祖母は、梅干の種の中の仁を、「天神さま」と言っていて、よく種を割ってくれました。
「三つ子の魂百まで」。私は、梅干を食べるとき、今でも、ペンチで固い殻を割って、たいてい天神さまを食べます。
天神さまとは、菅原道真公のことで、学問の神様とされています。
祖母の家の天井近く、二間ほどの細長い神棚の端には、物心ついたときから、この天神さまが祀られていました。
台所にはかまどもありましたから、土人形の天神さまは真っ黒にすすけています。
土人形の産地はたくさんある、といっても限られていますが、この天神さまがどこのものか、よくわかりません。
昔は、天秤棒で振り分け荷物にして、天神さまなど土人形を、行商人が売りにきたそうです。
倉敷にある祖母の家を離れて以後、休暇にはよく、京都などあちこち回ってから、祖母の家を訪ねました。あるとき、そんな旅で手に入れたばかりの天神さまと、神棚のすすけた天神さまとを交換してもらったことがありました。
以来、すすけた天神さまは我が家の神棚に祀られています。
その、祖母に残した天神さまも、祖母が亡くなり、しばらくして家をたたんだおりに、また私の手に戻ってきました。すでに薪を焚くかまどは過去のものになっていましたから、新しい天神さまはあまりすすけていません。
新しい天神さまもどこのものか忘れました。
こちらは神棚ではなく、飾り棚にいます。
4 件のコメント:
春さんの文を読んで、おばあちゃんちの台所の土間の隅っこに置いてあった天神様のことを思い出しました。とても懐かしいです。
黒っぽい天神様でしたが、今はどこに行かれたのか、見当もつきません。
モースの本に、昔の日本の仕事場には必ず子どもたちの姿があった、と書いてありました。小さい頃から手仕事を手伝っていたので大人になった時に優れた職人になれたのだと思います。
先人の知恵、これからも受け継いでほしいものです。
mmerianさん
私もモースのそこのところ大好きでした。昔、職場に子どもを連れて行くかどうか、アグネス・チャンと林真理子の激しい論争がありました。「子どもに優しかった日本人がなんだ」と、林真理子には驚いたものでした。
イザベラ・バードに出てくる子どもたちもかわいいですね。よく遊んで、つつしみがあって。イギリスの子どもとの比較もおもしろいし。
あの子どもたちがつくっていた水車などのおもちゃ、なんとなく目に浮かびますが、目の前で子どもがつくるのを見たいという衝動にも駆られます。
そういえば、『いろはにコンペイトウ』という本を持っていますか?コンペイトウのビンをつくるとき、鉄の型を開閉するのは、少年の仕事だったようです。
早速「いろはにコンペイトウ」を購入しました。
届くのが楽しみです。
あまり物は買いませんが、本だけは迷わずぽちっと押してしまいます。
これからも面白い本を紹介してくださいね(^^)
mmerianさん
「コンペイトウ」、満足していただけるといいのですが。
こちらこそ、おもしろい本があったら教えてください。
私は、いつも、「ものは買わない」決心をしているのですが、ついつい「これで最後」、「よく働いたから」など理由をつけて、誘惑に負けてしまいます。しかも買うのは必要でないものばかり。本当は30年前のアイロンなんて、買い替えた方がいいのですが(笑)。
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