと名前を呼ばれて処置室に入り、院長先生自らの手でトゲを取っていただきました。
院長先生は、レンズの真ん中に小さなラッパのようなものがついた、おかしな眼鏡をかけて、細いストローを斜めに切ったようなメスで、トゲを取ってくれました。その姿がおかしくて笑いたくなりましたが、笑っている場合ではありません。トゲごときで忙しい病院をもっと忙しくさせてしまいました。


しかし、トゲを抜いてもらって正解だったかなぁ、道具をしっかり持てるので、助かっています。






2018年6月16日土曜日

扉づくり

このところ、ひたすら、作業棟のホールの扉をつくり続けています。


余っていた材を使っていて、建具用の材ではないので、木目も詰んでなければ、節もたくさんあります。


虫も喰っていれば、割れ目も入っています。
たぶん、乾燥させているうちに、細くなりすぎたり、割れが入って梁として使うには強度的に劣ったりしたので、ほかの材を使ったのかもしれません。そのあたり、すっかり忘れています。
  

扉は8枚ですから、縦材が8×2で16枚、横材は8×3枚で24枚。合計で40枚です。
この材木を、八溝山で伐っていただいたのは2011年の地震の直前でしたから、もうすっかり乾燥しているはずですが、重い材と軽い材があります。


それをひたすら加工しています。


扉の上の横材には、吊り戸にするための加工をしました。
もっと簡単に吊ることができますが、隙間が空きすぎて、風や虫が入ってくるので、できるだけ隙間を開けないようにするために、こんな細工になりました。
この穴に指を入れて、ナットを閉めるのです。机上での作業はそう難しいものではありませんが、吊り金具はすでにセットしてあります。


吊り金具をレールから外すことはできますが、大きな扉をつけてからだと、その扉を入れることができません。そのためこんな細工をしておいて、扉を立ててから上を向いて作業することになります。
扉の高さは、隙間を小さくするために下端もギリギリですから、いずれ扉を入れるときは、四苦八苦するものと思われます。


さて、手持ちのクランプをバラバラにしました。
というのも、クランプはパイプの長さが110センチのものと、138センチのものしか持っていなかったので、


200センチのパイプだけを買い、それに、手持ちの金具を装着することにしたのです。
 

というわけで今日、最初の一枚を組み立てられるところまで漕ぎつけました。
下は板張り、上は後からガラスを入れます。








2018年6月13日水曜日

梅雨の晴れ間

 

晴れた日に楽しめる、母屋のガラスに映った屋根瓦です。
屋っと晴れてきました。




2018年6月12日火曜日

目薬ビンなど


マリンブルーがきれいな目薬のビンです。
片側に「上スワ」と、もう片側に「井ゲタ目薬」と陽刻が入っています。十年近く前にまとめて発掘されたとか、それから、いろいろなところに出回ったらしい目薬ビンです。


この目薬ビンには点眼用のスポイドがついていたので、ビンの一部にくぼみをつくってあります。


ところで、
「目薬ビンは何本か持っていたよなぁ」
と埃だらけの棚を開けてみて、まったく勘違いしていたことがわかりました。


持っていたのは仁丹のビンでした。
そうそう、目薬ビンは立てることができないものが多いので、飾り方がわからないからと、骨董市などで見かけても買ってはいなかったのでした。
仁丹ビンは、さわださんに勧められて買ったものの、立たない(立ちにくい)ので、ばら売りの絵の具の、店舗用陳列棚に入れていますが、長いこと中を見てもいませんでした。

この棚は、セットになって箱に入っている絵の具の、なくなった色だけばらで売るために、文房具屋さんに置いてあったものですが、いまでもあるのでしょうか?
小学校低学年はクレヨン・クレパスで、絵の具を使うのは高学年になってからだったと記憶していますが、肌色や灰色をつくったりするため、白が一番早くなくなり、いつも白を買い足さなくてはなりませんでした。


さて、目薬ビンは、ちゃんと立つことができるビンだけありました。


ばら売り絵の具の陳列棚の中には、底の広いビンも紛れ込んでいたので、そんなビンは窓ガラスのところにつくった棚に移すことにしました。
というのも、まだところどころ、空きがあったからです。


安定感のあるこの二つは文句なく移動です。
左のインクビンはテンペイインキ、天平文房具製作所のものです。そして右はブリキの蓋にSANTONIN TABRETSと陽刻があります。日本新薬株式会社がつくった回虫駆除の薬が入っていたようです。


左は、陽刻がとっても薄いのですが、「紅清製」と読めます。
昭和20年代の食紅のビンらしい。となると、真ん中の「浅野製」も食紅のビンでしょうか?
右は陽刻が薄いのですが、「間行(?)病院」と読め、病院の薬瓶のようです。


このビンも移しましたが、つくり方からして、イギリスのビンだと思われます。
口を切っただけでギザギザなビン、イギリスのインクビンなどによくある形です。


立たない仁丹ビンはそのままです。


なんだか懐かしいビンも見つけました。
ソマリアの片田舎、ルークの市場で1980年代の終わりごろみつけたビンです。イタリア製でしょうか?
そして入っていたのは、化粧水か香水あたりでしょうか?


そしてこれも懐かしいビン、1990年、まだ鎖国中だったラオスの片田舎の市場で買ったビンです。
こちらも化粧水か香水、そしてビンはフランス製ではないかと思われます。
この二つは、立ちますが地震が怖いので、絵の具棚に残しておきました。


というわけで、何本かのビンがいつも見える、食卓の上の棚に移動しました。
真ん中の段の右の枡の中、蚕ビンが一本入るように空けてあります。
同じ形で色違いのビンがあるから、そのビンのために空けてあるのですが、出逢うかどうかわからないし、出逢っても見送るかもしれません。