2010年8月20日金曜日

助六の招き猫 古い型





浅草の雷門から仲見世を歩いて、もうお店も途切れるという、最後から二軒目に、間口一間ほどの「助六」があります。江戸の匂いのするミニチュアが、所狭しと並んでいるのが外からもよく見えて、誰でも立ち止まってのぞいてみたくなるのか、いつもお店の前は人だかりしています。そして、お店の中には、4人も入れば、身動きができなくなってしまうほどの小ささです。

ものを持たなかった夫の母も、助六のミニチュアは好きで、とくに、「おもちゃ屋さん」とか、「タコ屋さん」など、お店のミニチュアがお気に入りでした。今も家にある、高さが1センチちょっとの木彫りのお地蔵さんは、一緒に助六をのぞいたとき、夫の母が買ってくれたものです。
遠い昔、一緒に食事をした後、夫の両親と仲見世を歩くと、助六に寄ってから、夫の父が子供の頃から行っていたという「梅園」で、蜜豆やかき氷を食べるのが常でした。

助六には欲しいものが目白押しですが、私が最初のころ買い求めていたものは、「ずぼんぼ」とか、「飛んだり跳ねたり」など、江戸時代からある、動くおもちゃでした。これらは紙でできているので、もともといたみ易いうえ、よく触って遊んだので、残念ながらみんな壊れてしまいました。

写真は、古くからある型の、招き猫の土鈴です。古い土鈴は、底に切れ目が入っていません。しかし振ると、音がして、はじめてそれが鈴だとわかります。




助六の店主は、江戸の人たちは、お金はほどほどでも、健康で幸せに暮らせることが一番の願いだったとおっしゃいます。ですから、ほとんどの猫は小判を持っていませんが、なかには小判をどっさり持った猫もいます。
欲張りなのか、それとも、「猫に小判=あったってしょうがないよ」という洒落だったのでしょうか。




江戸時代に大はやりだったという、丸〆のマークがついています。これらも、底に切れ目はありませんが、鈴になっています。




この招き猫は、「ぱたぱた」と言ったでしょうか、紙でできている台が、アコーデオンのように伸び縮みします。音が出るわけじゃないし、ただ伸び縮みするだけですけれど、子どもには嬉しいおもちゃだったことでしょう。
もちろん、我が家のぱたぱたは、子どもには触らせませんが。

2 件のコメント:

いまどき さんのコメント...

はじめまして。私のブログへお越しいただき、ご記帳くださりありがとうございます。早速お邪魔させていただきました。拙作の招き猫やぴいぴい(ふいご笛)をお採り上げくださいましてこの上なく喜んでおります。これらは土鈴というより、昔の今戸焼の土人形をお手本に再現しようとしているものです。昔は今戸人形に限らず、全国各地に2枚型から抜出して、素焼きした上に泥絵の具で色をつけたものが作られていて地産地消されたいました。今戸焼の昔の土人形には中に土の玉を入れて素焼きするとからから音がするようになっているものがあり(入っていないものもあります。)それも再現しようと思って作りました。これら土鈴と同じ発想といえば同じではありますが鈴口を切っていませんし、あくまで土人形のつもりです。今戸の昔の招き猫は現代のもののように正面向きに招くものではなくて横座りして顔だけ正面を向いて招くものが多いです。バブルの時代の頃からか都内の山手線一体の土地の再開発や建て替えに伴って、地面から江戸時代の遺跡がはっけんされるようになり今日に至っていますがその中から色のとれた土人形も出土します。招き猫もでてきますが当然上記のような横座りの招き猫が多く、最近今戸焼としてブームになっているような正面招きの猫や。2体でひとかたまりになっている猫などは出土したという話を聞いたことがなく、 江戸明治の伝世品にも残っていません。本来の江戸から代々今戸焼の人形を作っていた家は戦前でやめてしまい、戦後古い今戸焼きの家ではあったも生活道具や雑器などを作っていた家が疎開先から今戸町に戻って今戸焼を再開した昭和30年代頃から人形愛好家からの求めに応じて人形を作り始めたのが現在人気の今戸焼の招き猫でして戦後の創作の姿といったらよいのか、、。せめて微力ながら、江戸明治の今戸焼の人形を自分の手で再現してあげたいとはじめて20年くらいになります。寝ている姿の丸〆猫と右手で招いて座っている丸〆猫は本来一対となるものです。小判を抱えているものは丸〆小判猫といいます。ふいごで風を送って音をさせるのが「ぴいぴい」でして、これは招き猫ですがふいごに上には狸だったり狐だったりだるま、ひょっとこ、水兵さん。都鳥、牛若丸などいろいろな人形になることもありました。余談で失礼しました。

さんのコメント...

いまどきさん
いろいろ教えていただいてありがとうございます。やっぱりいまどきさんのつくられたものだったのですね。かわいいです♪
それでは、日本招猫倶楽部の、『福の素』13号の復刻丸〆猫もいまどきさんのつくられたものだったのですね。私の手元には赤い前垂のと緑の前垂のがいます。そのとき『福の素』に載っていた貯金玉猫もいたはずですが、さがしたけれど見つからないので、昨年の地震で割れてしまったのでしょう。
私はコレクターの風上には置けない人間で、入手日も、作者名も記録せず、ただ、気に入ったのを愛でているだけで、数さえ数えていなかったのですが、昨年の地震で招き猫は300体ほど割れてしまいました。そのあとの原発騒ぎがなかったら、もう少し修復もできたかもしれませんでしたが、しかたありませんでした。
いまどきさんのブログを見つけたのは、知り合いの骨董商がんこさんが今戸焼の都鳥を見つけたとブログに書いてあったので、今戸焼の都鳥ってどんなものか検索したら見つかりました。