友人がパレスチナ・イスラエルに行き、いろいろな報告をしてきています。ヨルダン川西岸のエルサレムから、ベツレヘムに行き、さらに南のヘブロンへ。そして北はラマッラからジェニンまで歩いたようでした。
ベツレヘムには、イスラエルの建てた壁を見に行ったそうです。
壁のなかったころの、ここから見えた景色が壁に描かれているのが悲しい。
映画ノーアザーランドで有名になったマサーヒル・ヤッタには、イスラエルの人たちがきて、人権を守るために活動しているそうです。また、活動家と呼ばれる人たちがいろんな国から来て、イスラエル人入植者が暴力を振るわないように監視しています。 しかし、入植者の暴行に釘を刺していたアメリカのバイデン政権がトランプに代わり、タガが外れると横行が復活して、これは2日前に入植者に襲われた村の写真です。嫌がらせのために発砲して、おとがめなしの世界とはどんなものか.....。
写真は、17年にわたって南ヘブロンのパレスチナ人を支援しているイスラエルの男性です。いろいろなものを集めては運び続けていて、ノーアザーランドで有名になったマサーヒル・ヤッタの人々とはみんな知り合いだそうです。 友人は、こういう草の根の助け合いが続く限り人類は救われる、と書いています。
北から南へ行くときは、エルサレムを通るとたいした距離ではないのですが、検問所が閉鎖されていたので、ベツレヘムからラマッラへ、友人は砂漠を大きく迂回しなくてはなりませんでした。しかも、パレスチナ人の足である乗合自動車(座席数の10人集まったら出発する)は、客が定数集まらないのでいつまで経っても出発しない。ではと個人タクシーに乗ると、タクシー運転手にしても死活問題なので高額を要求される。
友人にとっては一回だけのことですから高額払っても仕方ないとして、パレスチナの人たちは、これではほとんど移動ができないことがわかります。
移動の途中で出逢ったコウノトリ。
エルサレムの早朝のバス乗り場。シャバット(安息日)明けで現場に戻るイスラエルの兵士たちがいたので、バスの乗り方聞くと、親切に教えてくれたそうです。彼らが、ひとたび戦場に戻れば違う人格へと変わってしまうことがなんとも悲しい、と友人。 イスラエルでは男性は3年、女性は2年の兵役義務がありますが、最近は兵役拒否をする人たちも増えています。兵役以後、絶望してイスラエルを捨てる人もいますが、バリバリのタカ派になる人もいます。
テルアビブで大規模なネタニヤフ反対デモが行われると聞き、テルアビブへ。 日本には、全然報道されませんでしたね。
この日は約1万人集まっていたそうです。 友人はヨルダンのアンマンまで飛行機で飛び、アンマンから陸路でイスラエルに入っているのですが、アンマンではラマダン(昼間の断食)中で、昼間はレストランが開いてなくてお腹をすかせます。そして夕方、昼寝していてちょっと遅くにレストランに行ったら、イフタールがはじまっていて、席が埋まってしまっていました。イフタールとは、ラマダン中に日没以後に食べる食事のことです。 結局、知らないおじさんたち(と書いているが、写真を見る限り彼よりみんな年下のよう)に招き入れられて、ラマダンスペシャルメニューのおいしいおすそ分けにあずかっています。 アラブの人たちの優しさが、身に沁みます。
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日本経済新聞 |