招き猫たちにも、土鈴になっているものがたくさんあります。 土鈴は、だいたい二つに割れる型に粘土を押しつけて成形して、それを合わせて焼きますが、合わせるとき中に土の玉を入れます。
2011年3月の地震のあと、足の踏み場もないほど割れてしまった猫たちのかけらが散乱している中に、いろいろな色の玉が転がっていました。
玉の数だけ、土鈴たちが失われてしまったのです。
可愛い猫たちは、いまどきさんこと吉田義和さんの、今戸焼の土鈴です。
普通の土鈴のように、溝を切って穴を開けていないのに、ちりちりと音がするのは、古い今戸人形の特徴だそうです。
助六の招き猫土鈴たち。
蝉丸さんの招き猫たち。
きむらさちよさんの猫土鈴たち。
京人形の招き猫たち。
はっきりしませんが、どちらも瀬戸の猫たちでしょうか?
秋田県の北浦土人形の土鈴は、わりと土が厚くて重いせいか、ほとんど割れてしまって、少ししか残っていません。残念でした。
こうして、招き猫の中から土鈴だけ集めてみると、土鈴が土人形にも増して、掌の上で愛でたくなるというか、親しみやすいのを感じます。
2013年9月23日月曜日
土鈴
ときおり、おもちゃの本などで「日本は郷土玩具の豊かな国」という記述を見かけることがあります。それには同意できますが、「日本は世界一の郷土玩具王国」とまで言われると、過ぎた身びいきに、ちょっと鼻白みます。
中南米のおもちゃは見たのか?インドのおもちゃは見たのか?北ヨーロッパのおもちゃは見たのか?と、突っ込みたくなります。
それでも、こと土鈴に関しては、日本は世界一を誇ってもいいのではないかと思います。
土の笛はいろいろな国にあるのですが、土の鈴はあまり見かけません。
これはロシアの猫で、起き上がりこぼしであると同時に、鈴にもなっています。
日本とロシアにあるくらいだから、はさまれている中国にも、土鈴があるに違いありません。そう思って、中国のおもちゃの本をいろいろひっくり返して見ましたが、土笛はあるのですが、土鈴は見つけられませんでした。
日本には、いろいろな形の土鈴があります。
牛、鳥などの土鈴が多く、十二支もよく土鈴につくられます。ところが、単純な鈴形の土鈴は意外と少ないのです。
その、鈴形の土鈴の傑作は、福岡県の英彦山の土鈴です。
英彦山権現勧請のとき、土中から古鈴が発掘され、これを模って神社から領ったものとされていて、
単純な色と形と、わらの持ち手がとても垢抜けています。
これは鹿児島神宮の土鈴です。五個あったのに、地震で三つ割れてしまい、残っているのはたったの二個です。
先日、鹿児島神宮の授与品をUPしたときには、土鈴と鳩笛のことをすっかり忘れていました。
金属の鈴や木の鈴は世界のあちこちにあります。
それなのに、何故土鈴はなかったり、少なかったりするのでしょう?
土鈴は割れやすく、まったく実用には向かないからかもしれません。
日本の土鈴の場合、実用品ではなく、ほとんどが神社の授与品です。
あくまでも飾りとして、しかもただの土人形ではなく鈴になっていると、なんとなく嬉しいという理由で、土鈴がたくさんつくられたのかもしれません。
中南米のおもちゃは見たのか?インドのおもちゃは見たのか?北ヨーロッパのおもちゃは見たのか?と、突っ込みたくなります。
それでも、こと土鈴に関しては、日本は世界一を誇ってもいいのではないかと思います。
土の笛はいろいろな国にあるのですが、土の鈴はあまり見かけません。
これはロシアの猫で、起き上がりこぼしであると同時に、鈴にもなっています。
日本とロシアにあるくらいだから、はさまれている中国にも、土鈴があるに違いありません。そう思って、中国のおもちゃの本をいろいろひっくり返して見ましたが、土笛はあるのですが、土鈴は見つけられませんでした。
日本には、いろいろな形の土鈴があります。
牛、鳥などの土鈴が多く、十二支もよく土鈴につくられます。ところが、単純な鈴形の土鈴は意外と少ないのです。
その、鈴形の土鈴の傑作は、福岡県の英彦山の土鈴です。
英彦山権現勧請のとき、土中から古鈴が発掘され、これを模って神社から領ったものとされていて、
単純な色と形と、わらの持ち手がとても垢抜けています。
これは鹿児島神宮の土鈴です。五個あったのに、地震で三つ割れてしまい、残っているのはたったの二個です。
先日、鹿児島神宮の授与品をUPしたときには、土鈴と鳩笛のことをすっかり忘れていました。
金属の鈴や木の鈴は世界のあちこちにあります。
それなのに、何故土鈴はなかったり、少なかったりするのでしょう?
土鈴は割れやすく、まったく実用には向かないからかもしれません。
日本の土鈴の場合、実用品ではなく、ほとんどが神社の授与品です。
あくまでも飾りとして、しかもただの土人形ではなく鈴になっていると、なんとなく嬉しいという理由で、土鈴がたくさんつくられたのかもしれません。
2013年9月22日日曜日
案山子
秋晴れの一日、みやもとかずみさんのアトリエ(ガラジ)である旧豚小屋で、八回目のピクニックバザールが開かれました。
旧豚小屋は年々手を入れられて、年々素敵な空間になっています。
kuskusさんのコーナー。
猫たちも並んでいます。
豚小屋だった名残りが、ほんのちょっぴりだけ残っていました。
「この近くのかかしを知っている?」
とkuskusさん。
「知ってる、知ってる。まだあるの?今日は別の方から来たから見なかったけど」
「あるどころか、どんどん増えてるわよ」
というわけで、案山子のいる道を通って帰ってきました。
二年ほど前、車で通っていたら、道路に子どもが自転車で飛び出しそうになっているのが見えて、慌ててブレーキを踏みました。
「えっ、何?」
かかしと気がつくまで、時間がかかりました。
今回、確かにかかしが増えています。
バス停で、バスの時間を調べながら待っている人たち。
「ほらっ、描いてみな」
と孫の絵を手伝っているおばあちゃん。
刈り払い機で草を刈っている人。
本当の刈り払い機を抱えています。
稲わらを集めている人。その奥には、川で釣りをしている人たちもいました。
それを、遠くから眺めていたおじさんです。近づくまで、かかしだか人だかさっぱりわかりませんでした。
ここだったら、本当の人が立っていてもかかしと間違えられてしまいそうです。
2013年9月21日土曜日
籠目もよう
ときどきコメントしてくれるエルマーが、フィリピンの籠の編み模様を、facebookに載せていました。籠ではなくて、茣蓙のようなものかもしれません。
なんて、細かくて、美しいんでしょう!
そうだ、私もパンダナスの葉で編んだ煙草入れをアップで撮ってみよう!
踏み台を持ってきて、この数十年、煙草入れを入れておいたスーダンの籠をのぞいてみました。
「ない!あれっ?」
いつか、蓋のない籠に入れて置いたら埃はつもるし、褪色するからと、何かに入れ替えたに違いありません。
小さいものには、いくつもの煙草入れは入りません。二階のありそうな場所を丁寧に見ましたが、どこにもありません。
「どうしたのかなあ?」
改めて、一階に置いている籠をしらみつぶしに見ていたら、妹にもらったパンダナスの籠に入っていました。
お仲間だからと入れたのでしょう。
さて、見つかった煙草入れたち、細かければいいというものでもありませんが、エルマーの籠の細かさには到底及びません。
アップにするまでもないような模様のものもあります。
でも、アップにしてみて初めて気がつきました。桃色なら桃色のひご(テープ)がつながっていません!
「どうして、テープの色が途中で変わっているの?」
不思議と言えば不思議です。思ったより複雑な編み方をしているのでしょう。
妹にもらった籠も、なかなかのものです。
細かさ比べをするつもりはありませんが、インドネシアの籠目も載せてみました。
こちらは、魔よけの模様で、フィリピンの籠とはまた違った面白さがありました。
2013年9月20日金曜日
発想の転換
バター入れを新しくしました。
これまでのバター入れとよく似ていますが、違うのです。
新しいバター入れはほぼ平らで、蓋の方に深さがあります。これまでのバター入れを、ちょうど上下逆さまにした形です。
バターナイフがぶつからず、端から切り取れるので、格段に使いやすいのですが、難点もあります。蓋をしたままうっかり持ち上げると、全体を持ち上げたつもりなのに蓋しかつかんでなくて、蓋が、そこに取り残されたバターにぶつかったりします。
うまく持とうとしても、下の容器まで指が届きません。
二人だけの食事の時は、真ん中にバター入れを置いておいて、動かさなけばいいのですが、人数が多くてあちこち動かしたいときは、蓋をしていると片手で持ち上げられない、していなくてもつかみにくいので、ばたばたしてしまうことになります。
新しいバター入れの幅は、何故だか、市販のバターよりずいぶん広くできています。
あと、1センチ以上狭くつくっても、十分バターを入れることができます。
そして、容器部分の板をもう少し厚くするか、脚をつけるかすると、悠々つかめるのではないかと思うのですが.....。
2013年9月19日木曜日
針金の曲げ具合が絶妙だったのです
二階に飾ってあったかたかた(押し車)が、一階に落ちていました。
どうして?
トラがとびついたの?
まさかね。
まあ、落ちた原因はともかくとして、問題はスムーズに動かなくなってしまったことです。
押すと、車輪が回って、馬の前足と後ろ足、カウボーイが動くのですが、決まったところで車輪が止まって、そこから強く押さないと回りません。
今は飾りものですから、スムーズに動かなくてもかまわないのですが、気になります。
ラジオペンチを二つ取り出して、針金をいろいろ曲げ直してみましたが、うまく動きません。
つくった人の腕に改めて感心、複雑な形なのに楽に動いていたのです。
私が修理を諦めると、来ていたシャントヌがやらせてと言います。
今回のトヌちゃんの滞在は短く、八郷では筧さんに会うと、福岡、愛媛、広島へと、有機農業者に会いに、旅立ってしまいました。
落ちたときの衝撃で針金が曲がったのはわかるのですが、どこをどうやっても、固さが取れません。
「あと後ろ脚だけなんだけどなあ」
ちょっといじっては押してみます。やはり途中から動かなくなります。
「飾っているだけだから、まあ、いいってことにするわ」
私たちのあえない努力を見ながら、カウボーイはねずみ色の顔をして、終始高らかに笑っていました。
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