2025年12月31日水曜日

精密なブロック


「おばあちゃん見て!」
とたけちゃんが、ブロックのミニチュアダックスフンドを見せに来ました。
「あら、すごい!たけちゃんが組み立てたの?」
と、つい訊いてしまいましたが、
「.....、お父さんと、.....私も」
愚問でした。
たけちゃんどころか、私でも組み立てるのは無理、あとで耳が取れたとき、耳をつけるだけでも息子に頼りました。


最初ちらっと見たときは犬だなと思っただけでしたが、よく見ればミニチュアダックスそのもの、よくできています。
「これ、100円なの?」
「そう」
「へぇぇぇ!」


次にフォークリフトが出来上がりました。
車輪がついているので走るし、リフトが上がるので、パレットを持ち上げることができます。
「えぇぇ、これも100円?」
「ああ」



残る一つは何か四角いものです。
「何これ」
「ダイソーだって」


ダイソーの店舗でした。


どのぐらいの数のブロックを発表しているのか、息子が買ってきたダイソーの100円ブロックは、2年前の赤ベコにはじまって、昨年は松の盆栽、今年は一気に3種類でした。
まだまだ、クジラ、キツネなどなどたくさん発売されているようです。





2025年12月30日火曜日

 


私はハートの形をした石を1つだけ持っています。
1990年代に、タイのチェンライ県のメコン川の支流のほとりに座っていたとき、すぐ近くにあった石でした。
2010年1月にタイ南部のクラビに行ったとき、1つ、2つハート形に近い石を見かけたのですが、「私の好きな石とちょっと違う」気がして、一度は拾いましたが、戻してきてしまいました。


『heart stones』(Josie Iselin著、Abram社、2007年)という小さくてかわいい本があります。



ハート形の石が満載です。
簡単な説明文がついているのですが、左上から横に、孤独、存在、陰謀、ロマンスなど、どれにも思わせぶりな名前がついています。

きれいなハート形の石は、海岸ではなかなか見つかりません。


Josie Iselinさんが写真を撮った本は、同じ出版社からほかにも出ています。
左上から『葉っぱと莢』、『浜辺の石』、『貝殻』で、拾いものが好きな人たちにピッタリの本です。

ハワイで採れたビーズタカラガイ

見たこともないタカラガイや化石がふんだんに載っている貝の本も面白いけれど、私はやっぱり石が好きです。


『浜辺の石』に載っていたイギリスのデヴォンで拾った石です。


北海道ののらさんが、北海道の浜辺で拾って送ってくれた石とよく似ています。


このような、線の入った石はよく見かけます。
並べると面白いけれど、形はやはり丸いのが最高。


うちじゅう、いたるところに転がっている石はほとんど丸い石です。


メコン川の石、日本の石。


インドの石、どれも素敵な地球の欠片です。







2025年12月29日月曜日

アメリカ生まれの鞠猫


おもちゃ骨董のさわださんから鞠猫を手に入れたことで、ちょっと鞠猫づいた私、ヤフーオークションを覗いてみたら、耳が1つ欠けた、車輪も外れやすいという、(したがって)値段も送料も良心的なブリキの鞠猫が目に入りました。鼻が尖っていて目が大きく、目力のある猫でした。
落札して届いてみると、持っている鞠猫たちよっと大きめでした。鞠はブリキではなく木でできています。そして、ピンと伸ばした尻尾を下にさげて手を離すと、前に進みます。


猫には製造国や製造会社などの記載がありませんでしたが、


継ぎ方など見て、なんとなく日本の猫とは違う感じがしました。
そこで、「Tin Toy  Cat」で検索してみると、この鞠猫はアメリカのニューヨーク市の Louis Marx & Companyが製造した、レバーアクション式の猫で、ブリキにリトグラフ(石版)印刷したものであることがわかりました。 

Pinterestから借りたので出所不明です

ルイス・マークス社の鞠猫の写真を見ると、それぞれが微妙に違います。この猫は耳が革でできていて、垂れています。

Ruby Laneよりお借りしました

これも革の耳、ただし、とても大きな耳です。

live auctioneersよりお借りしました

これはブリキの耳のようですが、尻尾と手の色が私の元に来た猫とは違います。

ebayよりお借りしました

色違いの猫もいました。

yesage.forumkit.shopからお借りしました

これは犬でしょうか? 
耳が大きくて、目は小さく、リボンを結んでいません。1930年代のものということなので、犬ではなく、もしかしたら初期の鞠猫なのかもしれません。
ルイス・マークス社の鞠猫は、つくられた時代によって、いろいろなバリエーションがあるようでした。

ルイス・マークス社は、1919年にニューヨーク市で設立された玩具メーカーで、主製品は、ブリキに石版印刷したゼンマイ仕掛けのおもちゃでした。

Just a car guyからお借りしました

豪華なニューヨークの街のおもちゃ。ゼンマイを巻くと列車が走り、飛行機が飛びます。
1928年、アメリカは経済の大恐慌に襲われましたが、
ルイス・マークス社はその間も好調な売れ行きを続け、1940年から50年にかけて、世界一の玩具メーカーとなって、黄金時代を築きました。


汽車のおもちゃ、「マークス・トレイン」でも名をはせましたが、1972年には経営が悪化して会社を売却、その後転売を重ね、1980年には破産宣告をして、幕を閉じました。


この猫は、1940年代につくられたもののようです。


鞠猫は輸出用が主だったとはいえ、日本の意匠だと思っていましたが、『Wonderland of Toys  ブリキおもちゃ①  Japanese Tin Toys』(北原照久編、シンコーミュージック、1983年)を見ると、これに
掲載されている日本製のブリキの鞠猫は、すべて1950年代につくられたものでした。

鞠猫は単純なゼンマイのおもちゃなので写真だけで解説はありませんでした

ということは戦後、欧米の鞠猫を真似て、戦後、日本でもつくりはじめたのだったのかもしれません。



             
 

 

2025年12月28日日曜日

「お膝をお借りします!」

我が家の猫たちは、脚にじゃれつくのは好きですが、抱っこされるのは好みません。
抱かれれば、すきを見て逃げようとするし、自主的に膝にくることはめったにありません。

「おばあちゃん、きてぇ」
という声が聞こえたので行ってみると、そんなタマが、どうしたことか九州から遊びに来ているたけちゃんの膝の上で、のんきに寝ていました。
これには、猫たちに触りたくてもなかなか触れなかったたけちゃんは大喜び、とはいえこの姿勢でいつまでもいるのもきついものがあります。


というわけで、後ろにクッションを積み上げてみました。
タマはたけちゃんの事情にお構いなく熟睡。たけちゃんはタマがどこかへ行くまで、長いこと追い払わず、つきあっていました。






 

2025年12月27日土曜日

輪島塗のお箸

文化の日の前後に、「文化放送」が各人気番組と日本各地の名産品をつなげた「もの」をつくって受注販売する企画があり、「大竹まことゴールデンラジオ」のコラボ品の、輪島支援のお箸を注文しました。


 それが、予定通り暮れに届きました。


2024年1月1日の地震で全壊した、輪島の藤八屋の塗りのお箸で、黒と赤の2組が届きました。


いつもは、笠間のお箸屋さんで買った上半分だけ漆のお箸や、いろいろなところで手に入れた拭き漆のお箸など、産地知らずのお箸ばかり使っていました。
ただ、産地のはっきりしたお箸としては、以前若狭でのShigeさんのビーチコーミング教室に参加したとき、若狭在住ののぶさんから若狭塗のお箸をいただいたことがありました。NHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」に出てくる、貝殻や卵の殻などを貼って研ぎ出した、螺鈿(らでん)のお箸です。
輪島塗のお箸は、たぶん初めてです。


金蒔絵を施したロゴは、遠目にはただの丸い顔ですが、よく見ると大竹まことさんのお顔になっています。

地震から2年経ちますが、まだたくさんの方たちが仮設住宅で暮らしていらっしゃいます。何もできませんが、一日も早い復興を願っています。






2025年12月26日金曜日

黒豆

 


お正月用に、生協で買った黒豆を煮ました。
『みおつくし料理帳』シリーズの中に、江戸の黒豆と大阪の黒豆の煮方の違いでお互いに譲らない場面が描かれています。江戸の人にとっては長寿を表すしわしわの黒豆が正しい煮方、大阪の人はしわのないふっくらと炊いた黒豆が正しい煮方というものです。そんなことになっていたとは、つゆぞ知りませんでした。
私が親しんできた祖母や母の煮た黒豆は、しわ一つないものでもなく、しわだらけのものでもなく、しわがないように炊いたつもりが、ちょっとだけ(だいぶ?)しわが残ったようなものでした。
そして、大人になってから、ふっくらと煮てしわのない黒豆を食べたとき、黒豆はこんなにおいしいものだったのかと、改めて思ったことがありました。
だから、『みおつくし料理帳』に登場する江戸の人たちが、主人公の澪が炊いたふっくらと柔らかい黒豆を食べてみて、「おいしい」と言わずに、「しわのない黒豆なんてダメだ」と口を揃えて言っているのは、ちょっと信じられないことでした。


さて、子どもたちが小さかったころ、私もおいしい黒豆を炊きたいと、『土井勝お正月料理』(お料理社、1975年)を参考にして、何年か煮ていたことがありました。


『土井勝お正月料理』は、おせち料理からお雑煮、お正月のお菓子から七草がゆまで丁寧につくり方を説明してある、美しくて有用な本ですが、参考にしてつくったのは黒豆と煮しめくらいなもの、活用には程遠かったのですが、黒豆はふっくらと、しわ一つ寄らずに炊けました。


子育て時代以後は、日本にいなかったり、父母が存命中は毎年、実家でお正月料理をいただくのを恒例にしていたりと、自分で黒豆を煮る機会はありませんでした。


この本では黒豆を700グラム煮ています。
手元にある黒豆は200グラムだけ、つくるにあたって、砂糖、しょうゆ、塩、重曹、水などほかの材料を、豆の量に合うように、計算して減らしました。


材料を熱湯に一晩浸しておいた後、煮るのは弱火で8時間ですが、豆の量を少なくした分、水の量も少なくしたのが悪かったのか、あるいは落し蓋が穴開きのものだからか、煮汁が減るのが早いので、何度も水を足さなくてはなりませんでした。また、今どきのコンロなのでお鍋が熱くなるとすぐに自動停止装置が働いてしまい、何度もガスをつけなおすなど、とてもレシピ通りには煮ることができませんでした。
煮る時間も、半分の4時間くらいだったか、夜も更けたのでやめてしまいました。


それでも、しわ一つないおいしい豆に煮あがりました。

昨年は、初めて冷凍のおせちを買ってみたけれど、まったくおいしくありませんでした。今年は黒豆とあとはお雑煮でお正月とします。


『土井勝お正月料理』のお雑煮の章では、お雑煮の由来についても書かれています。
一般的に関西のみそ仕立て、関東のすまし仕立てと言われていますが、江戸時代は仕立ての違いが階級によって分かれていて、武士階級は関西も関東もすまし仕立て、町人階級は主にみそ仕立てでしたが、全国から人が寄り集まった江戸では、みそとすましが混在していたそうです
また、江戸時代の宮中では、ひし形の角もちに丸もちを乗せた「ひし花びら」のお餅が使われていて、これがお餅の原型になり、関西の丸もち、関東の角もちに分かれて現在に至っているそうです。そして、関西と関東の中間点である三重県の北部には、今もひし花びらのお餅を食している地方が残っているそうです。

ちなみに、私のつくるお雑煮は実家でつくっていたものに似せたものです。
倉敷地方のお雑煮はどんなものだったのか、祖母と母がつくったお雑煮は、瀬戸内の漁港の祖母の実家のお雑煮を踏襲したものでした。ささがきゴボウ、ニンジンと昆布の細切りにブリを入れたすまし仕立ての汁に、ゆり根を加えたものが、大鍋いっぱいに用意されました。
食べるときは、茹でた丸餅をお椀に入れ、汁を注いだあと、茹でたホウレンソウとかまぼこ、ゆずの皮などを乗せました。どのあたりにルーツがあるお雑煮なのかはわかりません。
廻船問屋を営んでいた祖母の実家の料理には、他の地域からもたらされて定着したのであろう「薩摩めし」など、自宅以外では見たことも口にしたこともない珍しい料理もいろいろありました。






2025年12月25日木曜日

霧の朝

昨夜、長男と孫のたけちゃんが茨城空港に着いたのですが、霧が深くて、着陸できるかどうかという機内アナウンスがあったとのこと、いつもはその時間には福岡からの便だけで、飛行場はわりと閑散としているのですが、上空をくるくる回って待機していた別のところからの飛行機も着陸したのか、人でごった返していました。
着陸できたからよかったものの、羽田にしか着陸できなかったら、荷物はあるし大ごとになっていたところでした。


そして今朝、もう9時になろうとしているのに、あたりはまだ濃い霧に包まれています。
写真に撮ると少しはっきり見えるのですが、肉眼ではもっと濃い感じがします。


霧の奥に、M+M家は見えません。


息子の家は近いので、さすがに見えています。

西

今日中に山は見えるでしょうか?