2026年8月17日月曜日
刺繍のポシャギ
韓国(朝鮮)の、表地が桃色の絹、裏地が生成りの木綿の、袷(あわせ)の刺繍ポシャギ(風呂敷)です。
刺繍糸は絹で、なかなか数えにくいのですが12色使っているようです。
『李王朝時代の刺繍と布・Patterns and Color of Joy』に掲載されている刺繍されたポシャギを参照すると、カンウォンド(江原道、現在は北朝鮮の東南端)でつくられたものと特徴が似ていますが、カンウォンドでつくられたものか、あるいは朝鮮半島全土に同じような刺繍のポシャギがあったのかどうか、わかりません。
これは、婚礼後、花嫁が夫の父母をはじめ婚家の目上の人たちに挨拶をする際に、木の実などを持参して贈るペペク(ペベグ、幣帛)という儀礼に用いられたポシャギにも見えますが、他の時も使ったものかどうか、それもわかりません。
ペペクに用意する木の実は栗、棗などで、夫の両親が投げるのを新郎新婦が布を広げて受け取るといった、子が授かることを祈願する儀礼です。
ゆるい模様と優しい色が、なんとも言えない温かさを漂わせています。
朝鮮の武漢の背守りと比べてみました。
どちらも、サテンステッチの周りをコーティングステッチで囲んでいますが、背守りのコーティングステッチの芯にしている刺繍糸は2本どりの細かいもの、ポシャギの方は4本どりでしょうか。そこで緻密さと素朴さがそれぞれ出ている気がして、どちらにも良さがあります。
そういえば、日本の伝統色に、緋色、橙色、桜色、赤紫色などありますが、濃い桃色はあまりなかったような気がします。
木の実を入れたつもりの籠を包んでみました。
とても可愛いらしいものです。
2026年8月8日土曜日
2026年8月5日水曜日
お疲れさま
たけちゃんのつくったうさぎの椅子とうさぎの机です。
鉛筆書きの設計図通りにできているのが、おもしろいところです。
椅子は、座裏に斜め材を入れているので、大人でも座れます。
3日目に見た時は、机の顔は鉛筆書きでしたが、ちゃんと穴が開いています。
3日目に机の脚を接着したので、することがなくなってつくりはじめたお皿はカエルのお皿になっていました。
そのときたけちゃんは、かんな屑を丸めて包装テープの穴に詰めて、見本に置いてあったお皿(彫りはじめ、途中、完成品の3種類あった)を下に敷いたり蓋にしたりして遊ぶのに夢中になっていて、そのお皿がつくりたいと言うので、余っていた杉板にお皿を当てて丸を描き、その幅に切りました。
長方形になっていた板をすぐ正方形にしないで、あとで糸鋸で落とせばいいやと言うことで、ノミで彫りはじめたのですが、その余白がカエルの目として活きたということでした。
午前中2時間、午後3時間を4日間。大人も子どももちょっと疲れたけれど、とてもいい経験でした。
2週間ちょっといた父娘は、昨日、九州に帰って行きました。
2026年8月1日土曜日
木工作
今日は、東京藝術大学の夏休み講座の「みんなで作る木工作」に、別の用事がある息子に代わって、たけちゃんのつき添いで行ってきました。親子で一つの作品をつくっているカップルもいれば、親子別々のものをつくっているカップルもいました。
土曜日日曜日、土曜日日曜日と4日間の講座で、たけちゃん父娘は先週すでに「うさぎの椅子」(たけちゃんの後方)を作り終えていて、「うさぎのテーブル」の甲板もできていて、3日目の今日は、甲板につける脚をつくらなくてはなりません。
脚材は、杉板から手鋸で挽いてつくります。
たけちゃんは、うさぎの椅子につける補強材をつくっています。先生たちは教えるのがうまい!
45度に材を切ったり、
鉋を使ったりと、小学2年生は頑張ります。
ハロウィンのお化けみたいなのをつくっている親子もいます。
他には、本棚みたいなの、車の形をした棚など、すべて子どもの発想の具体化です。
私が代理を務めた一日は、主にテーブルの脚をつくった一日で、ほぞ穴を開けて、ほぞを組んで、ボンドを入れて叩き入れて、明日までしっかり接着するのを待ちます。
代理の私は何をした?
どんな役割か知らず参加しましたが、杉板から縦挽き鋸で脚材を切り出したり、ほぞ穴を開けたり、時間が余ったので木皿をつくるためにノミを使ったりとけっこう働いて、大汗をかきました。
2026年5月24日日曜日
厚紙入りの鍋つかみ
鍋つかみは、ミトン形のものも使っていますが、母のつくったものも使っています。
2組4枚使っていましたが、焼け焦げをつくったり、脂が染み込んだりでぼろぼろ。新しいものと交換することにしました。
母の鍋つかみは、母の亡きあと妹経由でもらったものもあり、まだまだ何組もストックがあります。その中から、魚のと野菜のを使うことにしました。
さて、コーヒーを淹れようと、その新しい鍋つかみでやかんを掴みました。
「ん? なんか変」
アップリケの蓮根が、掌の中で抵抗している感じで、とっても使いにくいのです。改めて触ってみるとアップリケの中に厚紙が入っていました。まだ使っていない鍋つかみ7組を調べてみると、すべてに厚紙が入っています。
「なんで?」
これまで、何十年も母の鍋つかみを使ってきましたが、厚紙の入ったものはありませんでした。おそらく、貼り絵の鞠をつくったとき、「これは楽だ!」と閃いたに違いありません。
母の鍋つかみのアップリケには、綿が入っています。厚紙を使わないでつくる場合は、綿を入れながら縫いつけていきますが、縫い代を始末しながら、形も崩れないように、綿もはみ出ないように縫いつけなくてはなりません。
しかし、厚紙を使った場合は、厚紙の上に綿を置き、それに周囲をちくちく縫った表布を被せて裏で縫い糸を絞り、形になったものをつくっておいて、それを並べてすいすいと、縫いつけるだけでいいので、ずっと楽なのでしょう。
母には、「これだ!」と思ったら猛進する癖があります。
鍋つかみも、使うのは母と私だけでしたが、山のようにつくっていたので手元に潤沢にあり、厚紙入りの鍋つかみは、母自身も使ったことはなかったと思われます。
揉んで、くしゃくしゃにすれば使えるかと揉んでみましたが、硬い!
「お母さん、いい加減にしてよね!」
このままでは使えないので、使えるようにするためには、厚紙を取り除く以外手はなさそうです。試しに一つバラしてみることにしました。
やっぱり、ばっちり厚紙が入っています。
刺繍するときに厚紙も一緒に縫っているので、紙は切りながら少しずつ取り出しました。面積の広いところは楽だけれど、尻尾のような小さいところは、紙が完全に布に包まれてしまっていて、取り出すのも一苦労です。
やっと、全部取り除きました。と言ってもたった一つだけですが。
このまま突っ込んでしまう手もありますが、使おうとしている4枚くらいはぼつぼつ紙を取り除いてみましょうか?
しかし、使わないものはそのままにしておきます。
と言うのも、初期のものと比べると、模様がけっこう細かいのです。
2026年5月10日日曜日
ロシアに遺るアイヌの民具
『ロシア民族学博物館アイヌ資料展ーロシアが見た島国の人々』(編集・発行 財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構、2005年)の存在を知ったのは、『織物技術民俗誌』の中にアイヌの織り機のイラストを見て、「実物はどんなだったのかしら?」と検索したときだったでしょうか。
『ロシア民族学博物館アイヌ資料展ーロシアが見た島国の人々』は、2005年に北海道開拓記念館と川崎市民ミュージアムで同名の展覧会が開催されたとき、そのカタログとしてつくられた冊子です。
![]() |
| 左下は紐ほどき、右下は織り機の腰当て |
カタログに載っている織り機の美しさ、かわいらしさをなんと形容すればいいのか、道具たちの隅々に、愛が満ち溢れています。
ロシアのサンクト・ペテルブルク市にあるロシア民族博物館には、約2600点のアイヌ資料が収蔵されています。そのほとんどは同博物館の嘱託職員であったV.N.ヴァシーリエフが、サハリン(1910=11年)や北海道平取(1912年)などで収集したもので、収集年、収集地が判明していることと、日本には遺っていないものが多くあることなどから、アイヌの貴重な資料となっています。
![]() |
| ヴァシーリエフのアイヌ資料収集地 |
ヴァシーリエフは、1877年に、ロシアのヤクーツク州で、政治流刑囚の父と、ヤクートの血を引く地元農民の母との間に生まれました。父が早逝したために母と母の一族に育てられ、幼い頃から培ったヤクートの伝統文化と言語の知識が、のちに彼を民族学や民俗学に傾倒させることになりました。
日本での収集は、日本語も英語もできないので危ぶまれましたが、ロシア大使館などのサポートがあり、北海道でも素晴らしい収集ができて、アイヌ文化の貴重な一端を遺すことができました。
この織り機も、ヴァシーリエフが訪れた時にはすでに消えようとしていたものだそうです。
ヴァシーリエフの目は、いろいろな小さいものにも注がれています。
これは背負い縄です。
上は紐編み機、下は糸巻きです。
男性の技と女性の技が共同して、美しいものを生み出しました。
左上は杓子、左中と下はどぶろく用の米やキビを混ぜる団子べら、右上は木彫りの酒入れ、右下はトドの内臓でつくった酒入れです。
男性が織り機をつくって女性が織り、男性が紐編み機をつくって女性が紐を編み、男性が杓子や酒造りの道具をつくって女性がつくる。
道具たちから、幸せだったアイヌの日常が蘇ってくるようです。
2026年3月2日月曜日
小さなお雛さま
雛壇の小さなお雛さまたちです。
どんぐりのはかまに収まったお雛さま。男雛が持つのは笏(しゃく)女雛が持つのは檜扇、ちゃんと持っています。
菱の実のお雛さま。
一刀彫のお雛さま。高さは18ミリしかありません。
母のつくった羽二重や繻子(しゅす)、縮緬(ちりめん)を重ねたお雛さま。
髪の毛は黒繻子の布をほどいた細い糸でつくっています。
妹の連れ合いのやすおさんの母上がつくったお雛さまも、髪の毛は布をほぐしたような細い糸でできています。
しかしよく見ると、やすお母のお雛さまは男雛の髪の毛も長いのですが、私の母の男雛や五人囃子などは、ぱっつんと短い髪になっています。
2026年3月1日日曜日
キルト展、終わりました。
2026年2月27日金曜日
キルト展、始まります
今日から、つくばの市民ギャラリーでキルト展を開きます。
たった3日間ですが、いろいろな人に見ていただくことができて、行李の中で眠っていたキルトも喜ぶことでしょう。
ほとんどは息子たちが赤ん坊から小学生のころにつくったもの、時間が細切れでもいつでも作業にとりかかれて、いつでもやめられて、台所で、プール脇で、ときには新幹線の中とか、どこでもできるパッチワークは、子育て中にぴったりの手仕事でした。
これは少年野球チームのユニコーンズのキルトです。
ユニコーンズは、野球好きの子どもや大人で結成した地域の少年野球チームで、私も監督、コーチ、お世話係のお母さんとチーム名やユニフォームのデザインを考えたり、毎週練習場所を探して確保したり、試合に同行してスコアをつけたりと、結成時からタイに引っ越すまで、楽しい日々を過ごさせてもらいました。
最後の年に、5年生だった長男はキャッチャーで背番号2番、3年生だった次男は19番で補欠、21番をつけたピッチャーは、途中から参加した抜群に野球がうまい6年生のおやかたくん(あだ名)でした。おやかたくんに、ユニコーンズに入らないかと勧誘したのは、なんと、ずっと学年が下の我が家の次男くんでした。
登録:
投稿 (Atom)


















































