『乙嫁語り』(森薫著、角川グループパブリッシング)は、中央アジアの生活、とくに女性の生活、「嫁」に焦点を当てて描かれた漫画です。
「あとがきまんが」によると、著者は中学生くらいのときに中央アジアにはまったらしいのですが、7巻を執筆し終えるまで、中央アジアには一度も行ったことがなかったということに、驚かされます。資料に当たっただけで描いたとは思えないほど、結婚式の準備、家畜を屠る場面、村の佇まいなど、こと細かく、豊かに描かれているからです。
物語は十九世紀、カスピ海周辺の地方都市に住む12歳のカルルクと、北方の遊牧民の娘20歳のアミルが、政略結婚によって結ばれるところからはじまります。
カルルクは年の離れた末っ子で、祖父母、父母、結婚している長姉夫婦、4人の姪甥たちと暮らしていますが、この家には、イギリス人の探検家(民族学者)スミスも逗留しています。
スミスの関心に沿うかたちで、物語は生活の細かい部分にまで広がっていきます。
カルルクの家に逗留していたスミスはやがて、別の場所へと旅をし、スミスの旅先で出会う人たちを通してまた、別の地域の暮らしも紹介されます。
細かく描き込まれた絵から、家の建て方、職人さんの仕事、食事の準備などなど、中央アジアの生活がたっぷり味わえます。
中央アジアのたくさんの地域で、娘たちは小さいころから針を持ち、花嫁衣裳からシーツ類、小物類など、刺しゅうを施した布をたくさん準備しないと、結婚できませんでした。
それは、大変な作業でしたが、より美しいものをつくるという、創造の喜びも伴いました。
裁縫が苦手な少女たちも、「誰かを思い浮かべてつくる」、「難しいものに挑戦する」、ことなどを繰り返していくうちに、布仕事の楽しさを知っていきます。
民族衣装は、表紙だけでなく、本文にも素敵に描き込まれています。
このカスピ海のほとりの双子の姉妹は、普段着として、見事なアトラスを着ています。
そして、たくさんの刺繍の施された、袖の長い結婚衣装。
もと遊牧民の娘アミルは、婚家で幸せに暮らしていますが、アミルの父親が族長を務める民族グループでは、北方にロシアが領地を拡大しようと入り込んで家畜の放牧地が狭められる中、ならず者の有力者ヌマジにアミルを嫁として差し出して、関係を結んで牧草地を確保しようと、アミルを取り返しに来ます。子どもが生まれていない間は、正式な婚姻が成立していないものとみなされていました。
それを村人が団結して追い払いますが、カルルクの祖母が弓を使って活躍します。
カルルクの祖母もまた、北方の遊牧民族から街場に嫁入りした人で、弓も使えたのですが、これまではそれを一切封印して暮らしてきました。
それが、アミルを取り戻す使者が来たときも、その後、村全体が襲撃されたときも、その嫁入り道具だった古い弓を取り出して立ち向かい、村の平和を守ります。
カルルクの祖母はまた、かつては山羊乗りの名手でした。
幼子が誤って岩場に迷い込んで、誰も助けることができず困っていた時、おばあさんは山羊にまたがってさっそうと助けに行きます。
さて、第1巻の発行は2009年、第9巻の発行は2016年です。
早く成長したい、弓の名手で、獲物を易々としとめてさばいて料理し、裁縫もうまくて、カルルクの刺繍入り服や帽子をつくってくれるアマルに見合った、立派な大人になりたいと思っているカルルクは、9巻が終わったところでまだたったの13歳。物語の始まりから7年もかけて、やっと1歳年を取っただけです。
この、中央アジアの生活にふさわしい、悠久の物語がいつまで続くのか?
カルルクが成人するまで続くと思うのですが、いつになることでしょう。それまで、たっぷりと中央アジアの生活を楽しめます。
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