かつて、山岳に住む人々を総称して、英語ではHilltribesと呼んでいました。しかし、Tribeは、「まだ文明を持っていない部族」という蔑称ですから、ずいぶん前から使われなくなり、Hillsと呼ぶようになっています。そして、個別の民族グループを呼ぶ時には、ヤオ人を指す時は単にYao、モン人を指す時には単にHmongと呼びます。
ところが、日本では、いまだにずいぶん無神経に「族」という言葉が使われています。
例えばこの本の原題は、『LAO MIEN ENBROIDERY』、ラオスのミエンの刺繍というものですが、ミエンという言葉は日本人に馴染みがないので、ヤオに置き換えるのはいいとして、山岳民族に造詣の深いと思われる訳者が『ヤオ族の刺しゅう』という題名にしているのは、とても残念なことです。
前置きが長くなりました。
パキスタンの北部ペシャワールよりさらに北、アフガニスタンとの国境線に住む、山岳民族の木彫りのボウルです。
タイなど東南アジアの山岳民族は、高々数百メートル、高いところでも1000
メートルくらいのところに住んでいるので、Hills、直訳すれば丘陵民族という呼称がぴったりですが、パキスタンの山岳民族は2000メートルくらいの
ところに住んでいるので、Hillsではなく、Mountain Peopleです。
木は、繊維に沿った方向であれば、薄くしても強度を保てますが、繊維を断ち切る方向では、ある程度の厚みを残さないと、強度が保てません。ところが、このボウルは、その危険を知りながら、やっと形を保てるくらいに、深く、深く彫り込んであります。内側が、底に沿うように、平らに削られているのです。
おそらく、薄く削った軽いボウルをつくることができる人は、社会の中で賞賛のまなざしで見られたことでしょう。そのため、より薄く削られるようになったのではないかと、推察できます。
ボウルは水、乳など液体を入れたものだと思われますが、他にも穀物や、果物などあらゆるものを入れたのかもしれません。
取っ手がついていないボウルもあり、ついているものもあり、取っ手に蔓で編んだ輪をつけて、ぶら下げやすくしたものもあります。
割れ目が入ったボウルは、ラタンで修理してあります。
行ったことがない土地なのでわかりませんが、ラタンはもっと低地で採れるので、交易によって手に入れた、大変貴重なものだったのでしょう。
内側には、漏れ止めに樹脂のようなものを塗ってあります。
どの家でもこのボウルが必需品だったと見えて、おびただしい数のボウルが遺されているようです。
地球上のどこででも、人々はその土地その土地で手に入る材料である、瓢箪、竹、木、土、金属などを加工して、営々と器をつくり続けてきました。ところが、1960年代以降、地球は狭くなり、大量生産品が隅々まで浸透してこれらを凌駕し、伝統的な生活や道具は、地球全体から失われていきました。
残念ながら、パキスタン高地でも、今では木のボウルは、全部プラスティックにとって代わられてしまったようです。
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