イランでは、ペルシャじゅうたんは残っていますが、ほかの伝統的な織りものや、伝統的な染めもの、伝統衣装などとっくに消えてしまっています。
というのも、ヨーロッパ、アジア、中東の境目にあるイランは東西南北の文化交通の要所であるがゆえ、どん詰まりの日本やインドネシアとは違って、戦争、征服、被征服などを含めて、地図さえ大きく塗り替えるような変化に、過去に何度もおそわれて、その都度いろいろ足されたり、消えたりしてきたからです。
モジュガンさんは、消えてしまったイラン・スタイルを、インドの薄い木綿布を使い、インドの草木染めの技術や、捺染の技術を使って再現しています。ちなみに、一時、ペルシャは現在のインドにまで拡大していました。
古いペルシャ更紗は、ペルシャでつくられたものか、インドに移住したペルシャ人によって、ペルシャ向けにつくられたものか、専門家もわからないほどです。
イラン発祥のものは、数えきれないほどあります。
穀物(麦、雑穀)、野菜(かぶ、ニンジン、ほうれん草、玉ねぎなど)、果物(イチジク、ザクロ、ブドウなど)などのほか、生活を彩る文様なら、生命の木、ペーズリー、唐草紋などがペルシャで生まれ、世界中に広がっていきました。
『COSTUME PATTERNS AND DESIGNS』より |
ペルシャ(イラン)の古い服の分解図です。
布を折り紙のように折って服をつくっています。
この絵だけでは、広幅で織られた布か、あるいは狭い幅で織られた布をどこでつないだのかなど、詳細はわかりませんが、布に無駄が出ないよう、しかも着やすく、そして美しく見栄えがするよう、工夫が凝らされていたものと思われます。
同上 |
イランの男性の服です。
20世紀初頭(半ば?)までは着られていました。
同上 |
袖は細いのですが、着物の「みやつ口」のように、わきの下を閉じないことによって、とても着やすいそうです。
モジュガンさんのつくる服も、わきの下が開いているのもあります。
同上 |
イランの女性の服は、中東や中央アジアの服に比べて、ウエストを絞ったスタイルの服が多いのが特徴です。
パンツは、写真の右下のような細いものもはきますが、
同上 |
バルーンのようなボリュームがあるパンツもありました。
さて、私は残念ながら写真を撮ってこなかったのですが、昨年11月に神戸芸工大学でモジュガンさんの作品のミニミニ展示会があったときの会場の写真を、彼女がFacebookに載せていたので紹介します。
手前の3枚は裏つきの上着です。
とても繊細な仕上がりでした。
素敵な色のブラウスたち。
こちらは、素材が絹だったように記憶しています。
そして、イラン更紗のタペストリー。
ペルシャは生命の木を生みましたが、ゾロアスター教に上塗りされたイスラム教は、具象を嫌っています。
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