昨日、福島県双葉町から、つくば市に避難されている方たち八名がいらっしゃいました。
昨年、夫が知人に頼まれて、双葉町からの人たちに話をしたのですが、「みんな、あなたたちに同情するばかりだろうけれど、それに甘えていてはいけない。聞けば、パチンコとお酒とテレビに溺れているそうではないか。はやく自立の道を見つけなければ、アメリカ先住民のようになる」と、辛口の話をしました。すると、「よく言ってくれた」と賛同してくれた人たちがいて、今回の訪問へとつながりました。
花の話などもしましたが、やはり気がつくと原発や津波の話になっています。
福島第一原発の北側で、その地域だけ放射線量が低いところがあるそうです。
「どうしてあそこだけ低いんだ?」
「津波で洗われたからよ」
そんな話に、私は思わず口を挟んでしまいました。
「えっ、1号機が爆発したのは3月12日でしたよね。3号機は3月14日だし、津波より後でしょう。津波で放射能が洗われたってどういうこと?」
「それがね。地震が起こった時、1号機は爆発したの。ちょうど、地震の被害がひどかったところで炊き出しのおにぎりつくっていたんだけど、「逃げろ」って言われて、おにぎりもそのままで、みんなで逃げたのよ」
「取材されたら、誰もが3月11日に1号機が爆発したと、取材している人に話すんだけど、どこも書いてくれなかったのよ」
「青い光が出ていて、息子が雷かなぁって言ったんだけど、雷みたいに稲妻になってないの。それはメルトダウンの光だったらしいよ」
「その日は西風が吹いていたのよ。道がガタガタに壊れていたから四輪駆動の軽トラックで逃げたんだけど、後で計ったら車の片側、風があたった面だけすごく線量が高かったんだよ」
「東電は3月12日に爆発したことにして発表して、みんなで違うでしょうって詰め寄っても、黙り込むばかりで」
知りませんでした。
地震で爆発したのに、次の日に爆発したとして発表したなんて。
思い出せば、あれは2011年3月20日ごろでしょうか。事故の顛末がどうなるかわからず、一時避難先で毎日食い入るようにテレビを見ていた日々、NHKのアナウンサーがメルトダウンという言葉を使ったら、「専門家」と称する人が、
「軽々しくメルトダウンという言葉を使わないでください。水素爆発とメルトダウンは別物ですから、厳密に分けてください」
と言いました。実はメルトダウンだったとされたのは、もっと後のことでした。
知っていたのか、知らなかったのか、原発で食べていたその専門家の名前を覚えておくべきでした。
「4号機は危ないんでしょう?」
「危ないよ。知り合いで働いている人がいるんだけど、コンクリートを流しても流しても、水が抜けていて、水抜けは止まらないと言ってた。見たら燃料棒のカバーがゆらゆらしていたんだって。いつ爆発してもおかしくないって」
燃料棒は、水で冷やしていないと高温になり、たちまち爆発してしまいます。事故現場で働く人は、被曝が危ないので、一週間に二日しか働けないそうです。
「爆発したら日本全体が住めなくなるって話ですね」
「そうよ。だから、私もパスポート取ったのよ」
「えっ、パスポート取ったの。取ったって、今日本を出なきゃ、爆発したら出られないでしょう?」
「そうよね。大混乱よね」
「自衛隊の基地、このあたりだったら百里基地に逃げるといいらしいよ。シェルターも食料もあるらしい」
「だって、爆発しても「してません」と言うくらいだから、基地に行ったって、「なんでもありません」と言って追い返されちゃうでしょう?」
「そうかもね」
背筋が寒くなります。
経済立て直しなんて言っている暇がどこにあるのでしょう。
地震の前、住民アンケートの「原発反対」に丸をつけると、東電から頻繁に人が訪れ、そのつどアンケートをやらされたそうです。
「どうしたら、うるさく来なくなるの?」
と他の人に聞くと、
「賛成に丸をすればすぐ来なくなる」
と言われ、うっとうしいから丸をつけたという人がいました。最後まで丸をつけなかった人もいました。
「前に進もう、と思いながら、やっぱり引きずっている」
と言う、彼ら、彼女ら。
少なくても30年は帰れないと思いながら、絶対帰れないと割りきってしまうのは、まだ難しいようでした。
「ぼくたち『東京新聞』を取っているけれど、今朝、蝶の奇形が出てるとか、猿の白血球が減っているって記事が載っていたよ」
と夫が言うと、みんな口々に『東京新聞』だけが、原発事故のことを報道し続けている、と言います。
原発事故のことを包み隠さず書くと決めたらしい『東京新聞』、ずいぶん圧力もかかっていると思いますが、最近では発行部数も伸びているとのことでした。
一社でもそんな新聞社があって、ほっとします。
私たちが安心して暮らせる日は、いつかくるのでしょうか。
6 件のコメント:
春さん本音と建前が昔からありますね、
私は中学に行かず高等小学校卒業即〇〇省に入りました。
「レクチャー」と言って毎日の記者会見には情報を流しますが、(当時ですから世界の情勢と戦況の話です)
「オフレコ」と言って絶対記事にはできない鉄則です。
遠まわしで書いたのが「竹槍事件」です。
今の問題でも同じで真相はわからないでしょね。
昭ちゃん
隠してどうなる?誰が得をする?
菅総理は事故直後に原発ゼロを目指すと言って早々に降板させられてしまいました。民主党が割れたのも実は消費税論争ではなく、4号機の取り扱いについて割れたのが真相と聞きました。
あとでばれてもなんとかなる?なりません。相手が放射能では...。大きな地震が来ないことを祈っているだけでは、はがゆいですね。
6月1日 10:00~茨城県民文化センターにて、元東電社員Akihoro Yoshikawa さんの講演会があります。
現在は東電を退職され原発で何が起こっていたのかなど、表にはでない様々な真実を語っておられます。また、現場に残り
過酷な条件の中で作業をされている方のためにも活動をされています。一人ひとりの人間が正しい知識を持ち、原発を強く意識しなれけばならない時です。人任せでは済まされない現状が押し迫っているのですから。よしかわさんのブログはこちらです。http://1031ryota.blog.fc2.com/
hattoさん
以前アドレスをうかがってからブログを見ていますよ。人が集まれる会場を探していらっしゃったことも知っています。でもたぶん聴きには行かないだろうと思います。
世界には危険と隣り合わせに住んでいる人が大勢います。私たち夫婦にとってはシリア、イラク、パレスチナ問題は福島と同等、あるいはそれ以上です。あんまり福島だけ強調されると、へそが曲がったりします(笑)。ごめんなさい。
だいたい、ボストンマラソンに爆弾が仕掛けられた日に、イラクでも爆発があって、大勢死んだのにそちらは報道されないで、ボストンの方は現場中継までやっている、「どうして?」なんて、腹が立って。最近のイランの地震もほとんど報道されていません。同時代に同じ地球上に生きる人たちなのに。
東海第二原発を廃炉にする裁判の原告団の一員になっているのですが、一度集会に行ったら被害者意識の人ばかりでうんざりして、二度と行っていません。
もっと経済が縮小しても健康な生活を選べないのは、国や東電のせいより、私たち一人一人の意識のせいです。生活を変えて、経済小国に甘んじる以外、解決はないと思っています。
ごめんね、こんなこと言って。自分も欲望人間ですが。
春さん、私も同感です。福島だけを誇張した考えではいけません。どこも(世界中)同じに目を向けていたいです。講演会などは、やはりそういう傾向にあるのでしょうね。そういう現場に身を置くとげんなりします。被害者であっても、そうでなくても多方向から様々な角度で思考することが大切です。こうなる以前から解っていた原発事情なのですし。よしかわさんの御紹介は、ここを訪れた人にもと思い再度、掲載させていただきました。あしからず。どうぞ、お気になさらず。 話は変わりますが、春さんのネギ坊主の天麩羅を知ってから、近所の畑のネギ坊主がおいしくみえて仕方ありません(笑)しかし、勝手に取ることもできず畑の人が現れるのを待ってます!はやく来てくれないとひらいちゃうよ~と、あせってます。今まで、ネギ坊主がおいしそうに思ったことなてなかったのにね~ははは。スーパーでも買えないと思うとなおさらです!ぜんまい採りも何年もしてないので、やりたくてウズウズです。
hattoさん
よかった。わかってくださって。被害者であると同時に、こうなったのは誰のせいでもない、力が足りなかった自分のせいでもあるってこと、やはり肝に銘じておきたいと思います。
ネギ坊主、あんなものと思うけど、勝手にもらうわけにいきませんね(笑)。今度は植えてみることですね。ノビル坊主もおいしいそうです。ノビルは、あれば採るのは自由ですが(笑)。
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