2018年10月10日水曜日

砧と洗濯叩き板


砧(きぬた)は、織りあがった布を叩いて柔らかくする道具です。


わら細工をするときなども、叩いて柔らかくしました。
砧は木でつくられていますが、石器時代の遺跡からは石の砧が見つかっているので、ずいぶん古くから使われていたものです。

また、アイロンがない時代に、洗った布のしわを伸ばす道具でもありました。


使い方は、木の上に畳んだ布を置いて叩いたり、


厚布を巻いた棒に布を巻きつけて叩いたりしました。



砧を使うと、しわが伸びるだけでなく、布によっては光沢も出ました。


日本では、明治になり炭を使うアイロンが普及してから砧は失われてしまいましたが、お隣の韓国では、ところによっては1970年代まで使われていました。
この写真は、右が砧打ち、左が洗濯です。

日本では、洗濯には波型に削った洗濯板が使われましたが、たくさんの地域では洗濯叩き板が使われました。
また板を使わず、河原などで石に叩きつけ洗いや、踏み洗いもされていました。


これは、デンマークの洗濯の叩き板です。


木彫りのもの、色つけしたもの、どれも夫が妻に贈ったものと言われています。

フィンランドの叩き板

叩きやすいように、工夫もなされていましたが、美しさも競われていたのか、見事な絵が描かれているものもあります。
しかし、その洗濯用叩き板も、20世紀に入るころには廃れたようです。


ちなみに、これはネットで見つけた1900年ごろのフランダースの洗濯風景です。
後ろにアイロンがたくさん並んでいるので、大家族で住んでいる家、あるいは洗濯屋さんかもしれませんが、驚くのは、日本では1950年代にはじめて登場したローラー手回しの絞り機が洗濯槽についていて、既に使われていることです。
ドイツでは、手動の洗濯機が、18世紀半ばに考案されています。

根付

みよし野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさと寒く 衣打つなり








7 件のコメント:

karat さんのコメント...

おー、私の住処の地名は砧です。

昔は田んぼと畑とススキの原でした。吉野ではないですが、「ふるさと寒く…」がしっくりくる所だったのでしょう。砧という地番は多摩川には接していませんが、多摩川をもう少し上流に行くと調布とか布田とかどうやら布に関する地名もあります。

今では砧って何?という感じですが、耳の中の小さい骨(耳小骨)に「あぶみ骨、つち骨、きぬた骨」と命名したくらい普通の道具だったのだなと思います。
それにしても、引用された女性の絵の素敵なこと…。最後の女性の着物の柄も気になります(^^)。

karat さんのコメント...

追伸:「最後の女性」って、灰色の着物を着た女性の絵です…。シダでしょうか?

昭ちゃん さんのコメント...

 使い古した砧と締めくくりの唄が最高です。
家内の母が裏の川にある通称「洗濯岩」に
叩きつけていたなー
 大和から移動した民族が居ついた都下村山近郊は
魔除けの塞の神「征夷大将軍」のトテームポールがありましたが
残っていないでしょね、
子供心に覚えています。

さんのコメント...

karatさん
砧が地名として残っているのは、とっても素敵なことです。ラジオ広告で、「きぬた歯科」というのがあって、「タヌキの反対と覚えてください」というのを聴くたびに、「きぬたも有名だよ。タヌキの反対じゃなくて「たぬきのきぬた」の方が面白くない?」なんて思ったりしていました(笑)。
絵は、私がネットから勝手に画像をお借りしてきたもの、最初は3枚とも右向きだったので、左向きはないかと探してみたのが、シダ模様の絵着物の絵でした。あとの二枚も、なかなか素敵な着物を着ていますね。昔のことですからそう洗濯もできなかったでしょうけれど(笑)。
耳の中の骨、鐙骨、槌骨、砧骨、知りませんでした。それぞれ形も似ていたのでしょうけれど、どれも身近にあったものなのでしょう。面白いですね。
三軒茶屋とか五反田とかもいい名前ですよね(^^♪

さんのコメント...

昭ちゃん
私も、エチオピアの河原で、みんな盛大に叩きつけながら洗濯していたのを思い出します。洗ったあとは、草原に広げて干す地域も多いです。サリーとかドーテとかサロンとか、布状態ですから、その方が合理的です。
タイやカンボジアで洗濯するときは、みんな靴を洗うようなブラシで布をこすって洗っていたので、ブラシができる前は何で洗っていたのかと思いました。ココヤシの繊維とかだったのでしょうね。
砧叩きは月夜の晩が多かったようです。昼間はほかの仕事で忙しく、闇夜ではできなかったと思えば、その働きに頭が下がります。

hatto さんのコメント...

デンマークの叩き板、夫が彫刻したものを贈るっていいですね♪ 根付けもこんな珍しいモチーフがあるんですね。全体図もとても気になるところです。木の叩くものは横鎚と呼んでいました。むしろの上にサヤの付いた豆を並べ、祖母と一緒に叩いた思い出があります。叩く台にする板のほうを砧というそうですね。私は洗濯後シワを少しでも伸ばす為に20回以上叩いてからシャツやデニムパンツを干します。無精者です、笑。アイロン要らずですよ。笑 きぬた....は石片に占と書くのは何故でしょうね。昔は占いにも使った道具なのでしょうか。

さんのコメント...

hattoさん
農作業に使うものは確かに、横づちと言いました。わらを柔らかくするときはともかく、豆の莢を砕くなら、かなり横づちの表面も傷つきそうです。
私が持っているものは、その昔秩父で買ったもの、織りものの産地なので砧の槌だと思っています。骨董市でも、見かけることがありますが、きれいなもの、形が木なりに歪んだものいろいろです。
台の木とセットになった砧もあれば、石の上で木槌で叩いていたものもあったようで、叩く行為を砧打ちと言ったとも言われているようです。
四半世紀前にソウルの仁寺洞に行ったとき、これはと思える結婚式の鴨と砧が欲しいと、たくさんの店を見たのですが、気に入ったものはとうとう見つからず仕舞いでした(笑)。
字が石辺なのは、昔の中国のものが石だったからだと思います、石器時代の遺跡から出てくるそうです。つくりは占いかどうか、私は最初、トと口と分けて意味を考えてしまいましたが。
また、きぬたは、「絹板」が縮まったものとも言われているそうです。