歌川貞景絵 |
江戸時代の浮世絵、五子十童圖です。
頭は5人、手足も5人分ですが、腹掛けを見ると10人分、見方によっては10人に見えるだまし絵です。
歌川芳虎絵 |
五子十童圖は江戸市民に好まれていたのか、いろいろな絵師によって描かれました。
五子十童圖は日本固有のものではなく、中国の連生貴子圖を真似たものです。
では、連生貴子圖(五子十童圖)は中国で生まれた絵かと言えばそうでもありません。
ボストン美術館所蔵品 |
どうやら、17世紀のペルシャ(現イラン)の「四頭の馬」が発端のようです。
その絵柄がヨーロッパや中国にもたらされ、各国で好みの絵柄で再生されたと考えられています。
こちらは、19世紀のイギリスのパズルカードです。
欠留人物更紗(あくびどめじんぶつさらさ) |
しかし、文化が渡ってきては発酵した、どん詰まりの島国日本の、歌川国芳さんはすごい、14人の頭で35人に見えるだまし絵を描いています。
5 件のコメント:
春姐さん今年もよろしくあけみさんへの連絡にも使わせてね。
あけみさんまたまた懐かしい地名を、、、
武蔵小山のさきが林業試験所でした。戸越銀座や三軒茶屋は関東大震災で
下町の商人が市外に移って立ち上げた商店街です、
閑散となった原因は買い物思考の変化でそぞろ歩きの方の高齢化
若い人の車社会です。
私が外務省から軍需工場に、気球隊も荏原の星製薬の隣です。
星講堂の丸屋根は残っていますか、
春さん一連の写真送りますよ暫くおまちを、武蔵小山も。
昭ちゃん
ありがとう。送るのは大変だから、昭ちゃんがUPしてくださいよ。
楽しみにしています。
昭ちゃんへ 母の「遺族の家」のことを聞いたら、「出征兵士の家」というのもあったわ、と言っていました。そのような貼り紙をする理由について、私が「その家には男手がないから助けてねっていうサイン?」と聞いたら、「誇りよ」と言われました。よく母から、出征した兄たちの嫁と、井戸の水道を分かちあって調理をした話が出てきます。その井戸は後に近所の人たちと共同で使っていました。
林業試験所は今は公園になっています。しかも立派な樹齢と起伏のある公園になっていて、柵のないテニスコートだったり、バックネットのない野球場になっていて、憩いの場になっています。星講堂は知りませんでした。調べてみたら、保存されていて見学もできるようです。今度行ってみたいと思います。
昭ちゃんのブログを訪ねるようにします。
akemiさんこちらこそよろしくぜひお出でください。
今年で九州75年です。1945・11・23日東京を離れました。
人生「塞翁が馬」昔の東京が残っていないもんねー
ときどきは昔の夢を見てあと一歩で我が家!!目が覚めます。
林業試験所のさきが武蔵小山目黒不動と続きますね。
出征兵士の印は大きく遺族の家のほうが小さい・かまぼこ板の半分ぐらい
立派でした。後日談もいずれ、、、
五反田駅からの池上線なつかしいなー
春姐さん説明つきで製作中時間がかかるバイ。
昭ちゃん
ゆっくりでよかバイ。いそいどらんバイ。
私もいつか、いただいた炭焼きの写真で何ができるか、やってはみます(^^♪
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