2011年7月8日金曜日

父母の遺した民藝なお皿






昭和初期、柳宗悦などによって、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、活用する民藝運動がありました。
その民藝が感じられるものが、我が家にもあります。

尺一寸五分(34.5センチ)の大皿です。深さが8センチもあるので、大鉢といった方がいいかもしれません。
毎日使いには、ちょっと大きすぎますが、素麺を盛ると豪華です。
益子のものでしょうか?




縁の釉薬を削り取り、内側だけ青くした、珍しいつくりのお皿は尺一寸(33センチ)です。
3月の地震のとき、落ちませんでしたが、立ててあったので、揺れてゴツゴツぶつかったのか、縁がちょっと欠けてしまいました。




上の二枚に比べると、ぐっと使いやすい八寸皿(実際は25センチ)は、「飛び鉋」の手法でつくられた、大分県日田市の小鹿田焼(おんたやき)です。

いずれも、夫の亡き両親が、使ったり飾ったりしていたものです。
ぽってりしていて、民藝を感じるというか、父母を思い出させるお皿たちです。




この六寸皿(18センチ)は、結婚したときに、一人暮らしをしていた夫が持っていたものです。
夫に聞いても、覚えがないでしょうけれど、もちろん、両親が使っていたものと思われます。
同心円の中に、釉薬を削りとった部分があります。そこに次のお皿の高台を置き、何枚も重ねて焼いたものでしょう。

上のお皿たちと同じ香りがします。





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