一昨日は、お客さんがありました。
私が撮る写真は、いつも同じところからなので、誰がいらしても同じような写真になってしまいます。
ご飯の写真もたまには撮っておきたいと思うものの、熱いものは熱く、冷たいものは冷たくとなると、全部がやっと揃うのはテーブルの上、それでも時間差で出すものもあるし、テーブルに出してしまったら周りに人はいるし(あたりまえだけど)バタバタして、とても写真どころではありません。
というわけで、写真は残りませんが、ほかの方に撮っていただいた写真は新鮮です。
自分では撮らないアングルの写真を見ることができます。
もっとも、お客さんがあるときでさえ、階下にいるのに二階まで電気をつけていることはないし、二人だけの時は電気も最小限ですから、こんな写真が撮れることはないのですが。
8 件のコメント:
確かに、自分で撮るとごちゃごちゃした余計なものが写らないようにと考えてしまって、いつも同じ背景になってしまいます。お客さんが来た時の料理も、私は作らないしサーブもしないけど(笑)、いきなりホストが「ちょっと待って!」とカメラを構えるのも興ざめな感じでできません。その点お客さんは人中心で撮るのでアングルが全然違ってきますね。あと箸をつける前に「美味しそう!」といいながらレンズを向けるのも自然だし盛り上がります。美味しそう!と言った人に夫は「美味しそうじゃなくて美味しいから」と返すのはお約束です(笑)。
最後の写真、とてもいいですね!
hiyocoさん
そうそう、人が料理の写真を撮ってくれるのはいいけれど、自分でつくって自分で撮るのはね(笑)。
だんなさん、いいですね。うちでもつくってもらえたらいいのですが、信用できません。その時の気分次第で、結果がどうなるかわかりませんからね。
天ぷらはさすがうまくなりましたが、話が弾むと手元がおろそかになって(笑)、選手交代しなくてはならなくなります。ということは、天ぷらがうまくいったときは本人は乗ってないこと?なんて、突っ込まないでくださいね(笑)。
最後の写真だけ、知らないうちに取られていた写真です。今ではスマホの写真もカメラも変わらない、そのうちカメラはなくなるでしょうか?
この日、大変でしたよね。このときに来られたT大のM先生とは親しくさせていただいてるのですが、M先生からの情報ですでH部さんが落日荘以来、瓦にハマってると聞きました。工学視点だと瓦って重いから耐震的な見地からは良くないとなるんですよね。どうもM先生もそう考えてる模様。でも応力の考えからは上からの抑えの効果は発揮されるはずで、このあたり今度、そっちの筋の先生にズバリ聞いてきて、まずM先生の瓦屋根へのネガティブイメージを変えないと!と思案してます。瓦は日本の家として残って欲しいなぁと思っています。
落日荘の瓦屋根は本当に美しいです。
本文の趣旨と違う話ですみません。
ときどき、春さんの過去ブログに旅してます笑
Akemi Fujimaさん
昔の瓦と今の瓦は違います。
古い瓦は手で型を取って達磨窯で焼いたものを、土を乗せた上に置くだけでした。したがって、大きい地震があればずるっと落ちても来ますが、今の瓦はお互いに引っかかるように作ってあります。釘留めもします。また、隅では銅線で留めます。
3.11のとき、地震は5分続きましたが、我が家は方形屋根の北西の斜めの棟瓦だけが、3分揺れが経過したあたりから落ちはじめ、下半分落ちました。
夫はガラス窓が多い居間の構造によるものだと言いましたが、瓦屋さんはなおしてくれた時、大丈夫と思って3、4段おきに銅線で留めていたけれど、今度は全部留めておいたから大丈夫と言っていました。そのときの震度は6弱、しかも短時間だと問題なかったでしょう。余震で震度5くらいは何回もありましたが、何ともありませんでしたから、相当安全です。
ガルバリウムを葺く値段に比べても、そう高いものではありませんでした。
ただ、安全は安全ですが、屋根の勾配には関係して、四寸勾配より低くすることができません。屋根の勾配に関しては、デンマーク人の友人は45度(十寸勾配)が一番美しいと言いますが(笑、確かにデンマークではそう)プロポーションの関係で、敷地とか隣との関係にも寄ります。
タイは田舎に行くとトタン屋根が多く、カンボジアはタイル屋根が多いのですが、たたずまいはカンボジアの田舎の方がずっと美しいです。屋根の傾斜が少ないと、寄り集まったとき雑然とします。
夫は今、友人の家を設計していますが、平屋をどうしても高くしたくない、でも塔をつくってそこから風を入れたいと、瓦が使えなくてどうもガルバリウムの屋根に落ち着きそうです(笑)。
昨夜もそうでしたが、瓦屋根が月光に照らされているのはとても美しいです。もし誰もが夜にそれを見られたら、心も和むのではないかと思いました。
春さん、詳しくありがとうございます。とてもよくわかりました。
瓦自体の施工方法に改善がなされ地震でも問題ないこと、強い地震が何度あっても問題ないこと、価格的にもそれ程かわらないこと。
屋根の勾配自体の美しさとのこと、勾配と周辺との調和。
落日荘の夜の美しさをみれば、誰しも魅了されますよね。
我が家は箱の二階家で、3寸勾配の寄棟。外から眺めて、屋根の色はほぼ確認できません(見えません)笑 夜の瓦屋根の美しさを眺められると心和むと思いますが、隣の家の瓦屋根が見えるといいのでしょうね。
もし瓦の家を作ることがあったら、いいのになぁー。ソフトでおススメ屋根機能、作っちゃおうかなぁ!今のソフトの勾配の初期値は3.5寸になっちゃってます!軒の出も400ミリだったと思います。
先生のご友人の家の塔、どうなるのか興味津々です。先日調べ物してて昔の日経アーキテクチャーという雑誌をみてたら、ちょっと似てる塔の屋根があったんです。瓦ではなかったです。夏の排熱を考えたものでした。
話は変わりますが、昨日、網戸を直しました。アルミ枠ですから簡単ですが、それを見てた夫が凄い偉いを連発します。なんでやろうとしないのか不思議です。こどものころ、障子の張り替えを手伝わせられてピンと貼れたときの快感を今でも覚えてますが、そうした経験がないからなのかなぁー。で、まったく手伝うそぶりもなく計量士法の勉強を始めたので、春さんのブログにあったスウェーデンの計量カップの話を向けたところ熱心に調べてましたが単位わからずでした。オンズに近そうなんだけどなぁーで終わってしまいました。
人生100年時代、後半に差し掛かるのですが今からでも教育できないか、考え中です。忍耐強く励ませるかが問題です。笑
Akemi Fujimaさん
だんなさん、おだてて暮らしていくすべを知っていますね(笑)。でもそれだけだと確かに足りないかも。
今は、「生きるための工夫」を知らないでも生きられる世の中です。お金とコンビニさえあれば生きられるのですが、お金とコンビニがないと、どう生きるかわからない人が大半かもしれません。
昨日もお餅つきで、みんなお金はないけれど、人生はとっても幸せだと言っていました。みんなそれぞれの自分の裁量で生きています。
私もタイの農村にかかわるようになって、自分で生きる力のある人たちに会って目からうろこばかり、また八郷に住むようになってからも目からうろこばかり、何とかやっています(笑)。
何歳になっても適応しながら、そこそこ生きていけたらなぁと思う今日この頃です。
八郷に私もいつか住んでみたいという気持ちが膨らみます。
季節や1日の変化を感じるうちに、人の中にもってる生きる力が活きる、蘇るように期待したいと思います。
Akemi Fujimaさん
八郷暮らしはいいですよ(^^♪
でも、カードのマイレージ(200円の買い物でも、あるカードを使えばマイレージがたまるんだって!)だけで飛行機にただで乗れるとか、それは初歩だとか、そんな現代社会への処世術はまったく抜け落ちていきます(笑)。
コメントを投稿