「九月末ごろまで、時間をもらってもいいかな?出来上がったら電話します」
と言われて、そのつもりでいた
かんなの研ぎが、もうできたと電話あり、受け取りに行ってきました。
「中屋平治」の鍛冶場兼店舗は、水戸の、どちらかと言えばはずれと思われる場所にあります。
ところが聞いてみないとわからないもの、江戸時代はそのあたりが、町人たちの中心街だったのだそうです。
古地図も見せていただきました。
かんなの刃は曇りが取れ、台が平らに仕上がっていました。
かんなの台を削るかんなを見せていただきました。
もちろん、平治さんがつくられたもの、刃が、ほぼ直角に立っています。
また、平治さんの手の向こうに見えているのは、自動がんなの刃ですが、これもまっすぐなので、両手に持って立てるようにして、かんなの台を削るのに使うそうです。
我が家の万能木工機の刃と同じ形ですが、もともと中古で買ったので、最初に見たときから、錆び錆びの、さーびさび。こんなにぴっかぴかの刃は、初めて見ました。
自動がんなの刃は、油紙に包まれて、大切にしまわれていました。
平治さんは、かんなづくりを、名工と名高かった
碓氷健吾さんに学ばれました。また、かんなの手入れは、阿保昭則さんに学ばれたそうです。
すべて独学で技術を高められた阿保さんは、「削ろう会」 を主催するなど、たくさんの若い職人さんを育てる運動をやっていらっしゃいます。
中屋平治さん+阿保昭則さんのかんな復活です。
これまで、使いもせず家宝にしていましたが、ちょっと使ってみようかなぁという気分も出てきました。
もとは、寄せつけない美しさを持っていたのですが、台座を削られて色がまだらになったことなどから、ちょっと親しみやすさが出てきた感じがします。
砥石もいただきました。
これまで、我が家にはセラミックの砥石しかありませんでした。ところが、仕上げ砥だけでも自然石の方がいいとのこと、一番安い自然石の仕上げ砥を買い、これで仕上げていただきました。
その仕上げ砥は、砥石を切り出した後の残りの石を、もったいないからと砥石にしたものなので、厚みがほかの砥石に比べると半分以下と薄いので、安いのです。
まぁ、どう考えても、これが紙のように薄くなるまで、我が家で使い込まれることはなさそうです。
奥の、包んであるのは、ダイアモンド砥石です。
ダイアモンド砥石は大工のNさんが持っていたので知ったもの、荒砥として刃が欠けたノミを研いだりするだけでなく、砥石の面直しに使えます。
じつは、かんなを受け取るときに、切り出しを売っていただくつもりでした。
でも、切り出しはそう頻繁に使うものではないし、
「分不相応だろうか?」
と何日か悩んだ末、絶対使うに決まっている、刈り込みばさみを買うことに変更しました。
小さめの切り出しのお値段は、明治のころの古い鋼ではなく、新しい鋼を使ったものでさえ、刈り込みばさみ二本分以上します。
でも、欲しかったなぁ。
切り出しで、糸巻きとか赤ちゃんのしゃぶり棒だとか、匙だとか、つくってみたいのです。
この刈り込みばさみは、素人用です。
ところが、植木屋さん用の刈り込みばさみを開いてみたら面白かった!
刃が、閉じた形でピタッと止まらず、普通に動かすと、すれ違って、行き過ぎて、Vの字型になります。興味津々でしたが、
「これは職人さん用、普通の人には使いこなせませんよ」
と言われました。
法被を着て、三角形の木のはしごを使って、刃がピタッととかみ合って止まるようにできていない刈り込みばさみを使っている職人さん、今もいるのかなぁ。
この辺りの植木屋さんは、生け垣は電動のトリマーで刈った後、掌に入る剪定ばさみで整えていて、刈り込みばさみを使っているのは、あまり見たことがありませんが、私が知らないだけなのかもしれません。