2013年9月15日日曜日

厠の神さま


ちょっと前に、『トイレの神様』という歌が流行りました。
これはその厠の神さまです。夫婦一対ですが、わけあって男性しか持っていません。

その昔、学生時代に、旅仲間のさっちゃんとやすこさんと北陸に旅したとき、金沢のあたりで、郷土玩具を集めていらっしゃる方の家を訪ねました。どこかの郷土玩具の窯元で紹介されたかどうかして、訪ねていったのではないかと思います。
いろいろ見せていただいた後、お土産にと、厠の神さまを二対いただきました。
三人に二対です。分けにくいのですが、もともとはさっちゃんが郷土玩具に関心を持っていたということで、さっちゃんを優先、好きな一対を選んでもらいました。
そのあと、やすこさんと私はじゃんけんして、勝ったやすこさんが女性を取り、私のところに残った男性が来たというわけでした。

「まだ、やすこさんは厠の神さまの方割れを持っているかしら?」
厠の神さまを見るたびに、そんなことを思い出したりしたものでした。

厠の神さまを祀るのは、北陸や東北だけでしょうか?

金沢のあたりでは、お手洗いをつくるとき、この一対の厠の神さまとぼた餅をお供えして、ぼた餅ともども建設地に埋めたそうです。


石川県のお隣の富山県にも同じ風習がありました。
これは富山土人形の厠の神さま、いかにも家内安全を願うような、穏やかなお顔です。


仙台の赤芥子です。
こちらも、もともとは一対のものですが、出逢ったときには男の子しかいませんでした。
赤芥子はお手洗いに飾ったようですが、昔のお手洗いは今のお手洗いとは全く違いますので、飾るところがあったかどうか、いつ頃から飾ったのか、そのあたりは不明です。

この赤芥子は、現在もつくられているおひなっこやの赤芥子と、彩色方法、絵具、色、表情などが違うだけでなく、型も違うようです。
おひなっこやの先代の方がつくられたのか、あるいは別の堤人形の窯元でつくられたのか、確かめてみていないのでよくわかりません。

赤芥子は、厠の神さまでもあるし、子どもの守り神でもありました。また、幼くして亡くなった子が寂しくて他の子を招いたりしないよう、棺の中に入れられ、友引き人形とも呼ばれていました。

こうやって、お手洗いをつくるところに埋められたり、子どもの亡骸と一緒に埋められたりした厠の神さまたち、人々の平安を祈った姿に、なんとなく切なさが漂います。





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