重い箕を扱いながらスカート姿の女性、しかし、20世紀初頭までのヨーロッパには、女性にはスカート以外の選択肢はなかったようです。
![]() |
| 『世界の籠文化図鑑』より |
スペインのムルシア地方で、蚕のために桑を摘む女性たち。
脚立に上るとき降りるとき、スカートはすごく邪魔、裾を踏んだりすると危険な目にあってしまいます。
![]() |
| 13歳のとき、メアリー・アニングは魚竜化石を発見した。『メアリー・アニングの冒険』より |
さて、メアリー・アニング(1799-1847)は、「天地創造」が生命の起源とされていた時代を終わらせ、博物学から出発した地質学、古生物学が誕生した19世紀のイギリス・ヴィクトリア時代に、イギリス南部のライムで、少女時代から数々の化石を掘り当てた人です。
メアリー・アニングの化石発見は、その後恐竜学の扉を開く礎となり、ダーウィンに『種の起源』執筆を促し、世界中の人々の生命観を大きく変えました。
学者たちや国内外の博物館に頼まれて、化石を掘ることで暮らしを立てていたメアリー・アニングに触発されて、たくさんの人たちが化石探しを目指しましたが、引き潮時でさえ波も荒い危険な崖地で、命を落とした人も少なくありませんでした。
![]() |
| ロンドンの自然博物館に飾られたメアリー・アニングの肖像画、『メアリー・アニングの冒険』より |
上は、メアリー・アニングの肖像画です。
滑りやすく、地元の人でも命を落とすような岩場に行く服装としてはかなり不適切な姿、想像しただけで背中がぞくぞくしてしまいますが、当時は宗教上の禁忌などもあり、これ以外の服装は考えられなかったのでしょう。
![]() |
| 『百年前の日本』より |
それに比べると、日本には少し自由があったようです。田の草取りの女性たちは着物を短く着て、脚絆を巻いています。
もっともこの写真は、モース(1838-1925)の写真で、モースは19世紀末から20世紀にかけて日本に滞在していたので、メアリー・アニングの時代とは50年以上違うので、単純に比較はできませんが。
モースの写真には、女性が着物の下に股引を履いているものもあります。やがて昭和も戦後になると、着物を短く着てその上からもんぺをはき、さらに脚絆を巻く姿になって、もっと機能的になりました。
『メアリー・アニングの冒険』(古川惣司・矢島道子著、朝日新聞社、2003年)の表紙はサウスケンジントンにある自然史博物館の写真です。
メアリー・アニングが掘り当てた首長竜のプレシオサウルスの標本の下に飾られたメアリー・アニングの肖像画に見入る少女は、メアリー・アニングが初めて魚竜化石を発見した13歳と同じくらいの年の少女でしょうか?
200年の時を経て、こんな姿でいられるのは、おそらく生命観が変わったことと深く関係があることでしょう。






0 件のコメント:
コメントを投稿