2024年3月21日木曜日

『あきない世傳 金と銀』

夫が白内障の手術で足しげく病院に通っていたとき、『あきない世傳 金と銀』(高田郁著、ハルキ文庫)をバッグに忍ばせて行きました。


なにせ、全部で15巻もあるので、どんなに長い待ち時間があっても、退屈することがありませんでした。
『あきない世傳 金と銀』は、父と兄を流行病(はやりやまい)で亡くし、生計が立ち行かなくなって9歳で大阪天満の呉服屋に奉公に出された女の子「幸(さち)」が、やがて商いの才能を発揮し、知恵を絞って次々と降りかかる災難を切り抜けて、奉公人や職人たちとともに店を繫栄させるという、波乱万丈(すぎる!)の物語です。
幸が奉公した五鈴屋は絹を扱う呉服商、のちに江戸に出て木綿を扱う太物商も兼ねるようになるため、絹や木綿の織り物の話、染め物の話などがふんだんに出てきます。

帯に描かれた著者の高田さんによるイラスト

当時はもちろん自然染料だけで色を出したので、見たことのない色をつくるのは染師の力量でした。それにしても、冬にも川に膝まで浸かって布を洗っている染師さん、どんなにか冷たかったことでしょう。


美濃紙を柿渋で張り合わせ、それに穴を開けて型紙として使う、伊勢型紙の型染めの話も出てきます。小さな半円の錐(きり)状の彫刻刀で、型紙を重ねたものに穴を開けての錐彫りの小紋染め、また錐だけでなくいろいろな刃物を使った道具彫りの型染めなどが出てきます。刃物は彫り師さんが工夫してつくっていました。また型付師さんは小さな型紙(わずか12センチ!)をずらしながら、ずれないように糊を置いて、染めていきました。
蚕を育てて糸を繰り、綿を栽培して糸を紡ぎ、それぞれの糸の特性を生かして反物に仕上げる知恵と努力、その反物を美しく染める技術、そしてそれを行燈の暗い灯の下で縫い上げる根気。これらを思うとき、現代の人間は、どれだけ持って生まれた能力を眠らせてしまっているのか、もったいない気持ちになってしまいます。

さて、物語には、草木で染めた色の名前がふんだんに出てきます。


上は、本の帯に描かれた著者高田さんのイラストです。
『あきない世傳 金と銀』の幸が着ているのは千歳緑の着物でしょうか。やはり高田さん作の『みおつくし料理帖』の澪(みお)の着物は藍染めですが、藍には甕のぞきから留紺まで無限に色の濃さがあり、これは深縹(ふかはなだ)色か藍色あたりでしょうか。

『あきない世傳 金と銀』には、たくさんの鳥のさえずりが出てくるのも、面白い。
 メジロ      長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛
 ツバメ      土喰って虫喰って、渋ーい
 ヒバリ      利取る利取る、日一分日一分
 ホオジロ     一筆啓上 仕り候、一筆啓上 仕り候
 コジュケイ    ちょっと来い、ちょっと来い
 センダイムシクイ 焼酎一杯、ぐいーっ
 ホトトギス    きょっきょ、きょきょきょきょきょ 
          きょっきょ、てっぺん かけたか、てっぺん かけたか
などという、おもしろい鳴き方のほか、
 モズ       きぃーききき、きぃきぃ ききききき
 鶚(ミサゴ)   ひょっ ひょっ
 ゴイサギ     くわっ くわぁっ、くわっ くわぁっ
 キビタキ     ぴーりっ ぴっぴりり ぴっぴりり
 ウソ       ひゅっひゅー ひっふー ひゅっひゅー
 イカル      きー こきー、きー こき きー
 真鴈のわたり   かんかんかんかん

などなど、風景描写だけでなく鳴き声描写があるので、情景がより目に浮かんできます。


江戸の物語を読むのと、映像で時代劇を見るのと大きく違うのは、映像では女性が鉄漿(おはぐろ)をしてないところだと思っていましたが、『あきない世傳 金と銀』を読むと、まだまだ映像にはしないことがありました。
江戸時代、大阪では、結婚した女性は帯を前で結んでいました。知りませんでした。
また、人々は季節によって、単衣(ひとえ、裏地をつけない1枚布の着物)、袷(あわせ、裏地をつけた着物)、綿入れと、目まぐるしく綿を拭いたり入れたり、裏をつけたり取ったり、年に4回も衣更えをしていますが、映像で冬の綿入れ姿は見たことがありません。『あきない世傳』には、男性も女性も、絹にも木綿にも、冬にはたっぷりと綿を入れた姿がしばしば登場します。
そういえば、幼児のころ、羽二重や銘仙の綿入れの着物を着せられていた記憶がうっすらとあります。後に着物を見ただけかもしれません。けれど、袖なしの綿入れのちゃんちゃんこなら見ましたが、大人が綿入れの着物を着ているのは見たことがありませんでした。
四月朔日と書いて「わたぬき」と呼ぶ名字があります。旧暦4月1日には着物からいっせいに綿を抜いていた名残なのでしょう。


江戸の人たちの健脚ぶりにも感心しながら、散歩もしない自分を反省しています。




 

2 件のコメント:

rei さんのコメント...

丁度、茶道の先生からこの本を薦められたところでした。長編なので踏み込むのに躊躇していましたが、著者の「みおつくし料理帖」が面白かった上に、春さんのお勧めでは読まないわけには行きませんね。

さんのコメント...

reiさん
いろいろなことが次々と起こって、長編ですが引き込まれてしまいます。
登場人物もみんな魅力的、江戸の町にいるような気分にさせられてしまうこと間違いなしです(^^♪