2017年4月23日日曜日

アールコブ


スイッチやコンセントをつけるための袖壁ができたら、次は腰壁です。
両側にほぞ穴を開けて、ほぞをつくった梁材を下から叩き入れました。
上が全部窓になると勘違いして、柱を傷つけまいと下から入れたけれど、西側も細い袖壁になることを、途中で思い出しました。
無駄な労力を使ったものです。掛矢(おおきな木槌)で、梁を叩き上げるより、叩き下ろす方がずっと楽だったのでした。


それでも、梁が入りました。
太さが適当な材を見つけて長さに切ったとき、杉ではなくてヒノキだったことに気づきました。
土台を除いては杉を使っているので、ちょっと気になりますが、夫は、
「かまやぁしねぇ」
と言います。まあ、そのうち色も馴染むでしょうか。

ところで、中に見える窓サッシは、母屋をつくったときサッシやさんが寸法を間違えてつくり、のちに正しい寸法のものをつくり直してくれたので余ったものです。
何とかこれも使いたいと思いましたが、どうにも収まりようがなくて、使えませんでした。


腰壁には、間柱を入れて、板を張りました。


袖壁の電気配線が終わったので、袖壁の外側も張ります。
 

中から見たところです。


ここは、メインホールに面した小さなくぼみで、アールコブになります。
西側(左)の壁を張り終わって、北側(奥)の壁を張っているところ、だんだんアールコブらしさが出てきました。


北側の壁は、分電盤を設置しているので、電気コードがたくさんあります。


いったいどこにつながっているのでしょう?


さて、内側の壁を全部張り、窓の西側にも小さな壁をつくります。
窓も、窓枠をつけるはずなので、外側(開口部側)から打ち込んで、梁に傷をつけてもよかったのですが、一応、内側、つまり壁になる方に溝をつくって打ち込んだので余裕がなくて、ジャッキを使って押し広げたりして苦労しました。
でも、出来上がってみると、窓の方はまったく傷がついていないという気持ちよさがあり、苦労は報われます。


袖壁をつくる理由は、西側の壁全体を本棚にするので、ガラス窓は途中まででいいからです。


天井も一部張り終わり、照明もついています。


このアールコブは、床もちょっとあげます。
夫の本もやっと日の目を見るというわけですが、はたして本たちは無事でしょうか?







2017年4月22日土曜日

ティンガティンガ


母屋の二階のお手洗いのドアには、タンザニアのティンガティンガのネームプレート(ルームプレート)をはめ込んでいます。

ティンガティンガとは、合板にエナメルペイントで、一枚一枚手描きしたもので、タンザニアの首都、ダルエスサラム郊外のティンガティンガ村には、何人もの画家さんがいて、制作をしていらっしゃいます。
大作は見事ですが、お土産物用として、ほんの息抜きに、ちゃっちゃと描かれたかもしれないネームプレートもまた、力が抜けていて楽しいものです。


このネームプレートは、アフリカ雑貨店「バラカ」のネットショップで扱っています。
絵を選ぶと、10文字以下なら、ひらがな、カタカナ、ローマ字で、ステンシルを使って名入れをしてくれます。


新しい作業棟のお手洗いにも、ティンガティンガのプレートが欲しいと思ってお店をのぞいたら、最初の購入から十年も経っているのですが、嬉しいことに取り扱っていました。


小さな板きれの中に、広大なアフリカの台地が広がっているようです。





2017年4月21日金曜日

単管バリケード


道路工事しているところで見かけるこれ、正式名称は単管バリケードというそうです。
いろいろなのを見かけますが、当たり前ですが車に乗っているときに道路で見かけて、しかも工事をしているので、片側規制になったり、混んでいたりして、とても降りて写真を撮るという雰囲気ではありません。
  

地域によって、いろいろなバリュエーションがあるらしいのですが、水戸黄門の単管バリケードは茨城県にしかないだろうと、狙っているのに、なかなか撮るチャンスが訪れません。
この雨の日も、水戸黄門を見つけたのですが、カメラを出しているうちに、熊になってしまっていました。
熊は延々と続いていましたが、水戸黄門はほんの数体だけでした。
  

ただの色がついたものより和むのは、みんな「目」がついているからでしょうか。
アヒル、うさぎ、キリン、コウノトリ、イルカなどの動物、キティちゃんも見たことがありますが、いったいどのくらいのバリュエーションがあるのでしょう?


ちなみに、ネットで見て一番気に入ったけれど本物を見たことがないのが、シーサーの単管バリケードです。
見たいなぁ、こんなの!

ブログ「変な棒」より

そして、こんな写真も見つけました。
猫の単管バリケードのお腹と頭の上のパイプが、ちらっと見たとき、目が悪いせいもありますが、なんだか子猫が登っているように見えました。





2017年4月20日木曜日

紙のおもちゃ

先日の骨董市で、おもちゃ骨董のさわださんが、もとは駄菓子屋さんに置いていたであろう、台紙に二十枚くらいも綴じつけてある、写し絵を持っていました。
写し絵とは、模様ごとに切り取って、水にぬらして、ノートの表紙や、叱られながらも机や椅子、そして手などに貼りつけ、しばらく置いてからそっとはがすと、その絵が、貼りつけたところに移るおもちゃで、小さい頃はよく遊んだものでした。

写し絵は懐かしいし、絵柄もなかなかいいのだけれど、全部めくれ癖がついています。
「アイロンかければ直るよ」
「そう?」
「ばらにする?それとも全部まとめて買う?」
「紙ものはなぁ。飾り方が難しいんだよね」
「額に入れたら?」
「そうだけど、うちはほれ、壁がないでしょう」
そう言うと、わきに立っていた、いつもさわださんのところで油を売っているおじさんが、黙って、「壁がない家とはどんな家なのか?」と、密かに考え込んでいたみたいでした。

しばらくして、突然そのおじさんが、
「あっ、壁がないってことは、壁がもう何かでふさがっているってことか」
と叫びました。
いったい、頭の中でどんな家を想像していたのでしょう。

さわださんは、私が写し絵を買わないとなると、着せ替えを勧めてきます。


わぁ、いつにも増して、古めかしい着せ替え!
紙が悪くて、着せ替えなのにぺらぺら、「かわいい」の基準が、今の「かわいい」とは全然違います。
「オネエさん」も女の子も下駄をはいているうえ、着せ替え用の衣装は、買い物袋を提げたねんねこや学生帽、そして小道具は箒や火鉢です。
どう見ても、1940年代から50年ごろまでにつくられたものです。
「500円!、400円でいいや」
「紙ものはなぁ.....」
と言いつつ、絵柄に惹かれて、買うことにしました。

袋に入れてくれている間、油を売っているおじさんと話していると、さわださんは、また私に売りつけるものを見つけたようでした。
「これもどう?三枚全部まとめて1000円でいいや!」
「なにこれ?かるたなの?」
「じゃないんだけどね」
「まっ、いいわ、まとめてもらうわ」
というわけで、手にとって見もしないで、紙を増やしていまいました。


家に帰ってから、初めてじっくりながめます.
「月」と「干支」の組み合わせで、干支の名が入って、点数がついています。一枚ずつ切り離して、神経衰弱のようにして、絵合わせして遊んだのかもしれません。


うちの一枚は、色も絵もそこそこ面白い。郷土玩具もふんだんに入っています。


四段目にあるのは、江戸のおもちゃ、虎のぴいぴいです。
おもちゃ好きの画家さんだったのでしょう。
 

子どもたちは、駄菓子屋でこれを買って、友だちと、そしてお正月などには、お母さんやお父さんにせがんで、一緒に遊んだのでしょうか?
  

上の一枚に比べると、こちらは漫画っぽくて、絵に情緒がありません。


でも、それも個性。大笑いしている犬の顔を見ていると、絵が下手なのもご愛嬌に見えます。
また、邪魔なものが増えてしまいました。







2017年4月19日水曜日

棕櫚の帽子


骨董市で水屋さんが持っていた帽子です。
棕櫚で編んだ、雪除けの帽子、マタギの人たちが山に入るとき被ったものです。


帽子のてっぺんで、棕櫚の繊維のかたまりを、平織りのように組み合わせ、


繊維を小分けして、途中で足しながら、黒い紐をからませて編んでいます。
黒い紐も、棕櫚でしょうか。


そして、頭が隠れるほど編んだら、別の棕櫚を足して、肩に雪がかからないよう密に、棕櫚の「房」をたらしています。
美しい仕事には、ほれぼれと見入ってしまいます。


顔の上に当たる部分には、棕櫚の房を逆さに向けて編みつけてあります。
頭上に落ちた雪が、顔に落ちてこないよう、工夫されているのです。


内側には藍木綿で裏打ちしてあります。
綿の入った紐を両脇にたらし、あごの下でそれを結びつけます。

しんしんと雪の降る夜の囲炉裏端で、男性が帽子を編み、それに女性が裏をつけていたのでしょうか?
もう、永遠に消え去った光景です。


籠の上に、漁の浮きを置いて、帽子を被せてみました。
これを被って、険しい雪の山の中を、藁沓でさっくさっくと熊を追って歩を進める男たちの姿が見えるようです。


ネット検索してみると、マタギにもいろいろな帽子があったようです。
越後三面(みおもて)の帽子は、こんなでした。


そして、秋田阿仁の帽子は、やはり棕櫚でできているようですが、形が違います。
いずれにしても、雪山の中で動きやすい服装が選ばれたのでしょう。

映画、『越後奥三面 山に生かされた日々』を見たとき、雪が降り積もった山に熊を追っていく男たちが、
「やっぱり、雪はええなぁ」
とつぶやいていたのを思い出します。


それにしても猫のトラ、追っても追っても舞い戻って乗り、最後にはとうとう叱られてしまいました。






2017年4月18日火曜日

木彫りの穀物匙

日本では、穀物をすくう匙は、まったく発達しませんでした。
というのは、一升升、五合升、一合升が、ほぼどの家庭にもあって、それを穀物匙代わりに使っていたからです。

もちろん、どんな社会にも定められた度量があり、度量升や度量桶などが使われてきました。
それでも多くの地域で、穀物匙が、秤と併用されるなどして、使われてきました。


木のかたまりを刳り抜いてつくった穀物匙は、左からインドネシア、同じくインドネシア、中国少数民族(民族グループ名は不明)、そしてフィリピンルソン島のイロカノのものです。
 

中国の少数民族の穀物匙は松、熱帯の匙たちは、タマリンド製でしょうか。

タシュケントの市場

近年では、アジアでもアフリカでも、穀物匙の代わりに、度量升としてよく空き缶が使われています。
空き缶に摺り切りとか山盛りとか計って売るもので、最後にちょっとだけおまけをしてくれることも、どこの市場でも共通のものかもしれません。



ブリキの穀物匙は、大小たくさんあるのはカンボジア、細長いのはパレスチナ、手のついているのは、どこのものだったか、忘れてしまいました。





2017年4月17日月曜日

似た匙


その匙を見たとき、あまりにもモロッコの匙と似ているので、びっくりしました。
スウェーデンの匙です。


色の白い方が、モロッコの匙です。
偶然の一致ということがあるでしょうか?
それとも、歴史の中で、どちらかがどちらかの真似をしたのでしょうか?
あるいは、スウェーデンの匙と思われていたものの、実際はモロッコの匙がスウェーデンにもたらされて伝わっていたという可能性も、ないわけではありません。


以前紹介したことのあったモロッコの木の匙は、オレンジの木でできています。


スウェーデンの匙の素材はわかりません。
匙の部分がお椀形をしていると、このような柄のつき方が、もっとも自然というわけではないでしょう。
 

お椀形の匙でも、いろいろな柄のつき方が見られます。


こちらは、コートジボワールに住むバウレ人の匙です。


フィリピンの北ルソンのイロカノ人の匙と似ています。


偶然の一致でしょうか。
コートジボワールのバウレと北ルソンのイロカノ。あまり接点が見つかりません。
 

似ているといえば、ヨーロッパの木の匙(を真似て日本人がつくったもの)と韓国のスッカラも、よく似ています。


また、調理用の匙ですが、イギリスの匙とジンバブエの匙もそっくりです。

もちろん、ヨーロッパの匙の方が先だったとは言えません。
ヨーロッパで、匙が普及したのは17-18世紀になってからで、ナイフ、フォーク、スプーンのセットで食事するようになったのは、19世紀ごろと言われています。


バウレの匙には、素敵な模様が彫られています。