2019年12月8日日曜日

タネの未来、人間の未来

先月末、壱岐島に行った後、福岡県の糸島に移住した息子の家に一泊しました。
集合住宅の一室を借りているのですが、11月はじめに引っ越ししたばかりとはいえ、息子の部屋以外はほぼ、がらんどうです。
息子は埃アレルギーできれい好き、前から部屋は清潔に片づいていましたが、たけちゃんの母はもっと徹底したきれい好きのようでした。
居間には食卓と椅子3脚、子ども用椅子1脚、それに小さなプラスティックの引き出しが数列何段あるのみ、きれいに保つために、これからも何も置かない方針のようでした。

そんな食卓の上に、朝起きると本が一冊置いてありました。
息子は何も言いませんでしたが、何もかも片づいているのだから、この本は私に見せるために置かれているに違いありませんでした。


それは、小林宙(そら)さんの、『タネの未来』(家の光協会発行、2019年9月)という本でした。
息子はなぜ種に興味を持ったのか、たけちゃんという子どもを持って、たけちゃんだけでなく、すべての子どもたちの生きていく未来の世界を考えたためなのかもしれません。


帰宅してから『タネの未来』を購入、読んでみました。
感情的にならず淡々と、平易な言葉で書いてありますが、未来の恐ろしさが見えてくる本でした。

小林宙さんは、2002年生まれ、公園に行って松ぼっくり、ドングリ、椿の実などを拾ってくる種好きの子どもでした。
小学校の一年生のときに、「朝顔を育てる」という授業があります。夏休みに、朝顔の鉢を自宅に持ち帰った種好きの小林さんは、花を咲かせただけでなく種を採り、二年生の夏にも朝顔を育てます。ところが、二年目にはうまく育たず、小さい花しか咲きませんでした。また次の年もその種を採って育てましたが、同じ結果だったので、小林さんは朝顔栽培に興味を失い、もやもやが残ります。
また同じころ、なにげなく裏庭に植えておたドングリが芽を出したのに感動、種を集めるだけでなく育てる魅力に引き込まれて行きます。
いろいろ植えてみますが、そのうち、「花より食べられるものを育てる方がいい」となったのは、小林さんが小麦、乳製品、卵、ソバ、ゴマなど、かなりの品目への食物アレルギーを持っていたからではないかと、ご自身で後づけしています。
野菜を育てるようになってからは、陽当たりの悪い裏庭から屋上に畑を移し、栽培書を手あたり次第読んで、栽培の腕をあげてきました。


さて、種には「種子法」と「種苗法」があります(ありました)。
「種子法」は、種の「公益性」を重視した法律で、国が米、麦、大豆の開発と管理をになってきました。寒冷地でも栽培できる米が開発されるなどによって、よりたくさんの人口を養えることができましたが、2018年4月1日にこの「種子法」はひっそりと廃止され、以後は民間にゆだねられることになりました。
「種苗法」は、種の開発者(企業)の「権利」を優先した法律で、これによって近未来に、農家が自家採取できないという事態が起こりそうなことが、小林さんの企業の動機の一つでした。

食料として栽培されている穀物や野菜の種は、原種から長年かけて改良してきたものであるということは、誰もが知っていることですが、現代、稲や麦などの穀物を除いて、野菜の種の9割はF1品種だということは、農家や農業に関心のある人以外には、もしかしたらあまり知られてないかもしれません。
F1品種とは、二つの異なる固定種を掛け合わせてつくる種で、小林さんはF1品種のことを、「ものすごく簡単に言うと、「味の良いトマト」と「病気に強いトマト」を掛け合わせて、「味がよくて病気にも強いトマトをつくること」と言っています。
こうすると遺伝の法則で、「雑種強勢」といって、親の特性がより強く確実に表れ、ばらつきも少ない種ができます。ところが、その特性が出るのは第一世代だけで、第二世代からはこれまた遺伝の法則で、親の世代には顕性(優性)の性質に隠れていた潜性(劣性)の性質がしっかり表れるため、ばらつきのある、貧弱な野菜しか採れません。そのため農家では、種を買い続けなくてはならないことになります。
小学生だった小林少年が育てた朝顔の種も、F1品種だったのです。


かつて、私が東南アジアやアフリカの国々で、農村支援の活動に携わっていたとき、F1品種は大きな障害でした。毎年種を買わなくてはならないし、特定の殺虫剤や除草剤とセットにしたとき、はじめてよく育つ野菜も少なくないからです。
第二世代の種は採れないので、種を買い続けなくてはならない問題、殺虫剤や除草剤を使い続けなくてはならない問題、F1品種に押されて伝統品種が消えていく問題、などなどがありました。

ところが、F1品種の一世代しか使えないことさえさして問題でなかったようなおそろしいことが、今進められています。遺伝子組み換え作物(GM作物、GM品種)の普及です。
F1品種は、二つの固定種を掛け合わせてつくるものでしたが、GM品種は、一種類に特定の遺伝子を組み込んでつくったり、遺伝子を足したり引いたりしてつくります。
GM品種がF1品種と大きく違うのは、第二世代でも第一世代の特性を失わないこと、そして、ほかの種と見分けがつかないということです。
多額の資金を投じてGM品種をつくった企業としては、栽培者に種を採られると次が売れない、儲からないことになります。
企業はGM品種の開発によっていかに儲けようとしているのでしょうか?
第二世代でも同じ品質の種が採れるという弱点をカバーするために、販売する国に「採取の禁止を求める」ということがあります。農家が自分で作った野菜の種を採ることが、法律に触れることになるのです。
企業はそのほかにも、いろいろな手段を練っているようです。すでに、第二世代はうまく育たない遺伝子を加える研究がなされているほか、自社の殺虫剤や除草剤とセットでうまく育つ、パッケージ販売も考えているようです。

世界の食べられる作物の種の9割が多国籍の大企業の手に握られていますが、それら企業はほとんど薬の会社です。殺虫剤や除草剤の生産はお手のものなのです。
いま、GM作物が商業的に栽培されている国はアメリカ、ブラジルなど世界で24か国です。栽培面積は、2017年現在で189,800,000ヘクタールで、本格的にGM作物の栽培がはじまった1996年当時の約112倍に拡大しています。
日本では、GM作物が輸入されているものの、まだ商業的には栽培されていません。なんとなく恐れられているからです。しかし、市民権さえ得れば瞬く間に広がっていくでしょう。そうなるとGM品種は開発者の手を離れ、無制限にその他の種に紛れ、増殖していく可能性があります。

3歳のときから習字を習っていて、自分で書いた。鶴と頸は好きな顔真卿の書から。

というわけで、小林さんは中学三年生のとき、伝統品種を守り普及する企業、「鶴頸種苗流通プロモーション」という会社を立ち上げました。収益を上げるより流通に重きを置いています。たくさんの人が伝統品種を育て続ければ、それだけ力になるからです。
種を企業の手から栽培する人の手に取り戻す運動なのです。
小林さんは各地を巡り、昔ながらの種屋さんを見つけて、そこで手に入れた伝統野菜の種と、その種から育てた野菜を売っています。
ご両親も全面的に協力していますが、中学生と小学生の妹たちも手伝っています。


なにせ、野菜や穀物などは人間の生存を支えるものですから、世界の種苗会社の席巻が恐ろしいと同時に、小林宙さんのような存在が頼もしい、『タネの未来』は、万人必見の書とお見受けしました。






8 件のコメント:

のら さんのコメント...

『タネの未来』はまだ読んでいませんが、新聞の広告か何かで中学生が起業したタネの会社の本と知り、気になっていました。
春さんのブログをみて、その少年が『のらのら』に出ていた子と知ってビックリすると同時に、ちょっと納得しました。『のらのら』読んでいましたので。
種苗法もひどいけど、タネの遺伝子を人が操作するってとても怖いです。

hiyoco さんのコメント...

種を巡る権利争い、とても恐ろしく感じました。種を採って次の世代につなげる権利を農家から奪うなんて不自然ですね。二世代目を上手く育たないようにするなんて、どれだけ自分だけの利益を守りたいんだと哀れにさえ思います。でも私はそんな野菜を買って食べているのですね。

さんのコメント...

のらさん
私も農家が種採りができなくなるかもしれないのを知ってはいましたが、この本を読んでとてもよくわかりました。
どこにもかしこにも遺伝子組み換えの種があふれかえる前に(ということは固定種がすっかりなくなる前に)誰もがそのことをよく知っておくべきだと思いました。生存に直結することですから、世界が種苗会社に制覇されてしまわれないよう、そろそろ人任せから脱却する方法を考えるべきでしょう。

さんのコメント...

hiyocoさん
そうなんです。スーパーに並ぶ野菜は、全部そんなものです。
まだ輸入されている遺伝子組み換えの作物は少量ですが、野菜の殆どはF1の作物、したがって除草剤と殺虫剤セットで栽培されたものでしょう。
もし、有機野菜を宅配便で取りたいなら言ってください。たくさんの生産者を知っているので紹介しますよ(笑)。
有機野菜の生産者の中にも、ほとんど種採りをしている人から、種はF1を買っている人までいろいろです。

810gohan さんのコメント...

経済主軸の日本、大手が握るそれはいずれ自分たちの体内にどんな危機を与えるのか。そんなことは遠い未来のことだと思っているのでしょうか。大手ばかりが利を得る仕組みの今、このままでは真面目な農業・酪農・畜産を生業とする人も減っていくでしょう。私も有機野菜や無農薬を主にした生産者からなるべく購入していますが口に入れるもの全てをそうすることは難しいです。消費者も手軽さや価格だけに拘らず食が作る未来を考えていかなければならないですね。大量生産を廃め、必ずしも同じ企画のものが随時並ぶなとどいう不自然な生産を見直せばもっと農業の労働負担も軽減でき、廃棄される食物も減るのですがそんな時代が来るのはいつなんでしょうね。生物学に興味を持つ生徒達にこの本を紹介してみます。ご紹介ありがとう。

さんのコメント...

810gohanさん
コメントありがとうございます。
生徒さんに日々会う生活をしていらっしゃるのですか?素敵です(^^♪どうかこの本を勧めてみてください。期待を裏切らないでしょう。
どっちを向いても遺伝子組み換え食品にしか出逢わなくなったら、どうしたらいいのでしょう。小林宙さんは、種の種類が少なくなることは、もしその種に問題が起こったとき、混乱が起こると警告しています。実際、アイルランドでは、一種類のジャガイモしか植えてなくて、そのジャガイモに病気が出て収穫できず、食べるものがなくてたくさんの人が餓死したことがありました。
いまでは、流通が広域になっているから、お金持ちの日本は何とかしのげるかもしれませんが、1993年に冷夏で日本がお米が採れなかったとき、タイが日本にお米を回したので、お米の輸入ができなくて飢餓に直面した国がありました。
種の多様性は、とても大切なことなのですね。

hatto さんのコメント...

春さん。上のコメントは私(hatto)です。春さんの返信コメントで気がつきました!どういうわけか?アカウントがいつもと違うグーグルアカウントで投稿していたようです!ボケてきてますね。笑 いま、34ページまで読んだところです。私の知識不足の部分を高校生の宙さんに教えて貰っています。息子が物理専門職ですが生物学も担当しているのでちょうどよいなあと。GMなどについて深く考えるものの日本(現在の)では必要がないような、怖いような。それを食べ続けた結果はまだ正しく出ていないから余計に不安ですね。また続きを読み進めます。

さんのコメント...

hattoさんでしたか(笑)。
私も、「種子法」が消滅したとき恐ろしいなぁと思ったのですがそれきり、この本を読んでずいぶん勉強になりました。
前からモンサントの脅威は叫ばれていましたが、この本でバイエルなど大手は合併して巨大になっているし、中国の種子会社が強大な力を持っていることを、初めて知りました。一帯一路はこのような姿でも進んでいるのかと、背筋がぞっとしました。
東南アジア諸国には中国の影響力が増しているし、中国はアフリカにも力を入れているし、世界の食糧を中国が握る日が迫っているのかもしれません。

周りにも種採りをしている、百姓さんはいらっしゃいますが、それだけ畑の面積が必要だし、交配しやすい種もあるし、耕作放棄地が増えたからできることのようです。宙さんの種が広がるといいですが、すでに種採りをしている人たちはどう思っているのか、今度訊いてみようと思っています。