2025年4月11日金曜日

ザイフェンのおもちゃ商人とノアの方舟


ドイツ、ザイフェンのヴェルナー工房の「おもちゃ商人」です。


頭で支えた背負子には、ザイフェンでつくられた木のおもちゃが満載されています。背負子を背負うと帽子がかぶれないので、帽子は背負子に引っかけています。


この人形は高さ9.5センチほどです。だから、商人が担いでいる人形たちも、とても小さいのです。中段の人形「天使と鉱夫」で直径4ミリ、下段の人形たちは直径3ミリほどしかありません。
くるみわり人形、棒馬、そして轆轤で挽いてから切り分けてつくった動物もいます。


背負子の両脇に下げ、手にも持っているハンぺルマン(紐を引くと手足が動く人形)の身体の厚みは0.7ミリほどしかありません。


頭の上に乗っているのは、積み木が入った箱です。


ザイフェン地方は、15世紀から鉱山で栄えました。しかし、全盛期においても生活は厳しく、山の中で木が豊富にあったので、副業としてボタンをつくるなど、木工で収入を得ていた人もいました。やがて鉱山は輸入金属に押されて衰退、炭鉱夫から木工職人へと仕事を変える人が増えるなか、1849年には鉱山は閉鎖されました。
ザイフェンで、初めて木のおもちゃがつくられたのは1750年ごろで、18世紀後半にかけて大きく発展しました。おもちゃの種類は数千にも及び、ドイツ各地でもてはやされました。子どもたちは、おもちゃ商人が来るのを、どれほど待ちわびたことでしょう。


1850年ごろにつくられた「ノアの方舟」セットは、舟の形の箱にミニチュアのペアの動物たちを詰めたおもちゃで、何もしてはいけない、おもちゃを手にしてもいけない安息日(日曜日)にも遊べるおもちゃとして、国外でも大ヒットしました。
このころからザイフェンではくるみ割り人形や煙出し人形など、クリスマスシーズンのおもちゃ制作に力を入れるようになりました。


1880年ごろに、アメリカやフランスなどの主要な輸出先が、商品の価値に応じた関税ではなく、重量に応じた関税を導入しはじめました。そのため、大きくてかさばるおもちゃを輸出することが難しくなり、おもちゃはミニチュア化して、マッチ箱に入ったおもちゃなどがつくられるようになりました。
今でもザイフェンのおもちゃに小さいものが多いのは、その時の名残なのでしょう。

挿絵はガース・ウィリアムズ

さて、ローラ・インガルスの『プラム・クリークの土手で』(福音館書店、1973年)のなかに、お金持ちのオルソン家でパーティーが催される章があります。ローラは生まれて初めてパーティーというものに参加しますが、ネリー・オルソンが意地悪して人形(おそらく大変高価なビスクドール)に触らせてくれないことから、険悪な雰囲気になります。その場面の挿絵の、ネリーの足元にはネリーの弟のおもちゃであるノアの方舟が見えています。
このときローラは7歳なので、1874年のことです。ノアの方舟はザイフェンでつくられたもの、後ろの男の子が遊んでいる、飛んだり跳ねたりするジャンピング・ジャックも、ザイフェンでつくられたものではないかと思われます。そして、ネリーの持っているビスクドールもヨーロッパからのもの、こんなアメリカの中部の開拓村という辺境の地にも、船と鉄道、そして馬車を使ってヨーロッパから輸入されたおもちゃが運ばれていたのです。


『プラム・クリークの土手で』のほかのページには、ノアの方舟に乗っていたとみられる動物たちも描かれています。


轆轤でドーナツのように挽いてから切り分ける方法はランフェンドレーンと言います。切ってみるまでは形がわからないので、轆轤技術はもとより、つくっているときは見えていない動物の形を挽かなくてはならない、とても技術の要るものです。

2022年現在で技術を持つのは6人だけ

ヴェルナー工房の先代ウォルターさんは、木工や彩色の技術、そして格調の高い風俗人形をつくる職人さんでしたが、2008年に亡くなられました。しかし、その後を継いだ長男さんは、
ライフェンドレーンの名手だそうです。そして、次男さんがヤジロベーなどの動くおもちゃの名手、三男さんがウォルターさんの仕事を直接ついだ、おもちゃ商人のようなフィギュア(フィギュリン)をつくっていらっしゃいます。



これは、ヴェルナー工房のノアの方舟です。方舟の大きさが25センチくらい、動物たちはランフェンドレーンの方法で切り出してから手で彫って、丁寧に形づくられ彩色されています。


上の写真はドイツの
バイエルン州立博物館の木のおもちゃの展示です。側面が開くノアの方舟が素敵なのはもちろん、ジャンピング・ジャックやハンぺルマンなど、どれも素敵です。


栃木県壬生町にあるバンダイミュージアムのワールド・トイ・ミュージアムに展示されているザイフェンのノアの方舟は1880年代に制作されたもので、なんと方舟の長さが1メートルもあるそうです。
動物の数もすごい! いつか見に行ってみたいものです。









 

2 件のコメント:

hiyoco さんのコメント...

このようなおもちゃ売りが春さんの家に来たら、春さんはどんな反応するのかな(笑)?
関税がおもちゃのサイズに影響するって、面白いですね。
いじわるネリー。テレビで見ていた子供の頃、あの縦巻きロールの髪が気になっていました。あんな髪型見たことなくて。原作でそうなっていたのですね。

さんのコメント...

hiyocoさん
おもちゃ売り、会いたいです(^^♪
『百年の孤独』にも、辺境に旅の商人がやってくる場面があって、たしか外国からの、珍しいものを見せてくれるのでみんな目を輝かせている、文化そのものがやってくる感じでしょうか?会いたかったですね。
テレビは観てないんだけど、テレビでもネリーは意地悪だったんだ!(笑)どんな大人になったんでしょうね?
髪と言えば、ローラのお父さんの髪は短くてしかも、ごわごわで立っているのに、テレビだと長髪になっていました。それが原因で、イメージが壊れるので一話だけ観てあとはまったく観ませんでした(笑)。