2012年2月21日火曜日

イギリスのバスケット


70年ほど前まで、缶詰の缶以外、ほとんどのものは、葉っぱ、紙、箱、そして籠に入れられて運ばれました。
だから、世界中に、材料も編み方もいろいろな籠があったのでした。

人が火を使って人になってから、いろいろなものを捨て、いろいろなものを新しく取り入れてここまできました。
しかし、この70年の、あまりにも速い変わりよう、とくに1960年代からの変わりようは、いろいろな手仕事を、永遠に消し去ってきました。
私たちはいま、暮らしに必要なもののほとんどを、自分の手でつくれない時代に生きています。


ラタンでかっちりと編まれた、イギリスの籠です。
持ち手や縁に補強のために巻いてあるのは、厚くて強いビニールのテープでしょうか。初めて、イギリスの籠を見たころは、そのどぎつさが嫌いでした。
「安っぽい!」
でも今では反対に、その鮮やかなアクセントが気に入っています。同時代の、色使いのない単色の籠がさびしく見えるほどです。
1950年代のものです。


この籠は、お皿や弁当箱を入れて、ピクニックに行くのも楽しjのですが、編みかけのセーターなど入れておくのに最適です。散らかった感じがしなくて、どこに置いておいても邪魔になりません。
でもそのうち、籠が置いてあることに目が慣れて、
「早くセーターを編みあげて片づけなくっちゃ」
という気持ちが失われていくのが、欠点と言えば欠点です。


これは、上の籠とはちょっと編み方が違う、ヤナギの枝の籠です。
持ち手と縁は、ビニールテープではなくて、彩色したラタンで仕上げられています。
1940年代のものです。


側面には、もともとはもっと華やかだったと思われる、ラフィアの花飾りが残っています。

この籠には、つくりかけのポシャギを入れています。もう三年越しでつくっているもので、まだ半分くらいしかできていません。
そこいらに散らかっていると焦りますが、今ではほとんど忘れ去られています。


長年鎖国していた日本でさえ、明治の初めにはすでにラタンが入ってきています。局部的にいえば、もっと前から入っています。
「日の沈まない国」と言われたほど植民地を持っていたイギリスですから、熱帯の産物であるラタンやラフィアが入ってくるのも、ずいぶん早かったと思われます。

そのイギリスでは、ラタンのなかった時代や、ラタンが入ってきてからも、籠の材料として、ハシバミ、ハコヤナギ、ニレ、ヤナギなどの若枝(ひこばえ)やそのへぎ材(割材)が使われました。
また、トネリコ、カシ、クリなど広葉樹のへぎ材の籠や、麦藁の籠もつくられました。

へぎ板の収穫籠、麦藁の播種籠や養蜂籠、ダッチエルム病で全滅してしまったニレの牡蠣籠など、使う人の手でつくられた美しい籠たちは、今でもつくられているのでしょうか?



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